ますさんイラストから得たやつ坊が言うサタンを倒すという夢を、漠然と聞いていた。バカにする訳でもなく単語を耳に入れているだけ。ただ、何故そんなにもこの場に執着するんだろうと疑問には思ったが、自分の中で答えが出なかったので諦めた。
正十字学園に入学してすぐ、同じ塾生の奥村燐が坊と同じ夢を公言した。立場上、塾生の個人情報を少し頭に入れていたので彼の正体を知っている。その上で俺はへぇ親を殺したいんだ、と受け取った。
俺は親を殺したいと思ったことがない。だから面白いなと、なんでそういった考えになったのだろうと不思議で、友達になってみようと近付いた。
奥村くんは明るい人間だった。家族を大切にする彼は友人も大切にする人間で、きっとサタンなんかを親に持たなければもっと普通の楽しい人生を送っていたのだろう。そこであぁ生まれてこの方迷惑を被っているから殺したいのかと妙に腑に落ちた。
奥村くんから出る青い炎は美しかった。はじめて見る青い炎は自分が持っている黒い炎とはまた別で、目の奥に焼きついて暫くは目を閉じると瞼の裏で燃え続けている気がした。
青い炎が周囲にバレてから奥村くんは孤立していた。俺は特にサタンに興味はなかったので、巨人(ネフィリム)なだけで可哀想に……だがそれよりも常に漂う緊張感が面倒で、皆奥村くん自身を見れば良いのにと脳内で文句を垂れたが、声にしたところで誰も聞く耳を持たないだろうなあと表に出すことはなかった。
今思えば、きっかけはここだった。霧隠先生が間違えて俺達に酒を渡し、奥村くんがそれを飲んでしまった時。あの時は突然鬼のように俺に絡んでくる奥村くんのテンションに怯えたし、迷惑だし坊や子猫さんに見つかってしまったらとんでもなく怒られるんだろうなとこの後のことを考えて面倒だと思った。だが、話しているうちに坊とか子猫さんがどうとか、どうでも良くなった。そもそも俺は血とか親がどうだとかなんだって良いのだ。周りが面倒だから、自分の自由な好奇心を殺すのか?それはなんだか自分の芯とは違う気がする。面倒だから関わらない?サタンの仔だから喋らない?俺はそんな人間だったか?そう考えればどうも自分が滑稽だ。
「ッくく、あっはっはっ!関わらんようにする方が面倒臭いわ、やめややめ!」
「そーだぞ諦めろ!どーにもなんねえんだから笑っとけ笑っとけェ!」
あぁそうだ!今までそう生きてきたじゃないか!世の中どうにもならないことが殆ど、いや全てとそうと言っても過言ではないかもしれない。ならばせめて、どうにもならない自分の人生を謳歌しようとこの道を選んだのではないのか!
まさかここで思い知らされるとは思わなかった。そして目の前の男は俺同様どうにもならない人生を謳歌し、四面楚歌だろうとこんなに笑って生きている。
俺も奥村くんのように笑って、どうにもならない世界の道のど真ん中を堂々と歩いてやろうではないか。
だから、自分がスパイであることがバレてしまった時も少しの罪悪感より、今度は俺も奥村くんのように我が道を進む順番が回ってきたよと、言いたかったけどきっと奥村くんは覚えていないから言わなかった。
外道院ミハエルが出雲ちゃんを迎えに行き、奥村くん達の相手をしろと金切り声を出している。了解ですと返事をし、部屋を出る。通路に繋がるドアの前に立ってから目を閉じ、一度深呼吸をした。
奥村くんみたいに自分らしく生きる自分を、奥村くんが見たらどう思うだろうか。もしかしたら、こんなにも大胆に裏切ったから話す機会もないかもしれない。きっとそうだ。もう会うことも叶わないだろう。これからはイルミナティの隊員として、フェレス卿の駒として生きる。
「笑っとけー……笑っとけー……どーにもならねーんだからぁ……笑っとけー……」
ならばここで、君と本気で戦ってみせる。
これが俺の王道。これも本当の俺。
奥村くん、見ていて欲しい。俺も奥村くんみたいに自分の人生を謳歌してみせる。