璃月小話あれは僕――ディルックが璃月を旅していた時の話だ。
あの時は、空とウェンティ、鍾離殿と一緒に絶雲の間を歩いていた。
絶雲の間は仙人が居る地だ。人間だけでは迂闊に踏み入ってはいけない場所もあると鍾離殿は言っていた。
その為に彼が先導して我々三人は後ろを付いて歩き散策をしていた、のだが。
結論から言うと、迷った。
いや、迷ったというより、はぐれたと言った方が正しいだろう。周りには僕しかいないのだから。
つい数分ほど前まで、鍾離殿が目の前を歩いていた。空もウェンティもすぐ隣を歩いていたはずだ。それが何故、気付いたら誰も居なくなっているのか……。
稲妻だと『狸に化かされたよう』と言うのだったか、そんな感覚を覚えた。ここは絶雲の間だから、『仙人に化かされたよう』になるのか?
そんなことを考えながら、ひとまず開けた所に出ようと僕は歩いていた。
まともに歩いていたら既に南天門に到達しているだろうと言う程には歩き続けたが、南天門はおろか開けた所にすら出られない。ずっと崖底をさ迷うアリのような気分だ。
さすがに歩き疲れたので少し休もうかと考えた、そんな時だ。
「ディルック」と、僕を呼ぶ声が聞こえた。鍾離殿の声だ。
数メートル先で、雨避けだろうか、白いフード付きの外套を羽織っている。
先程はあのような服を着用していただろうか……?
そんなことを考えている間にも鍾離殿は「ディルック、こちらに」と手招きをしている。
服が違うのが気にはなるが、僕がはぐれた後に着用したのかもしれない。一人で考えても埒が明かない事だ。ひとまず彼の傍に向かう。
「ディルック、合流出来て良かった。疲れただろう、甘味でもどうだ」
そう言って彼は夕暮れの実のような――何か、果物のようなものを渡してきた。
「なんだこれは」
「■■■■だ。食べると良い」
「――すまない、今なんと言った?」
何度聞き返しても、何度発音されても、その『■■■■』という言葉が理解出来なかった。
単純に音が聞き取れない訳では無い。脳が理解するのを拒否しているような感覚。
「折角だが、僕は遠慮しておこう。悪いな」
「…………何故、」
彼が何か言いかけたが、それは何かが空を切る音でかき消される。
そして、白い鍾離殿が悲鳴を上げる。彼の腹には槍が刺さっていた。
それは、鍾離殿が普段使っている槍だ。
白い『鍾離殿だったモノ』は悲鳴を上げながら煙のようにかき消えてしまった。
「――鍾離殿?」
「ディルック、ここに居たのか」
槍が飛んで来た方向から彼が歩いて来た。
「俺の案内が不慣れなせいで、置いていってしまったことに気付けなかった。許してほしい」
「……今のは、何だったんだ」
「絶雲の間には仙人が住んでいるが、住んでいるのは仙人だけでは無いということだ」
果たしてそれは答えになっているのか。よく分からないがこれ以上聞いても望む答えは得られないだろう。
空とウェンティも後ろから走って追いついてきたので、この話はここで終わった。
あの時、『■■■■』を食べていたらどうなっていたのか。
僕が白い鍾離殿についていったらどうなっていたのか。
興味が無いと言えば嘘になるが、きっと知らない方が良い話なのだろう。