汗ばんだうなじ。浴衣の裾から覗く足首。屋台の明かりが映りこんできらきら光る瞳。いつもより無邪気に笑う表情はかわいいのに、ふと黙り込んだ時の表情を見ると胸の底が変にざわつく。今日の百々人はいつも以上に、綺麗とかわいいと色っぽいのあいだをふわふわ漂っている。
　通行止めになっている道路の真ん中、普段なら近づくこともない分離帯に腰かけて、ふたつめの焼きそばをかきこんだ。家で作った方がきっと安いし絶対旨いと頭ではわかっている。でも売っているのを見たら食べたくなる。屋台とはそういうものだと、誰宛てでもない言い訳を胸中で呟いた。

「マユミくん、よく食べるね」
「俺がトイレに行っている間に人形焼きとたこ焼きをぺろっと平らげたお前がそれを言うのか」
「あっ、バレてた」

　楽しそうに笑う百々人の唇はもうほとんど残ってないリンゴ飴でほんのり赤く色づいている。噛みついたら甘そうだとぼんやり思って、口の中の焼きそばと一緒に飲みこむ。
　こんなに人がたくさんいるところで、というのもあるが、それ以前に俺達はアイドルだ。デビューして一年と少し、まだまだ駆け出しもいいところだが、必要以上のリスクを負う必要はない。そもそも俺も百々人も、人前でそういった類のことをするのは苦手だ。この後の花火大会は帰ってベランダでのんびり見物することになってるから、まあ、……その時でいいだろう。

　そんなことを思いながらゴミを重ねて袋に入れて立ち上がると、百々人が何かに釘づけになってた。案外こういうお祭りのゲームが好きらしい彼はある程度の屋台に手を出していて、どれも好成績を出していた。景品はだいたい俺が持っている。頭に付ける光るアクセサリーを喜々として俺に装備させようとする百々人から逃げるように焼きそばの屋台に走ったのはついさっきのことだ。結局捕まって俺だけ頭の上でびよんびよんと星を光らせているのが少し悔しいので、帰り際に同じものを入手して二人で浮かれ宇宙人になってやろうと計画している。閑話休題。
　まだ何か挑戦していない物があったかと辿った視線の先には「きんぎょすくい」の文字が躍っていた。

　そういえばやっていなかったな。そう思って「やりたいのか？」と聞くと、「……ううーん」と歯切れの悪い返事。

「やりたくないのか」
「うーん……なんていうか、……生き物飼うの、苦手なんだ。花とかすぐ枯らしちゃうし」

　自分の面倒も見切れてないしね、と苦笑いする百々人。……表情はもちろん、微かに自分を卑下する言動も面白くない。だがここで掘り下げるような話題でもないだろうと無理矢理溜飲を下げ、「やりたくないわけじゃないんだな」と確認を取る。

「うん、やりたいし飼いたいけど……僕じゃ長生きさせてあげられないから」
「……じゃあ、俺の家で飼うか」
「え」
「父が昔、アクアリウムに手を出そうとして……まあ、結局自分でやってみたかったのに忙しくてお手伝いさん任せになってしまうと諦めていたが。たしか使っていない水槽やポンプがあった。金魚鉢は……あまり元気がよすぎると縁から飛び出したりすると聞いたことがあるな」
「あ、ぇ、それ。それ、僕やっちゃって。学校から帰ってきたら死んじゃってて、…………」
「……そうか。うちにあるのはちゃんと蓋のある水槽だったと思うし、飼い方は調べればすぐ出てくるだろう」
「……うん、そうだね」
「決まりだな。名前は百々人がつけてやってくれ」
「いいの？」
「お前が捕まえるんだからな」
「……僕が失敗するとは思わない？」
「……強いて言うなら。この前見たホラー映画でいろいろあったから、真っ黒のデメキンは避けてくれると助かる」

　そう真剣に言った俺に小さく噴出した百々人は「うん、赤い子狙うね」と楽しそうに笑ってくれた。


　家に帰ったらとりあえず水槽を引っ張り出そう。最低限のことを調べて、餌や足りないものは明日買いに行けばいい。
　百々人といると、やるべきこととたまの息抜きだけで埋まってた日常に、それ以外の物がどんどん混ざりこんでくる。

　だがそれも悪くないと、その笑顔を見る度にいつも俺は思っている。