「……っ」
びくっ、と自分の体が跳ねた振動でふと意識が戻った。眠っている時のこの反応を何というんだったか。そんなことを考えていると、「あ、起きた?」という声が右から降ってくる。
「……ももひと。すまない。重くなかったか」
「平気だよ。珍しいもの見れたしね」
そう言いながら俺の寄りかかっていた肩を竦めて百々人が小さく笑う。確かに、百々人の前で……というより、人前で居眠りなんてしたのはこれが初めてかもしれない。なんとも言えない気恥ずかしさと申し訳なさがじわりと浮かぶ。
秀にはもちろん、百々人に会うのも久しぶりだった。ドラマの撮影ロケで長い事ここには立ち寄っていなかったし、プロデューサーが撮影に集中したいという俺の我儘を快諾しスケジュールを調整してくれた結果、ユニットとしての活動に随分穴を空けてしまった。見上げた時計の針は、空白期間の埋め合わせと今後の予定のすり合わせを行うミーティング開始予定時刻の20分前を指していた。つまりもう10分もすれば秀とプロデューサーがここに来る。それはまだ半ば眠気に覆われた意識でも理解していた。
だから。「撮影ハードだったんだね、お疲れ様」と居住まいを正し距離を取ろうとする百々人の指を絡めとるように捕えてしまったのは、完全に悪手だ。
「……事務所だよ、マユミくん」
「わかっている」
やってしまった、という後悔が滲む。ここは確かに315プロに所属するアイドル達の憩いの場と化しているが、大前提として仕事のための場所だ。そこに私情を持ち込むなどあってはならない。そう理解しているのに。
指先の頼りない温もりをこんなにも離れがたく思ってしまうことをわかっていたら、手を伸ばしたりしなかったのに。
「……百々人」
「うん」
「すまない、……俺は、自分が思っていたより、寂しがりだったようだ」
「……そんなに、アマミネくんと僕に会えないのがさみしかった?」
「ああ」
「ふふ、そっか」
くすくすと笑う度、繋がった指先が震える。きっと普段なら気にも留めない些細な振動すら逃したくないと力を込めた指先を宥めるように、百々人が空いている方の手でゆっくりと俺の指を引き剥がしていくのが見える。
「僕もね、マユミくんと会えないと、一日が長いよ。……って言ったら、喜んでくれる?」
「……それがお前の本心なら、嬉しく思う」
「違ったら?」
「寂しくて泣くかもしれないな」
「あはは、それは嫌だなぁ」
そして時間をかけて完全に離れた両手をぱっと百々人が上げるのと同時に、外の階段を鳴らす足音が微かに響く。タイムリミットだ。ここからは、C.FIRSTの眉見鋭心に戻らなければならない。意識して深呼吸、目を強く閉じて、開く。初めから甘い空気などなかったかのように、そこにいたのは仲間で後輩の花園百々人だ。俺も、そう見えているだろうか。
(……見習わなければ)
初めての感情に振り回されること。そこから滲んだ己の欲に浸食されて、無意識に行動に移してしまうこと。幸い今のところ二人きりの時にしか発露しないそれらに、まだまだ己が未熟だと思い知らされる。恋は人を愚かにするとは言うが、それにしても限度がある。気を引き締めよう、そう決意して時計を見上げた。
「あとで、ね。さびしんぼのマユミくん」
ドアの開く音に紛れるように呟かれたからかいの言葉は聞こえなかったふりをした。
……一瞬見せた楽しそうな横顔に関しては、後で問い詰めるとしよう。