明日はもっと味が染みて美味しくなる「遠野くんのお家は、どんなお雑煮なんですか」
洋風のリビングに似つかわしくない炬燵で寛いでいると、不意に君島が問いかけてきた。因みにこの炬燵は俺のリクエストで入れた(はじめ家主は嫌がっていたが、今は満更でもない様子で肩まで布団に包まっている)。
「あー……うちは別にねえんだよな」
「えっ⁉︎」
「そんなに驚くことか?」
大きな瞳が零れ落ちそうなほどに目を見開くオーバーリアクションに、思わず苦笑した。
「だって、アナタのお家ってそういうしきたりとか、大事にするじゃないですか」
「まあな。だからこそって言うか、こっちって食わねえんだわ。結構地域によって違うけどな」
「へえ……そういうものですか」
「お前ん家こそ、そういうのなかっただろ」
君島は生まれも育ちもアメリカだ。漫画の登場人物のような経歴を持つ男の家庭環境についてそこまで詳しいわけではないが、話の端々から色々な意味で普通ではないことは察している。
「いいえ、それがあるんですよ」
ところが、君島は自慢げに鼻を鳴らした。そのドヤ顔が小さな子どものようで、なんだかおかしい。
「ほお?」
「住んでいる場所が違えど、日本人ですから。季節に合わせて、ちゃんとシェフが四季折々の料理を用意してくれていたんです。勿論、お正月はおせちとお雑煮が」
「なるほど……」
「ですから、普通の家庭と一緒ですよ」
どこが一緒だ、と突っ込みたくなったが、甚く得意げな表情が面白いから何も言わないでやった。
「なんだか、懐かしいですね。遠野くんにも一度食べさせて差し上げたいです」
正直、それは興味がある。君島の実家も見てみたいという好奇心もあるが、機会が訪れるとしても大分先の話だろう。もしここで頷いてしまえば、この男はすぐにでも実行しかねない。とりあえず筋を綺麗に取ったみかんを饒舌な口に突っ込んでみると、もごもご言いつつも大人しく咀嚼した。
「……そういや、雑煮は食わなかったけど、けの汁は正月料理っちゃそうか」
「え?」
「ばあちゃんがよく作ってたんだよな。大根とか人参とかきのことか、大量に細かくさいの目にして赤味噌で煮るやつ。何日もかけて食うんだぜ」
「初めて聞きました。美味しそうですね」
「ま、手間はかかるけど材料は普通に買えるから作れなくもないな」
そう言うと、ぱっと目を輝かせるものだから笑ってしまう。つくづくこの男に甘くなってしまったものだと思いながら、俺は買いに行く物をリストアップすべくスマートフォンのメモ帳を立ち上げた。
End.