何故だろうな。
頬杖をついて唇から漏れた言葉は、テレビもCDプレイヤーもついてない部屋でやけに響いた。
「何故か時々、無性にお前のことが可愛く見える時がある」
「………知らないよ」
思っていたことを口に出すのは案外恥ずかしくて、でも一度出てしまえばつらつらと溢れてくる。返ってくる言葉は予想通りそっけない。そのくせこっちに背を向けて洗濯物を畳む百々人の耳はほんのり赤らんでて、それがまたかわいいと、思ってしまう。
「普段から愛嬌があるとは思っているが。それとは別に、こう、……可愛くて仕方ない、と。そう思う時がある」
「……あっそう」
「何故だろう。……たまにお前に触りたくて仕方なくなる」
「冬だからじゃない? アマミネくんの方が僕よりあったかくて抱き心地良いよ」
「そうか。後でどういう状況でそうなったか聞かせてほしい」
「うわ、墓穴掘ったかも」
「あとは、そうだな。目があっただけで腹の底がこう、ぐあっとせりあがって、その勢いで捕まえたくなる時も、ある」
「ふうん」
「笑っているの見た時は、顔が妙に熱くなる。……それが他の人間に向けた笑顔なら、そのまま頭に血がのぼってしまう感覚も、ある。表には出さないように努めているが」
「僕の経験から推測すると、それは風邪だね。病院行って強めのオクスリ出してもらったらいいんじゃないかな」
ぽんぽんと冷静な声で辛辣な返事をしてはいるが、さっきから洗濯物畳みはまるで進んでないように見える。我慢してこらえて、何をそんなに頑張っているのかは知らないけれど、俺が何かを口にする度、ぎゅっぎゅっとズボンの太もも辺りに皺が寄っている。
……かわいい。ぽこりと泡のようにまた言葉が浮上する。病気というのはまあ、あながち間違ってないな、これは。
「百々人はないのか。俺に対して可愛いと思うこと」
「逆にかわいくないなーって思うことなら山ほどあるよ、今とか」
「そうか。残念だ。俺の病気の原因がわかるかもしれないと思ったのに」
「おとなしく病院行って風邪薬もらっておいでよ」
「……本当にないのか? かわいいとか、かっこいいとか」
「マユミくんがかっこいいのは当たり前で、しょ……」
ぽろ、と漏れた言葉に唐突に横っ面を叩かれた気分になった。次いで本当に横っ面をクッションで叩かれた。昭和のテレビじゃあるまいし、そんな勢いで叩いたところでなにも治ったり飛んだりしないぞ。お耳どころかほっぺたまで真っ赤な花園百々人くん。
「なるほど。かっこいいのか。百々人の中で俺のカテゴライズはかっこいい、に入るわけだ」
「ぅ、…………空耳でしょー……耳鼻科にも行ったらどうかな?」
「数秒前の自分の言葉も忘れてしまうのか。これは重症だな」
強めのオクスリを出しておきましょうか、なんて。肩を掴んで熱い額をくっつけて、至近距離で囁いた意趣返しじみた言葉には特に反論がなかったので、口いっぱいに頬張った百々人への気持ちをそのまま唇へ乗せてみる。
わかりきっていた原因を綺麗に片づけたなら、これからは新しい病気と向き合わなければいけないわけで。
とりあえず今の薬代はお前からの「僕もキミが好き」という言葉がいい。
それぐらいのおねだりは許されるだろう、きっと。