ジョイキッチンのクリスマスクリスマスシーズン、というものは。
お客様がたくさん入るのに、予定のある従業員は休みたがる…シンプルに人手不足な時期です。
だから、できるだけシフト入ってほしい。わかります。
でもそんな日にわざわざ働きたい奴なんかいますか、っていう。
…そう思ってた時期が、私にもありました。
「悪ぃ。24日なんだけど、予約席用意してもらっていいか。」
接客の合間、今日もふらっと立ち寄ったらしい社長にちょいちょいと手招きされて。
とりあえず、お疲れ様です、と丁重にお辞儀。
「承知しました、お名前は。」
「あー伊月。わかるよな?」
「…漆原様ですね。」
20時、1名様でよろしく。って。
そこまで言って踵を返すから、慌てて引き止める。
「1名様、でいいんですか?」
「あ?なんか問題あるか?」
「…社長は、同席されないんですか。」
「……俺?」
え、嘘でしょ。本気?
何言ってんだコイツって顔してるけど、それはこっちなんですよ。
クリスマスイブに、一人で食事させると?
「漆原様、からのご予約ですよね?」
「そう言ってんだろ。」
「社長に会いに来られるのでは?」
クリスマスイブに、ね。
そう、クリスマスイブなんですよ。
しかも相手は、弁護士の先生ですよね?
敏腕で、引く手数多で…ディナーなんて、普通ならうちの価格帯とは一桁違うような店に行くわけでしょ。
そんな人が…何度も言いますけど、クリスマスイブに。
わざわざ連絡取ってきて、ファミレスで食事するって。
理由も目的も、火を見るより明らかでしょうに。
「いや、でもアイツ飯食いに来るだけだぞ。」
「…社長。」
んなわけねぇだろ、と。
喉元まで出たのを、深呼吸で飲み込んだ自分を褒めてあげたい。
ふう、と最後に一息置いて、20時ですよね?と改めて来店時刻を確認。
「時間的にも問題ないかと。」
「何の。」
「社長がお食事に入られても、何ら支障はありません。」
毎年この時期は視察に来られてますけど、最繁時は過ぎてますし。
というか、忙しくない時間を選んで予約してくれてると思うんですよね。
「なので、2名様でご予約しておきます。」
「…おい。」
「しておきます。」
「…はあ。」
ため息を吐かれたけど、だからそれはこっちなんですって。
傍から見てても、好意を寄せられてることなんてすぐわかるのに。なんで気付かないのかな。
ああでも、そうか。相手の気持ち以前に、そもそもこの人は。
「…自覚ないんだった。」
「あ?」
「いえ、こちらの話です。」
さっさとくっつけばいいのに。何でここまで拗らせちゃってるんだろう。
こうなったら仕方ない。休みたいと思ってたけど。
「私、当日はシフト入ってるので。なるべくご対応しますね。」
有無を言わさぬ笑顔で告げたら、最後は渋々了承して帰って行った。
…ということがあってから、数日。
現在時刻は、12月24日20時30分。
「ご注文の品はすべてお揃いですか?」
「…ああ。」
20時少し過ぎに来店された漆原様をお通しして、押し込むように社長も席に座らせた。
なんやかんや文句を言ってたけど、最終的にはご自慢のクリスマスメニューを片っ端から頼んでいたので良しとする。
「…ガッちゃん、無理しなくていいよ。」
「いや、もう何言っても無駄なんだって。」
俺は用済みなんだと、なんてわざとらしく肩を竦めながら、律儀にいただきますをして。
「ま、せっかくだし楽しもうぜ、漆原先生。」
「…それやめろって。」
ふっと二人の表情が柔らかくなる。
うん、だから…なんで、これで気付かないのか。
第三者から見たら、もう完全に恋人同士のそれですけど。
半ば呆れていたら、社長を見ていたはずの視線が一瞬だけこちらに向いて、すぐ逸らされた。
…たぶん、この人は気付いてる。私が気付いてることに。
そして、それに自分が気付いていることも気付いてると気付いてる。もう何言ってるか意味わかんないけど、とにかく。
この状態を悪いようにはしないと。そこがちゃんと伝わっているようで安心した。
だから、ご期待に沿うよう営業スマイルを浮かべて。
「それでは、ごゆっくりお楽しみください。」
お互いに、と。含みを持たせてお伝えして差しあげた。
「ごちそーさん。」
「ありがとうございます。」
毎度のことながら、うちの社長は律儀に会計をしていく。
最初こそ困惑したけど、受け取るまでは絶対に帰らないのでもう慣れた。
「では、お疲れ様です。」
「ああ?」
「…本日は、お帰りですよね?」
これで、ここで。ご一緒に。
…え、嘘でしょ。本気?
何回言わせるんですか、この台詞。
そしてなんでまた、そんな怪訝そうな顔をされないといけないんですか。デジャヴか。
「クリスマスに帰れるか。」
いや、クリスマスだから帰ってくださいよ。
という言葉を、また頑張って飲み込んだ。
あの、本当に。どんだけお膳立てしてると思ってるんですか。
「…社長。」
さすがにため息が出たけど、不可抗力だから許されるはず。
「後悔する前に、行ってください。」
「は?」
だって、ここで一人で帰したら、せっかくの展開が台無しじゃないですか。
今日みたいな特別な夜だからこそ、言えることもあるでしょ。
少なくとも、お友達はもうお友達やめたがってるんですって。
本当に、なんでこの人のことになると、こんなにも鈍いんだろう。
「…来年、他の誰かのところに行かれたらどうするんですか。」
ないと思うけど。たぶん、いや絶対。
でもこのくらい脅さないと、わからないようなので。
私の言葉通りに想像したのか、ぴく、と眉間に力が入る。
納得できてないときの顔だ、と内心で勝利を確信した。
案の定。
「…伊月。」
「なに。」
ワントーン低くなった声で、社長が振り返る。
視線に捕まった目が、一瞬たじろいだのが見てとれた。
「このあと、予定あるか。」
「…特にない、けど。」
「じゃあ行くぞ。」
「は、どこに。」
言うが早いか、腕を掴んで出口に向かって行った。
これはなかなか、我ながら良い仕事をしたのでは。自画自賛しつつ、通り過ぎるお二人に深々と頭を下げる。
「じゃあ、あと頼む。頑張ってくれ。」
「はい、社長も。」
「…ん?」
「社長も、頑張ってください。」
本当に、と念押ししたら、非常に複雑そうな顔をされた。
大丈夫かな、この人…実はまだわかってない、とかないよね。
「…お客様、お帰りです。」
そんな一抹の不安を抱きつつ、そう見送った翌日。
出勤したら、すでに来ていた社長から、そこそこ良いお値段がしそうな洋菓子などを渡されて。
「…世話かけたな、差入れだ。」
明後日の方向を見ながら気まずそうに言われて、つい感嘆の声が漏れてしまった。
それを取り繕うように、こほんとひとつ咳払いをしたあと。
「お赤飯、用意してきます。」
みんなに報告しなくては、と振り返ったところで、めちゃくちゃ説教された。