足元を巣食われる/足元から救われた どうせ僕を置いていくくせに。
俺を見ないまま、聞いたことのない声色で百々人が呟く。好きだ、と伝えた。ただそれだけで、百々人は百々人ではなくなった。触れようとすれば振り払われる。名前を呼ぼうとすれば耳を塞がれ、焦れた勢いで両手を掴んでもう一度好きだと言えば、目をきつく閉じていやいやと首を振られた。どうすれば百々人は、百々人に戻る? どうすれば。
ぐるぐると考えて浮かんだのは、告白の返事とは言えないその言葉だった。「どうせ、おいていくくせに。」「ずっとそばにいてくれないくせに、好きだなんて言わないで。」そういう意味だとしたら、置いて行かれることを怖がってるなら、どんな言葉をかけてやればいい。「置いていかない」? それとも、「ずっと一緒にいる」?
まぎれもない本心なのに、頭の中で繰り返してみると薄っぺらい言葉だと思った。心から思っているけれど口先だけに聞こえる言葉。こんな言葉では、百々人は多分俺の傍にいてくれない。どうすれば。どうしたら。手が冷え切る。百々人の体温と同化していく。
(置いて行かれたくないなら、どうすればいい?)
思いついた言葉は吟味する前にするりと口から零れ落ちた。
「……来て、いいから」
ひく、と百々人の肩が揺れる。
「ついてきて、いいから」
ゆっくりと目蓋が開く。百々人の瞳に俺が映る。……随分と、情けない顔を、している。そう思った。
「……マユミ、くん」
「俺が先に行ったら、追いかけてきてくれ。ひとりに、しないでくれ。おれは、」
言葉を続けようとしたが、続かなかった。息が、詰まった。
百々人が、笑っていた。とろ、と何か落ちてはいけないものが零れそうな笑顔で、百々人は喉を震わせた。
「いいの、おいかけてもいいの、鬱陶しいって、迷惑だって、思わないの、いいこでまって、なくて、いいの、僕、」
あとをおっても、いいの、まゆみくん。
酷く静かな声にぞわりと立った鳥肌。……お前はずっと、これを言われたかったのか、百々人。
どうやら正解を導き出せたらしい。同時にとんでもないスイッチを押してしまったような気がして、でも鳥肌に含まれた感情が恐怖より歓喜が先立ってる時点で、俺も。
「すくえない、な」
ぽつりと呟いた言葉は、嬉しそうに鼻を鳴らして抱き着いてくる百々人には、届いていないようだった。
(一緒にいきたいと言ったらいいこで待ってなさいっていわれた。一緒にいたくてがんばってもがんばってもおいていかれた。おいかけることはゆるされなかった。けど、キミが、僕とおんなじさみしがりの瞳で「ひとりにしないで」って言ったんだから。
……もう絶対、離してあげられないけど。
ゆるしてね、マユミくん。)