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    #47水父ネップリ企画
    和歌山編です! 主催の御三方、参加の皆様、素敵な企画に参加させて頂き本当にありがとうございました!! 小説の内容はネップリの和歌山のイラストを見ながらどうぞー!!

    #47水父ネップリ企画 〜和歌山編〜 登山で疲れた足をくつろげて、ゲゲ郎と酒を酌み交わす。
    「乾杯!」
     合わせた猪口がカチンと鳴る。涼味ある音。その向こうで八重歯を見せてゲゲ郎が笑う。皮膚の薄い白い目尻に、笑い皺がはじけているのをみとめて、水木は眉の間をゆるめた。注がれた酒の匂いが鼻を撫でる。二人の酒杯を満たすのは、とろりとした梅酒だった。今朝那智湾の浜辺から見た、朝日を盃で掬い取ったような黄金色だった。
     今日は朝ぼらけの那智勝浦海浜公園を散策した後、補陀落山寺へ参り、旅館で朝食を摂ってから那智の滝――熊野古道を目指し出発した。途中までは細長い道ながらも舗装がされた道だったが、民家が減り、傾斜がついていくにつれどんどんと石の敷かれた山道になっていき、大門坂を過ぎるころには「ちょっと休憩」と言い出したい程度には、水木は息が切れていた。
    「なんじゃ。肺が悪いと山登りもしんどいのかの?」
     汗ひとつ浮かべず石段の先をゆく相棒に、抜かせ、と悪態をついて尻を蹴る素振りをする。しかし足が上がらない。疲れの半分くらいは今回の旅行で水木にレンタカーを運転させてばかりいるこの幽霊族のせい、と言ってしまいたくはあったが、とはいえ、どれだけこれから肺を悪くしようと、煙草を控える心持ちには、もう水木はならなかった。あの夏のあの村、墓場で酒を酌み交わした、あの日に渡した最後の煙草は「再会」という形で返してもらったのだし――「また会おう」という約束を、しっかり守って返された以上、もはや、水木からそれを手放す気は毛頭なかった。それは肺を甘く苦く満たす紫煙のこともそうであるし、目の前の古道の木漏れ日を、ふらりゆらり征くこの男のこともそうであった。いったい、誰が手放すものか。「生き残り」の男は――「生き残」った情念はしぶといのである。
     さて、二人が紀州・和歌山に至ったのは、「美味い梅酒と太平洋の海の幸で一杯やりたい」という、酔った自宅飲みの勢いからであった。思い立ったが吉日。東京から和歌山へは、羽田空港から南紀白浜空港(熊野白浜リゾート空港)までの飛行機が就航しており、便がいい。飛行時間も一時間余りである。「わしがおぬしを抱えて飛んだ方が早い」と意気揚々と肩を回す人外好々爺を「土産もん持って帰る時どうすんだ」「たまには人間の技術に親しめ」となだめて、水木は賞与の一部をこの旅行に割り当てたのである。
     果たして降り立った南紀白浜空港は、空が広く透き通って青い、白浜の小高い丘の上に位置しており、同じ国ながら別の小国に来たような、爽やかな旅情を二人にもたらすものだった。「白浜町って温泉街としても有名らしいぜ」と耳打ちすると、湯に浸かるのが大好きな白い大男は「そうか」と静かに興奮を滲ませていた。しかし、空港のお土産コーナーに笹のオブジェと共にごまんと積まれている、白黒模様の巨大な熊のぬいぐるみ――そのふくふくした山に吸い寄せられたきり、それからのゲゲ郎はその話ばかりになった。水木。水木。なんじゃ。これは。顔に墨が垂れておる。まるで垂れ目じゃ。愛らしいのう。熊か。それとも白熊か。のう水木。
    「パンダだよ」
     破顔する運転手の心は決まった。南紀白浜空港から海側へ。車を五分も走らせると、日本三古湯と称される白浜温泉街へ着く。道後温泉・有馬温泉と並ぶ古くからある名湯で、日中、当初はそちらへ向かう予定だったが、こんな様子を目にしてしまっては、ハンドルを山のほうへ切らざるを得ない。すなわち、「日本で最も数多くのパンダを飼育し、繁殖に成功している動物園」――である。こちらも温泉と同じく、空港から約五分で着く有名スポットだった。
     厳密には動物園・水族館・遊園地が合体している欲張りテーマパークであるそこは、大人の男二人が一日を全力で愉しむのに充分な行楽に溢れていた。お目当てであるジャイアントパンダ。ダイナミックなイルカショーでは最前列で水をかぶり、サファリパークのエリアではのんびりと陸上の動物を観察しながら、二人で並び歩いているだけで時が過ぎた。赤青黄、けばけばしいほどに華やかな羽を持つインコを腕に乗せるふれあい体験では、水木がその鳥の大きさに固まったり、空港の比ではないくらいに大量のパンダグッズがひしめく土産物売り場から、ゲゲ郎が巨大パンダのぬいぐるみを抱えて動かなくなったりした。
