青学Rメンバーと跡部家お泊り翌日の塚さん長く退屈な授業が終わって菊丸はほとんど駆け足で部室に向かう。
はやく体を動かしたい。はやくテニスがしたい。今日はどんなことが出来るだろう。どんなことが出来るようになってるだろう。
部活がある日に限って日誌は回ってくるもの、眠くて眠くてミミズがはしった日誌を何度も書き直していたらいつのにか、同じクラスの不二は先に部室に向かっていた。
「不二も待っててくれればいーのにさ」
不二がいたらミミズがはしることもなく日誌だってもっと早く終わっていたはずなのになぁ。
理不尽な文句を吐きながら部室のドアを開けると先客は2名。
裏切って先に行った不二に
……げ、手塚。
思わずちょっと顔がキュってなる。俺、手塚って何考えてるかわかんなくて正直ニガテ。
テニスはうまいけど会話は下手で、わいわいしたい俺とは全く別タイプ。
使う言葉もなんだか難しくてよく分からない。
でも嫌いじゃないのは手塚が誰よりもテニスが好きなのを知ってるから。
きっと手塚はテニスの神様に愛されてるんだろう。だからあんなにうまくてあんなに怖いんだ。
不二の隣に並んで大人しく着替え始める。
学ランを脱ぐと冷たい空気が薄いシャツ越しに肌を撫でる。ぶるりと身震いをしてふと嗅ぎなれない香りが鼻をかすめる。
嗅ぎなれないが、前にどこかで嗅いだことがあるような?
なんだろう
菊丸はかたちのいい小鼻をひくりと動かし注意深香りを感じる。
花、のような…甘いけどかったるくはない。
軽いようで深く印象に残るなんだか高そうなやつ。やっぱ嗅いだことあるにおいだ。
「不二、柔軟剤変えた?」
ちょうどユニフォームに袖を通していた不二に話しかける。不二の家はオシャレだしちょっと高い柔軟剤なんか使ってそう。俺んちは人数多いからいつもお徳用のだけど。
「柔軟剤?変えてないと思うけど、もしかして僕、臭う?」
不二はすんすんと自分の体臭を確認する。
どうやらにおいの主は不二じゃないみたい。
えー絶対不二だと思ったのに…というと、残るはもう1人。
……ないないないない
手塚から花の香りとかイメージがつかなすぎるもん。手塚のにおいっていつも無!って感じで本当になんの匂いもしない。大袈裟じゃなくて本当に、言うならばにおいも真面目?みたいな。
「ねえ不二なんか花みたいな香りしない?」
「花?」
未だ自分の服をつまんで嗅いだり髪を嗅いだりしてた不二が顔を上げる。
「…あー、たしかに?花というかこれは薔薇?」
バラかー!
確かに言われてみればそうかもしれない。
手塚からするバラの香り(仮定)想像するとだいぶおもしろい。手塚とバラ、似ても似つかない。
手塚にはもっと昨日授業でみた砂利だらけの庭。えー、か、枯れ…あ!枯山水なんかが似合う。
まあそもそも知り合いにバラが似合いそうなやつなんて跡部くらいしか知らないけど。
ちらりと手塚を見ると聞こえてるのか聞こえてないのか何食わぬ顔で靴紐を結んでいる。
手塚と俺たちの距離は意外と開いていて、とてもじゃないけど柔軟剤のにおいなんてわかるはずもない。
じゃあなんのにおい?もしかして香水!?
あの堅物真面目の手塚が!?
それこそ絶対ありえない。えーと…そう、てんぺんちー?ってやつ。
「不二、不二…この香りってさぁ手塚の柔軟剤?でも柔軟剤にしてはけっこーにおい強くない?」
聞いてから不二にわかるはずもないなと思い直す。コソコソ耳打ちするのはなんだか悪口を言ってるみたいで少しいやだったけど、聞かれてグラウンド10周って言われるのもいや。
ごめん手塚、悪口じゃないよ。
分かりっこないと思っていたのに不二は2、3度瞬きをしたあといつもの余裕たっぷりの笑みを浮かべる。
なんだよ、不二はこのにおいがなんだかわかるって訳?
