いつまでもめしあがれ「ただいまー」
「おかえり、百々人」
餃子の具を入れていたボウルを洗う手を止めて、玄関まで向かう。
帰ってきた百々人の手には、買い物の荷物と二枚の紙。
「? なんだ、これは」
「福引券だって。商店街で配ってた」
両手が塞がったまま器用に靴を脱いで、「はい、あーげる」と紙を手渡してくる。薄く頼りない白地の紙に赤い文字。お買い物千円につき一枚贈呈、三枚で福引一回。……一枚足りないな。期限は今月末。あそこの商店街には普段あまり行かないが、一度くらいなら足を伸ばしてもいいかもしれない。そんなことを思っている間に、深く被っていた帽子を脱いだ百々人が台所から顔を覗かせる。
「ね、マユミくん、メニュー変更。今日はそうめんにしよ」
「もうご飯が炊けるんだが。餃子も包み終わったし」
「ご飯は冷凍しとけばいいし、餃子とそうめんも食べられなくはないでしょ。いいじゃん、たまには恋人の可愛いワガママ聞いてくれたって」
「……食べ物に関する我儘は週三ペースで聞いている気が」
「何か言った?」
「いや何も」
じろりと睨み付けてきた視線。出会った当初から比べればだいぶ遠慮のなくなったそれに肩をすくめて台所に向かう。
餃子を焼くためにフライパンを温めながら、鍋でお湯を沸かし始めた所で、ちょうどよく炊飯器がピピーッと音を鳴らした。
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二人で黙々と茹でてざるにあけたそうめんに、大皿二枚に並んだ餃子、余った野菜で簡単に作ったサラダ、百々人のお気に入りのドレッシング。つゆにとろろと切ったオクラを散らしたお椀と、酢醤油とラー油を入れた小皿をそれぞれふたつずつ。
小さめのテーブルいっぱいにメニューを並べて、「いただきます」と揃って手を合わせる。この部屋に引っ越す時、このテーブルが良いと選んだのは百々人だった。「食事に手が回らなくて用意できる品数が少なくてもそれなりに見えるから」という、わかるようなわからないような理由だった。あとは、こうして向かい合って食べる時に距離が遠すぎないのが良いのではないか、という自惚れも抱いている。直接聞いたことはないが、たまに遊びに来る秀が百々人に隠れてこっそりそんなように見えたと教えてくれた。だから多分これは自惚れじゃない、と思いたい。
「……そうめんと餃子、案外悪くないな」
「でしょ。はー、おいし……あれ、マユミくん」
「ん?」
「こっちの餃子、何か入れた?」
二つある餃子の大皿の内、少し量が少ない方の餃子を飲み込んだ百々人が尋ねる。
「ああ。チーズが余っていたから入れた。……美味くないか?」
「んーん、おいしいよ。……でも」
もぐ、 と咀嚼しながら首を傾げて言葉を探す。飲み込んで、もうひとつ餃子を小皿に取って、口を開く。
「……何もつけないで食べた方がいいかな、チーズの味が結構しっかりしてるから」
「あむっ……言われてみれば確かに。ネギでも入れればよかったか」
「おかずって言うよりお酒のおつまみにしたいなあ」
「ではこっちは残しておいて晩酌するか。……それとも今から開けるか?」
「う、魅力的だけど……後にしよ、ゼリーも買ってあるし」
そう言いながら百々人は冷蔵庫を箸で指す。
行儀が悪いぞ、と窘めればごめんごめん、と軽い謝罪が返ってくる。それがなんだか楽しい、と思う。
「あー……おいしい。しあわせ」
「……そうか」
「……マユミくんさぁ、そろそろ僕が「しあわせ」って言っただけでそういう顔するのやめない?」
「そういう顔、とは」
「えー……なんていうか…………孫を見るおじいちゃん、みたいな……」
「秀を見る時の百々人のような顔をしてるということか」
「ちょっと待って僕アマミネくんをそんな目で見たことないんだけど」
「俺も百々人をそういう目で見たことはないな。美味そうに食べる百々人のことはかわいいと思ってはいる」
「……ご飯の最中に口説くの禁止って前に言ったよね?」
「口説いた内に入るのか、これは」
「もーやだこの人。今度アマミネくんにジャッジしてもらお」
「また『先輩たちの惚気合戦に巻き込むのやめてくれません?』と叱られる気がするな」
とりとめのない話をしながら、料理はどんどん減っていく。
お互い食べ盛りは過ぎたはずなのに、餃子の四、五十個くらいならまだまだいけるんだな。
空になった片方の皿を見てそんなことを思いながら「ごちそうさまでした」と二人そろって手を合わせた。
特に何かの記念日でもないが、今日はなんとなく少し良いワインを開けようと思う。
餃子とワインを交互に口に入れた百々人は、またそれを飲み込んだ後で「しあわせだ」と呟いてくれるだろうか。