最初の頃は、待ち合わせに遅れることはなかった。朝が来るのは憂鬱だったけど、マユミくんとの待ち合わせがある時はソワソワして、不思議といつもよりスッキリと起きられたから。
　そのソワソワがドキドキになって、その原因に気づいて飲み込もうとして、結局ダメで本人に引きずり出されて、まあなんやかんやあってお友達以上になってしまった今。僕は待ち合わせの5分前に集合場所に着くことが多い。

　マユミくんは大抵10分前には来てる。集合場所が喫茶店なら変装用の伊達眼鏡をかけて本を読んでるし、像とか時計の下なら深めに帽子を被って視線は人混みの中に待ち人を、つまり僕を探している。どちらも絵になるなんてわざわざ言うまでもなく。そうすると変装をしていても恵まれた体格と整った顔立ちは隠せないから、僕が着く時には誰かしらに声をかけられているのがほとんどだ。ナンパとか、スカウトとか。

「すみません、待ち合わせをしているので」

　僕が来るまでの5分間をハッキリと拒絶の言葉で、それでも引かない相手には適当にのらりくらりと乗り切って、小さく手を振った僕が「お待たせ」と駆け寄った瞬間のマユミくんの顔が好きだ。ほんの少しだけ口元が綻んで、「たすかった」と言わんばかりに目尻が微かに下がったその顔が。

　僕が本当は待ち合わせの10分前には近くのコンビニや喫茶店にいて、そこから集合場所をそっと窺って、僕との待ち合わせのために他の人を邪険に(ってほどでもないけど)扱うマユミくんを観察してることを、マユミくんも知っている。

「マユミくん」
「なんだ」
「悪趣味でごめんね」
「いや。お前が俺に関することで優越感を滲ませている顔を見るのは気分がいい」
「マユミくんも悪趣味だったかー……」
「お互い様だな」

　今日は花粉がよく飛んでる。伊達眼鏡を柔らかい布で拭ったマユミくんが、小さく喉を鳴らして笑ってる。
　悪趣味同士お似合い、なんて思えるほどお気楽にはなれないけど。お腹の鳴るタイミングと顔を見合わせて吹き出すタイミングが一緒だったから、今日のデートも楽しくなるんじゃないかな、と素直に思えるようになった。

　キミが大好きって意味と同じそれを口に出して伝えるのは、もう少し先になるだろうけど。
　その時までキミが僕に飽きずにいてくれたなら、そこから先の何十年かを信じてみてもいいかもしれない。