     くたびれた身体で、なんとか車を転がす。紀伊半島を反時計回りにぐるっと回って、本日の宿がある土地・那智勝浦へ向かう。永遠とも思う海辺の道が続く中、串本町の潮岬というところで、水木はわざと車を停めた。立ち寄った時刻は夕方。海岸線を運転している最中、ああ、そういやここらへんがそうだったな――と、左腕に巻いた腕時計と車の速度メーターを見ながら、何気ないていでアクセルを踏んでいたのだが、どうやら間に合ったらしい。岬の周囲はお天道様も天幕を引き、明日への紺色の布団を被り出す夕闇である。
     とろけるオレンジのマーマレードのように、青黒い水平線の彼方へ、太く大きな夕日が沈む。(ああ、これが本州最南端の夕日か)と、隣の幽霊も思ってくれただろうか。彼より拳ひとつ分ほど背の低い水木には、見えない。ゲゲ郎の銀の横髪をハタハタと、潮風が遊ばせていくのを見るだけである。斜陽のオレンジの光がひとすじも残らず、海面と銀の髪から消え失せるまで、二人は海の匂いを嗅いでいた。
     ふと、日が落ち切って肌寒さを覚える。水木は手癖でポケットからPeaceを取り出すと、暗がりの中でマッチを擦った。煙草の先に灯るオレンジの炎。
    「夕日じゃ」
     ずっと黙っていた幽霊族の男が、ポツリそんなことを呟いた。
    「手の中の夕日じゃ」
     水木は驚いたように目を見開き、黙って一口、深く煙草を吸うと、
    「……しっかり見えてんじゃねえか」
     手前勝手にごちて、その吸いかけの煙草を、ゲゲ郎の薄く柔らかな唇の隙間に差し込んだ。早くしろ。と言わんばかりの態度で運転席へ乗り込む。そんな水木の後ろを、ふわふわゆらゆら、マイペースな足取りで、ゲゲ郎は助手席に乗ってきていた。白い偉丈夫の口許で、美味そうに煙草が揺れている。
     今回宿泊先に選んだ那智勝浦は、古代よりの巡礼道・熊野古道の入り口の一つであった。また、鯨肉料理で有名な地域でもある。宿へのチェックインを済ませ、ひとっ風呂浴びた後は、地元商店街の居酒屋へ繰り出し、二人は揚げたての鯨の竜田揚げや梅酒などに舌鼓を打った。
     なお、商店街を抜けた先にある紀伊勝浦駅は駅ながらに足湯があり、そこそこ深夜まで湯に足をひたすことができる、少々変わったスポットである。旅先の居酒屋を飲み歩き、夜の散歩と足湯で気持ちよくなった二人が、その晩旅館でどう過ごしたのかは、個人情報なので筆を置くとしよう。かくして英気を養った二人は、意気軒昂、夕日の次は朝日を見よう、とばかりに朝から那智の浜へ繰り出し、補陀落山寺を参拝し、那智山を登り、冒頭の乾杯へ戻るのだった。
    「この茶色い茶漬け、美味いのう」
    「『茶がゆ』って言うんだってよ」
     ゲゲ郎は今回の旅で、いたくパンダが気に入ったらしい。昨日動物園で買ったTシャツを、早速インナーとしてめかし込んでいた。ミーハーなやつだなあと思うも、水木は水木で、先ほど門前通りにあった土産物屋で、「山に入ってきて寒くなってきたから」などとそれっぽい理由をつけて、梅の木が描かれたシャツを買い求めているのだから世話はない。
    (紀州の梅が、梅酒が美味いのがいけない)
     昨晩から蔵を変え品を変え飲んでいる梅酒の味が、味蕾にじゅわりと蘇る。でっけぇパンダ柄に蜜柑のシャツまで重ね着している奴よりはマシ、と胸の中で主張したが、側から見れば同じ穴の狢である。
    「昨夜のは揚げた鯨じゃったが、刺身も堪らんのう」
    「こういうのこそ、その土地に行かねえとなかなか喰えねえよなあ」
     二人が囲む卓の中央、大きく船型の器が場所をとっているのは「尾の身の刺身」であった。鯨肉を刺身にしたものを、この地方ではそう呼んでいるのだと説明を受けた。これに、箸休めのごま豆腐、酒の肴に舐める金山寺味噌を酒席に並べて、ああ、次は何を頼もう! と、昼からの痛飲に至福は尽きない。対面に好いた相棒がいれば尚更である。

     ――酒は憂いの玉箒(たまははき)

     と言うが、酒は憂いを取り払う箒(ほうき)ではなく、幸福を掃き集める箒でもあるのではないかと、目の前のふにゃふにゃした笑い皺の親友を見ていると、水木はそういうことを思うのだった。



    <終>
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