「英二、これはね、きっと香水じゃなくて寝香水ってやつじゃないかな」
ねこうすい
聞いたことない言葉だ。猫うすい?頭の中で猫がのびる。多分違うけど、上手く漢字変換が出来なくて不二にヘルプをだす。
「就寝の寝に身にふりかける香水で寝香水。その名の通り寝る時に枕とかにかけるんだよ」
好きな香りにつつまれるとリラックス効果があるみたいだよ。手塚もなかなかやるね。
不二がまた変なことを言ってる。寝香水を付けているとやれる男なのだろうか。
俺も使ってみようかな。
それにしても、世の中にはまだまだ知らないことが沢山ある。
ねこうすい、寝香水、寝香水。
全然知らなかった。ルームフレグランスなら知ってる小さい液の入ったビンにパスタみたく木の棒を入れるやつ。まあこれも遊びに行った不二の家にあったんだけど。
「好きな香りで本当にリラックスなんてできるの?」
俺の好きなにおい、真っ先に思いつくのはぷりぷりエビフライ。それとふわふわオムライスこれじゃあリラックスどころかお腹が空きそうだ。
「ふっ、英二、ふふ。ぜんぶっ声にでて、ふふっ…あはは!ダメだ、あは、あはは!」
えー俺全部声に出てた!?恥ずかしいなーもう。
でも実際好きなにおいって言われたらそれくらいしかでてこないし…
ツボってしゃがんだ不二を足先でつつく。
不二って1回ツボるとほんと長いんだよなー。
肩を震わせてる不二をおいて1人で考える。
手塚って寝香水使うの…?
想像するのは寝る前、オシャレな小瓶を片手に自分の枕へ向けてワンプッシュする手塚。
似合わない、俺の方がいつもの手塚みたいな顔になる。
「あー笑った。…ねえ英二、使ってるのは手塚じゃない。こう考えるのはどう?」
目尻に滲んだ涙を拭いながら不二が言う。
やっとツボから抜け出したんだ。
使ってるのは手塚じゃないのに手塚からその香水のにおいがする。
なんだかなぞなぞみたいだ。
うーんなんでだろう。
「あ!ジャージを借りたとか?」
俺もたまに不二や大石にジャージ借りるけど意外と他人の家のにおいってわかる。
「でもそれじゃあ柔軟剤の話になるよ」
うんにゃ、それもそうだ。
ジャージは関係ないとしたらもう身体に染み付いてるってことだ。
もしや手塚って寝る時裸族?人の寝方に文句言うつもりはないけど冬はやめた方がいいと思う。
「体に染み付くまで近い距離にいたとか?」
不二が小出しにヒントをくれる。
分かってんならさっさと教えてくれればいいのに。
においが移るまで近い距離って何?
俺は今日部活に来るまでに体育の時間で大石と不二、移動教室へ歩いてるおチビと桃の計4人に抱きついた。
自分の腕に鼻を近づけるも誰のにおいもしない。
なるほど、一瞬じゃなくて長時間近くにいないとダメなのか。
なんだかだんだん答えに近づいてきている気がする。
「肌ににおいが移るなんて、そうだな一晩中くっ付いてなきゃ無理じゃないかな」
ねぇ手塚?
不二が目線で手塚に語りかける。
当の手塚は何食わぬ顔でジャージのジッパーをあげている。
俺、手塚のそういうところもすごいと思う。
話をまとめよう。
においの正体は(おそらく)寝香水
手塚ではなく誰かのものが移った
においが移るほど長時間密着していた
肌に染み付いてるということは裸同士だった?
不二が言うには長時間って具体的には一晩中ってことらしい
「え!?手塚昨日彼女と一晩中抱き合って寝たの!?」
やば、でっかい声出た。
だって導き出された答えが衝撃すぎた。
今まで無言を貫いてきた手塚が口を開く。
「昨日は跡部の家に泊まっていたし俺に彼女はいない。勝手な憶測で風紀を乱すな。菊丸、グラウンド10周!」
「あー、まぁ彼"女"ではないだろうね」
やべー手塚怒ってるじゃん。
しかも跡部んちお泊まりだったのかよー。
じゃあ今まで話してたのは全部まちがい?なーんか不二にからかわれてるだけな気がする…。
さっきも爆笑してたし。
不二が言ってたことは全部デタラメできっと手塚のお母さんが分量間違えた柔軟剤なんだろう。
でも絶対どっかで嗅いだことあるにおいなんだよなー。
「増やされたいようだな、菊丸」
「やべ!うそうそ行ってきます!」
不二には後でキレるとしてとりあえずここから出なければ、増やされたらたまったもんじゃない。
勢いよくドアを開けるとそこにはおチビが立っていた。
「うわ、あ、英二先輩罰走っすか?」
「うるへー!すぐ帰ってきてやるかんな!」
生意気な後輩と入れ替わりで部室を出る。
「あれ?今日跡部さん来てたんすか?」
ドアが閉まる直前おチビの声が聞こえた。
瞬間点と点が繋がって線になる。
そっか!あのにおいは跡部だったのか!
昨日は跡部の家に泊まっていたから!
においも移ったのか!
謎が解けて罰走を走る足も軽い。
3周目あたりでふと、不二がやけに彼女の女部分を強調してたのを思い出す。
跡部のにおいが移るほど長時間密着しててなおかつ裸同士、であの不二の発言。
ふーん、なるほどねん!俺分かっちゃったかも!
確かに彼"女"ではないもんなー!ふふ、戻ったら不二より先に手塚をからかってやろ!
残りの罰走も足取りは軽かった。