巌戸台の駅前商店街、その一階に佇む年季の入った古本屋は、風花の密かなお気に入りスポットだった。
経営している老夫婦はいつも穏やかで優しいし、本の虫という名前も可愛らしい。何より品揃えが豊富で、学生の味方の参考書から随分前に絶版になった幻の本まで置いてある。
所狭しと並ぶどころか棚に入り切らずに机に平積みされている本もあって、それを見るのもまた楽しかった。自分の未知の世界がまだまだ広がっていることを実感すると、風花の心は高揚感でほんのりと色づくのだった。
(最近はついネットばかり見ちゃうけど、こういうのも大事だよね)
父親の影響で昔から機械に関心があった風花は、この年頃の女子にしては機械関係に詳しかった。学生寮の自室には基板やら愛用のはんだごてやらが置いてあるし、情報集めのために自前のノートパソコンを使うことはもはや日課になっている。やろうと思えば壊れたデータの修復やハッキングだってできてしまうし、実際にそのスキルを見込んで頼みごとをされたこともあった。
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