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    乙女→百瀬先輩の一方的な感情補完妄想

    乙女真尋の秘密「乙女先輩は、名前にキャラ引っ張られすぎなんですって!」

    小鳥遊がスマホ越しに笑いながら言った。
    その瞬間、映画研究会の部室の空気が少しだけ、少しだけ冷えた。
    わずかな違和感を小鳥遊は感じ取り、口角を下げて笑みを消した。

    「…え、小鳥遊なんかミスっちゃいました?」

    小鳥遊は乙女の顔を覗き込み伺うが、特に表情の変化はなかった。本人よりむしろ、外野が少し心配するように2人にむいていた。乙女はフッと笑った。

    「うっさい、ばーか!」
    「わ、ちょ!先輩!」

    乙女はスマホのレンズにデコピンした。その笑顔に空気は再び元の温度で流れ出した。


    映画研究会は知っている。前に苗字を揶揄われた乙女がまぁまぁ暴れたことを。
    しかし映画研究会は知らない。彼がそれを気にすることをやめた理由を。



    乙女は満開の桜を仰ぎ、溜め息をついた。
    初めて袖を通す制服で、初めての教室に入る。毎年いつもこの時期が憂鬱だった。
    桜の花びらが乙女の手のひらに落ちる。桜は美しい。桜に罪はない。解っていても、あまり好きにはなれなかった。

    この時期には「自己紹介」がつきものだから。

    「乙女真尋です」

    名前を言えば、ざわめきが起きる。

    「趣味は、…メイクとか、ファッションとか、です」

    趣味を言えば、あ〜と声が聞こえる。

    「まさに"乙女"だな」

    そして担任の先生が何か上手いこと言ったようなコメントをする。面白くないっつの。
    母似の顔立ち、姉譲りの趣味、まだ低かった身長、まだ高かった声、裾が余っている制服。
    自分はただ自分であるだけなのに、そこに「乙女真尋」の名前が付いてくると、皆妙に納得したような反応をする。
    まるで、「解釈合致」とでも言うような、自分という人間の全てを見切ったとでも言いたげな表情が、乙女は嫌いだった。

    その後、番号順の席で隣になった天音と仲良くなり、彼の短編映画を見せてもらった。
    天音の作る美しい映像と、心震わせるような表現に観入った。そして乙女は涙脆かった。隣で顔を真っ赤にしてぐすぐす泣き出す乙女に天音はぎょっとした。
    目敏いクラスメイトに見つかり、入学早々天音は「女泣かせ」だと汚名を着せられた。
    その汚名自体は一月もすれば風化したが、残ったのは「泣き虫の乙女」という印象だった。

    男子校で"乙女"扱いされるのは、とにかく面倒だった。
    物珍しさからか、男子の本能的な女性への飢えからか。いずれにしても"普通"には扱われなかった。そして自分とつるむ友達も、カップルだとか、逆ハーレムだとか酷い言われようだった。
    うんざりしながらも、時々悪ノリしたり躱したり、何のかんのそれなりに過ごしていた。



    そんな年の9月。
    乙女にとって運命的な瞬間があった。
    忘れもしない、後期生徒会役員選挙である。
    と言っても、出馬した訳ではない。ただ権利ある傍観者として、残暑の残る体育館に他と一緒くたに並ばされていた。
    興味はなかった。けれど、乙女には壇上に登る勇気ある生徒の演説を静かに聞く真面目さがあった。
    生徒会長の立候補者は2人。前者の演説が終わり、後者の名前が司会に呼ばれると、周りのクラスメイトがヒソヒソと話だした。

    「出た、百瀬先輩」
    「政治家様のご子息だろ?」
    「これ投票しなかったら、政治家権力に潰されるんじゃね?」
    「コエ〜」

    悪趣味な会話を黙らせたのは、百瀬先輩の第一声だった。

    「この度、生徒会会長に立候補させていただきました!2年A組、百瀬翔太郎です!」

    まず、ハリのある声がいいなと思った。
    背筋をしゃんと伸ばし、腕を後ろで組んだ堂々たる姿勢がいいなと思った。

    「私が会長になった暁にはーー」

    艶のある髪が綺麗だと思った。
    ふとマイクに添えた指の、爪の形が綺麗だと思った。

    「この限りある皆の高校生活を良き物にするためにー」

    長いまつ毛も良い。
    慈愛が滲む伏せた目も良い。
    そして、真っ直ぐな眼差しも良い。
    なんて素敵で、格好良い人。
    なんて美しくて、強い人。
    天音の映画を見た時みたいに、顔に熱が集まる。視界が滲んで揺らぐ。止まらない。

