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    misosoup_trtb

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    すこしふしぎな話
    ホラーテイスト
    ねつ造多々

    とおりゃんせ 暇だからと誰かが始めた怖い話大会からたまにはいいだろうと変な方向に行って、いつのまにか次の日には近くにある小さな山で肝試しすることになっていた。夕日が沈んで付き始めたぽつぽつと立っている街灯が、何もない所の暗さを引き立たせている。

     本当は、あんまり行きたくなかった。偶然だけど、この合宿所は僕が小さい頃に住んでいた場所に近くて。……おぼろげだけど楽しかった「家族」としての思い出は、変わりすぎてしまった今と対比すると少し苦しくなる。でもそんなのは僕の勝手な感傷で、盛り上がっている皆に水を差すのは嫌だからと結局飲み込んだ。
     山と言うより丘に近い、こじんまりとしたシルエット。申し訳程度に生えてる木々と、緩やかで長い石段と、さびれた神社があるだけの何もない場所。この山は小さい頃、よく虫取りや近所の友達と一緒に遊んだ場所だ。迷子になりようもない狭くて小さな山、だけどなぜかここでいなくなる子供が昔はいたらしい。

     特にこの山に目隠しをして入ると、よくないことが起きるとか。そんな誰かに聞いたあやふやでよくある噂話なんかしなければよかったな、なんて後悔しながら軽く石ころを蹴飛ばした。
     ルールは簡単。くじ引きで二人組に分かれる。片方は目隠しをして、もう片方のみ懐中電灯を持って、手を繋いで歩く。神社のお堂に置いたお菓子一袋を持って帰ってくる。余った一人はスタート地点で待つ。そんな感じ。

     綿密に下調べをして道のりを確かめたからこんな暗い中で目隠しをして進むなんて一見無茶なルールも設定できたんだろう。本当に何もないんだ、ここには。
     神社はあんなにさびれてるのに、途中の石段にはごみひとつおちていない。誰が掃除しているのかは大人に聞いてもわからなかった。

     僕はアマミネくんと組んで目隠しする役。先に行ったペアが相方を驚かせて、多分目隠しをしている方が上げた悲鳴が小さく聞こえてくる。楽しそうだね、とぼんやり呟くと、百々人先輩も楽しみましょうよ、とアマミネくんがどことなくウキウキした声で返事をした。

     服の裾を引っ張りながら階段の段数を教えるアマミネくんに適当に相槌を打ちながら、目隠しで塞がれた視界の中では遠い記憶がうっすらと再生されていく。こういう時、アイドルとしてのお仕事とかを反芻できればいいけど。まだデビューしたばっかりで、数回こなしたお仕事もどうしても卒なく完璧にこなすアマミネくんに先を越されているような現状も相まって、まだ「楽しい思い出」は浮かべられそうになかった。

     ここまでの間にうっかり部屋の鍵を落としてしまったらしいアマミネくんを待ってるから探しておいでと送り出して、石段脇の木によりかかって一人でいると、それはますます鮮明になる。不安とか、焦燥とか、そういうぐちゃぐちゃの感情がお腹の底にたまって、じりじりと炙られていくような感覚。
     僕にはもうアイドルしか残されていないのに。アマミネくんと二人でステージに立っても、自分の未熟さばかりが浮き彫りになっていく気がして。こわい。……ぴぃちゃんに、見捨てられたくない。でもアマミネくんに勝てる気がしない。同じユニットの相棒なんだから、勝ち負けとかそういう基準で判断するものじゃないにしても、こうして考える時間ができてしまうと、歌でもダンスでも彼には敵わないという現実に潰されそうになる。

     戻ってきたアマミネくんに手を引かれて階段をのぼりながら、これから先もずっとこの感情に追い立てられるのかと考えてぞっとした。夏なのに嫌な悪寒が背筋を這い上った。まるで、底のない穴を覗き込むような。そんな恐怖と絶望。
     彼とは、そういうことを腹を割って話せるような関係には、きっとこれから先もなれないんだろう。少なくとも僕からこんなみっともない相談なんてできない。アマミネくんはもちろんぴぃちゃんにも。……はやく。完璧にならなきゃ。形だけでも。そのためには練習するしかない。至極当然の結論から、「だからこんな遊びをしてる暇なんてない」に辿り着いてしまう思考回路に嫌気がさす。せっかくみんなが、アイドルとしては後輩の僕たちに気を使って立ててくれた計画なのに。
     さく、さく、と落ち葉を踏みしめる音を聞きながら、生ぬるい風に肌を擽られてひたすら歩いた。途中から将来のこともアイドルのこともアマミネくんのことも考えるのはやめた。答えの出ない漠然とした不安は想いを寄せれば怖くなるだけだから。

