或る日のこと(今日は君島様がVIPルーム、十一時ご予約ね)
ここはニューヨーク発祥の高級ジュエリーブランド。芸能人の顧客も多く、セレブリティが来店することも珍しくない。
少し前に、彼がパートナーがいることを公表したニュースを見た。同僚たちは元アイドルが久しぶりにご来店、しかもお相手まで一緒に来るということで色めきたっていたが、私にとっては他のお客様と同様に接するまでだ。勿論、大切なお客様の喜ばしい出来事は嬉しいが、芸能人だからどうということはない。君島様は以前からの上顧客であり、丁重におもてなしすることには変わりない。そんな私だからこそ、彼の担当に指名されていることを自負している。
「お待ちしておりました、君島様」
ぴかぴかに磨かれたブラックの外車から姿を現した君島様は、にっこりと笑顔を返してくれた。相変わらずオーラがある人だと思う。上質なスーツはフランスのメゾンの新作。文字盤にきらめくダイヤモンドが眩しい腕時計は、一千万円は下らない代物だ。職業柄ついお客様の持ち物に目が行ってしまうが、当然そんなことは億尾にも出さない。しっかりとお辞儀をして顔を上げると、そこには艶やかな黒髪が目を惹く、色白で長身の男性が彼の後ろに立っていた。
(え……モデル?)
彫りが深く鋭い目つきは威圧感があるが、恐ろしく整った顔立ちに長い手足。君島様の同業者だと言われても頷いてしまう。しかし、今日は彼のパートナーが同席すると伺っていた。
(ということは、この方が……男性なんだ)
確か、ニュースではお相手は一般人だと言っていた。私にとっては彼のパートナーが同性だということよりも、こんな綺麗な男性が一般人なことに驚いた。芸能人は見慣れたものだと思っていたが、その中でも目立つのではないか。
「遠野くん、こちらへ」
「ん」
君島様に促されて隣に立ったその人は、私を視界に入れると軽く会釈をしてくれた。その様子を見つめる彼の視線が、あまりにも甘く優しいものだから、なんか、結婚っていいな、と思ってしまった。今まで幸せそうなカップルのお客様を沢山見てきたけれど、こんな気持ちになったのは初めてかもしれない。
さあ、今日も最高のご提案を。
「このたびはおめでとうございます」
End.