    あ、今、目が、合っ…
    …。


    百瀬先輩が生徒会長に当選したことを知ったのは、保健室のベッドの上だった。
    どうやら演説中に貧血と脱水症状で倒れてしまったらしい。
    女性保険医にまで「乙女くん、名前の通り繊細なのね。」なんて言われてしまい、げんなりした。
    せめて、百瀬先輩に投票したかったな。
    乙女が教室に戻ろうと、姿勢を起こした。カーテンを捲ると、なんとそこには百瀬先輩その人がいた。

    「えっ」

    頭の中で考えていた人が目の前にいて、つい乙女は声を上げてしまった。兎が音の方向に耳を傾けるように、百瀬は乙女の方を向いた。しまったと乙女は思った。

    「あ、すみません百瀬先輩、あの」

    取り繕うとすると、百瀬の目が驚きにひらかれた。

    「…名前、知ってくれてるんだ。僕の」
    「え、あ、そりゃだって、さっき演説してて」
    「ちゃんと聞いててくれてたんだね。ありがとう」

    壇上より、柔らかくて落ち着いた佇まい。凛としていながらも、こちらへの優しさと配慮が香る。同じ目線で話せているのが不思議なほど、素敵な人だと乙女は思った。
    …ただ、途中で倒れたから『ちゃんと聞いて』はいない。乙女自己嫌悪にどよんと顔を曇らせた。

    「…あ、もしかして君。さっき倒れちゃった子?」

    乙女はぎくりと肩を振るわせる。百瀬は乙女の予想から外れて、目を細めて微笑んだ。

    「良かった。ちょっと心配してたんだ。顔色も随分良くなったんだね」

    壇上で話すだけで、きっと精一杯の勇気がいるだろうに、この人は生徒1人1人の細かいところにまで目を配っている。ただその事実に乙女は深く感動した。また発作のように出て来そうな涙を必死にひっこめた。

    「と、ところで百瀬先輩。なんで保健室に?どこか悪いんですか?」
    「ああいや、絆創膏を取りに来たんだ。さっきクラスメイトが廊下で派手に転んだから」

    わざわざ、そこまで…。乙女は素直に感心していたのだが、百瀬は乙女の沈黙を違うように捉えたようで苦笑いした。

    「…って言うのは建前で」
    「え」
    「ちょっと逃げて来たんだ」

    百瀬は保健室の救急箱から大きめの絆創膏を何枚か取りながら、背中越しに話してくれた。

    「…生徒会長になれたはいいんだけど、百瀬の名前のせいで変な感じになってて。」

    演説前にクラスメイトが囁き合っていた、彼が政治家の息子だということだろうか。確かに、百瀬先輩と接点のない後輩にまで噂が広がっているんだ。ほぼ全校生徒が知っていることなのだろう。
    乙女は、思った。彼も、名前のせいで自己の印象が引っ張られている人間なのではないか。
    彼もまた、自分のように苗字に付随する自分と戦っているのではないか。

    「ああ、…ごめんね。初対面の後輩に言うことじゃないね…」
    「いえ!あ、あの、改めて当選おめでとうございます!
    僕は投票出来なかったけど…、僕は、貴方の演説を聞いて、貴方に投票しようと思ってました!」

    思ったより大きな声が出た。百瀬のきょとんとした顔を見て、何かを間違えたと乙女は思った。顔に熱が集まる、けどそれ以上言葉は出てこなかった。

    「ありがとう。優しいんだね、君は。
    良かったら、名前聞いてもいい?」

    乙女は予感した。この人を見ていれば、きっと自分は見失わない。この人のことを思い出せば、この"乙女"の名前とうまくやっていける。

    「1年B組、乙女真尋です!」
    「うん。ありがとうね、乙女くん。」

    花が綻ぶように微笑んだ彼に、名前を呼ばれた瞬間、そう確信した。
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