     ……それにしても、まだ着かないのかな。僕の感覚じゃ、もうさっきアマミネくんが教えてくれた段数を上りきってもいいはずだけど。

     僕の感情を察したのか、僕が怖がってると勘違いして励ますためか、それとも彼自身が怖いのをごまかすためか。いつもより変に明るくした声で話しかけてきたアマミネくんはいつの間にか何も話さなくなっていた。話のネタが尽きたのか、あまり実のない返事しかしない僕に呆れたのか。どっちでもいいかな。今はもうさっさと帰って寝たいって気持ちが強くなってきた。寝てもろくな夢は見ないだろうけど。

     こんなことならこの山の噂なんか話すんじゃなかった。
     僕ももう誰に聞いたか忘れた噂。多分おばあちゃんとか、近所のおじいちゃんとか、そこらへんだった気がする。


     ―――七の付く日は山に入ってはいけないよ
     ―――木々と一緒に数えこまれてしまうから


     あの頃は。お母さんも、お父さんも。暗くなるまで遊んで帰っても、無駄なことしてないで勉強しなさいなんて、言わなかった。僕も、普通に向こう見ずなこともするバカな子供だった。
     いったい、いつから変わってしまったんだろう。……見捨てられた今になって考えたって、仕方ないことだけど。


     ―――お山の中で目隠しをして遊んではいけないよ
     ―――異界との境目がわからなくなってしまうから



     さっきまで煩いぐらいに吹いていた風の音がいつの間にか消えてる。
     アマミネくんもずっと黙ったままだ。



     ―――暗くなってからあのお山に一人で行ってはいけないよ



     さく、さく、枯葉の割れる音がする。

     あれ、そういえば、今は夏なのになんでこんなに落ち葉があるんだろう。それにこの階段はいつも、ごみも石ころも葉っぱも落ちてなかったはず、で。



     ―――あそこの神様はひどく寂しがりだから



     同年代の男子の手なんて握ったのなんて初めてだったけど。
     アマミネくんの手は こんなに 小さかっただろうか。



     ―――気に入られてしまったら

     ―――お山の神様にさらわれるよ





     まるで、小さな子供のような。
     頼りなくて、柔らかくて、  つめたい てのひら。



    「     っ!」


     足元から立ち上った枯葉の匂いが鼻に届いた瞬間我にかえって目隠しを取る。目の前の景色を認識して、ガン、と殴られたような衝撃が走る。
     暗い夜の面影なんてどこにもない。踏みしめていた石段もなく、前にも後ろにもだだっ広い野原が広がってる。向こうの景色が霞んでる。こんな広い場所、僕は知らない。それ以前にさっきまであの山にいたはずなのに、僕はどこにいる、ここは、なんだ。赤い草。赤い空。赤い木々。一面に広がる赤、赤、赤、
     少し明度を欠いた仄暗い赤が視界を埋め尽くす。

     赤と、いえば、



    「てん、どう、さん」


    「赤は俺の色だろう。なあ、百々人?」


     幼い子供の声が聞こえたのは僕の足元から。
     無邪気な声はもちろんアマミネくんの声じゃない、この手も、引かれ方からしておかしかった。こんな下から引っ張られるなんて彼相手でもありえない。

     そろりと緩慢な動きで下を見る。
     にんまりと笑った赤い髪の子供が、真っ白な手で僕を掴んでいた。

     キミ、だれ。
     働かない頭で、掠れた声で絞り出す。子供は不思議そうに首を傾げて、両手で僕の手を包み込んだ。


    「俺のことを、忘れてしまったのか?」
    「は」
    「あんなに一緒に遊んだのに。百々人よりも虫取りが上手いのは、俺だけだった」
    「むし、とり」
    「眉見鋭心だ。……覚えていないのか?」


     聞いた瞬間おぼろげだった記憶が輪郭を持つ。

     この山で日が暮れるまで遊んだ記憶。
     近所の子供、そのまた友達も混ざって。名前も知らないような子とも一緒に遊んで、また会えてもその時には前に遊んだ時のことなんか忘れてて。
     そんな中で一人、やけに目立つ赤い髪をした子供が、いて。名前を聞かれて、教えて、もらって。


