nostargia 一人っ子で物心ついた頃には自分の部屋が与えられた遠野に祖母がくれたのが、くまのぬいぐるみだった。茶色くてまあるい瞳に、淡いグレーのふわふわの毛並み。家にいるときはいつでも一緒だった。大事な友達で相棒。ぬいぐるみは遠野の話を何でも聞いてくれた。周りの子どもたちには呆れられるようなことも、静かにうん、うん、と頷いてくれるのだ。遠野はこう見えて几帳面で、ぬいぐるみを丁寧に扱った。汚れるから決して外には連れて行かなかったし、毎日乾いた布で手入れをしていた。ぬいぐるみはいつでも綺麗な毛並みを保っていた。
寝るときに母と祖母が入れ替わりに部屋に来て、遠野とぬいぐるみの頭を順番に撫でてくれるのが毎晩のお決まりだった。ぬいぐるみを抱いて寝ていると、時折真っ暗だった部屋の隅に光が射し込む。幼い遠野が薄目を開けると、仕事帰りの父がこちらをそっと見つめて安心したような顔を浮かべていた。
いつしか彼と一緒に寝ることはなくなっていたが、それでも祖母が与えてくれたぬいぐるみを手放すという選択肢はなく、ずっとベッドの片隅で遠野を見守っていた。今でも実家に帰れば出迎えてくれる存在だ。
「……アイツに似てんな、お前」
「え、誰ですか」
ふと昔のことを思い出したら、目の前のプラチナシルバーの髪の毛と、普段は眼鏡に隠されている丸い瞳にノスタルジーを覚えた。この男はあんな風に柔らかくも大人しくもないのに、ひどく懐かしい心地がするのはそういう訳か。
「絶対教えてやんねー」
いつか故郷に連れ帰ったとき、彼に対面したら気づくだろうか。遠野は小さく笑い、腕の中で怪訝な顔をしている君島をもう一度抱きしめて目を閉じた。
End.