    「……あり、え、ない」
    「何が?」
    「キミがえいしんくんなら、なんで」


     子供の姿のままなの。

     記憶の中と服装以外は変わらない、小さな身体。この異常な世界で普通に笑ってる姿。背筋が凍る。捕まったままの手を振りほどこうともがいても、小さな子供の手のはずなのに振りほどけなくて、冷たい手のひらにどんどん体温を吸い取られていく。


    「子供のままじゃだめか?」


     じゃあ、と呟いた彼は次の瞬間、僕と同じぐらいの背丈の男になって、目の前で人の姿が一瞬で変わるのを目撃した僕のキャパシティはそこで限界になった。

     パニックになって離してとわめく姿はさぞ無様だろう。でも形振り構っていられない。このひとは、ココは、おかしい。逃げないと。
     そうだアマミネくん、アマミネくんは、どこに行ったの。彼もここに来てしまったなら、はやく逃がしてあげないと。くじ引きで残った天ヶ瀬くんは、先に行った紅井くんと兜くんは、悠介くんは、卯月くん、は。


    「誰もいない」
    「ひ、」

     するり、と冷たい手が僕の顔に回る。がくんと全身の力が抜けて横向きに倒れ込んだ僕の下で、ぐしゃりと枯葉が潰れる。秋の匂いが立ち上って包まれる。

     は、は、と荒い呼吸を繰り返す僕を宥めるように後ろから抱き着いたえいしんくんの手が、視界を覆う。


    「あ、まみね、くん…ぴぃ、ちゃ、」
    「誰も、いない。俺と百々人だけ。二人だけ」
    「なに、……ここ、どこなの、キミは、ねえ」
    「秀も連れてきたかったが、アイツは別に一番好きなものがあって、だめだったから。お前だけだ」
    「な、で、なに、ぼくだけ、」
    「ももひと、」


     絵を描くのは、好きか?


     きかれたことばがあまりにも場違いで、いっしゅんいみがわからなかった。

     はくはくと情けなく口を開け閉めする僕の頭を撫でる手。
     目隠しされた何も見えない世界で、枯葉の匂いと彼の手の温度と声だけが、僕の中に入り込んでくる。

    「言っていただろう。絵を描くのが好きだと。虫取りも楽しいけど絵が一番好きだ、と」
    「………、」
    「今は? 今も楽しい? 一番 好き?」


     楽しい。好き。一番大事。一番。
     いちばんはとれなかった。好きなものを描いているだけじゃ。だからすきじゃないものも、描きたくないものも、かきたくないようにかいて、かんがえて、かんがえて、それでも結局いちばんにはなれなくて、だから。

    「……わか、ん、ない」
    「…………好きじゃない?」
    「わかん、ない、でも、」

     くるしい。
     呟いた瞬間、撫でてた手も僕の顔に回って、痛いぐらいぎゅうぎゅうと目を締め付けてきた。何も見えないはずなのに、後ろにいるえいしんくんの笑顔が瞼の裏に浮かぶ。目をこぼれそうな程大きく見開いて、口が引き裂けそうなくらいにんまりと笑った歪な笑顔。それに合わない優しい声が僕の身体にしみとおってく。

    「苦しいならもう好きじゃないってことじゃないのか?」
    「………」
    「違うのか?」
    「………」
    「もう好きじゃないんだろう? 他に大切なものも好きなものもないんだろう? 苦しいんだろう? 寂しいんだろう? ならもういいんじゃないか。捨ててしまえ。もう何もいらないだろう?」
    「………」
    「なあ、百々人」

     それなら俺とここに一緒にいてもいいんじゃないか。
     ひそりと囁かれた言葉に、心のどこかがぱきりと音を立てた、気がする。

     ゆっくりとえいしんくんの手をどかす。抵抗はされずに開かれた視界、相変わらず真っ赤な世界。赤だけの世界。
     楽しそうに僕の肩にぐりぐりと頭を擦りつけてくる、えいしんくん。

    「俺は百々人を見捨てたりしない。ずっとずっと一緒にいる。だから、……ここにいてくれ」

     優しく囁かれた声が壊れた隙間に入り込んで、暴れて、ぐちゃぐちゃにされて。ばらばらになったこころごとつつみこまれたような錯覚をおぼえた。

     むかしに聞いた話が。ふと頭に蘇る。
     今は違うけれど、この山は昔は違う名前だったのだと。

    「キミは、なんなの、えいしんくん」
    「…………」

     何もかもを見通すさびしがりやの神様が住んでいるから、この山は雲も霧もかからない。そんな言い伝えから。


    「なんだと、おもう?」


     まゆみやま、と呼ばれていたそうだ。


    「…………かみ、さま」
    「正解だ」

     ひゅ、と喉が鳴る。深い翠の瞳の中の僕は、がちがちと情けなく歯を鳴らして怯えている。
     いちばんだいじなものがないなら、この山にはいってはいけないよ。また遠くで誰かから聞いた話が再生されていく。
     いちばん。僕のいちばん。僕が、ぼくの、だいじなもの。

    「ア、イドル、」
    「…………?」
    「絵は、いちばんじゃなくなっちゃったけど、僕、は、いま、アイドルが、いちばん、だいじ」
    「アイドル」
    「ぼ、くを。みつけてくれた。ぴぃちゃんが。こんな僕をすごいって、言ってくれる、ぴぃちゃんとアマミネくんが、だいじ、だから、どうか、かみさま、かみさま、僕をかくさないで、ください……!」
    「………………。……そうか。別の一番が、できてしまったのか」


     残念だ。とても。
     お祈りの姿勢でぎゅっと目を瞑って懇願した僕の頭の上から、寂しそうな低い声が降ってきて、不意に枯葉の匂いが消える。
     恐る恐る目を開けると、そこは。

    「……あ、れ」

     遠い記憶と変わらない寂れた神社。ぽつんと置かれたお菓子の袋。申し訳程度にひとつだけ建てられた外灯が、消えかけの光を放っている。
     足元に、目隠しの布が変な風に汚れて落ちていて。

    「…………?」
    「百々人先輩!!」

     らしくなく慌てた声に振り返ると、短い階段を息を切らして駆け上がってきたアマミネくんがいた。

    「あの、ほんと、そういうのシャレにならないんで、勘弁してください……!」
    「え、何が?」
    「待ってるって言ったのにいなくなるとか! 肝試しだからってちょっと悪趣味ですよ!」
    「……あはは、もしかしてアマミネくん結構怖がってた? それならよかった」
    「良くないし別の意味で肝冷やされてたんです! 目隠しのまま置いてった相手がいなくなってるとかほんと……怪我とかしてるんじゃないかって……はあ…………」
    「えっと、ごめんね?」
    「もういいです……さっさとお菓子持って帰りましょう。ルール破っちゃったから失格だろうけど」

     俺が鍵落として探しに行った時点でタイムロスだったし……とぶつぶつ呟いてるアマミネくん。別に一番はやく戻ってきたら勝ちとかそんなルールはなかったと思うんだけど。まあいっか。

    「それならもう目隠ししなくていいよね」
    「まあ、やっぱりちょっと危ないし。これあとでプロデューサーに怒られるかな……」
    「それはいやだなあ。ぴぃちゃんこっちに着くのは明日だったよね」
    「内緒にしてほしいけど、多分無理ですね」

     鋭心先輩が報告するだろうし。
     アマミネくんのその言葉に、なぜか。ぞわ、と一瞬背筋が粟立った。

    「まあ目隠しのルール提案したのあの人だし、そこに関しては……百々人先輩?」
    「……ううん、なんでもない。はやくいこっか、マユミくんと天ヶ瀬くん待たせっぱなしも良くないしね」

     すう、と夏の湿った空気を吸い込む。アマミネくんの珍しい顔も見られたし、なんだかんだで楽しかったから。
     ……大丈夫。明日からも、結局僕は見捨てられないためにアイドルにしがみつくけど。アマミネくんにも、マユミくんにも、コンプレックスを刺激されて苦しくなっちゃったりするだろうけど。
     アマミネくんもマユミくんも、存外抜けてたり、お茶目な一面があるってわかったから。少しだけ、気持ちが楽になった気がする。

    「おかえり、秀、百々人」
    「ただいま戻りましたー……」
    「ただいま、マユミくん」
    「百々人」


     楽しかったか?


     ふ、と笑ったマユミくんの瞳の中で、くるりと赤い光が回って見えた。
     何故だかそれが変に焼き付いて、だけどきっと錯覚だろうそれを覚えておくのがこわいような気がして。たのしかったよ、と僕は少し乾いた声で返事をした。


    「そうか。明日からも、たのしいといいな」


     どこかから届いた、季節外れの枯葉の匂いが、鼻の奥を擽った。
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