春やむかしの 続き夏のこと
目を閉じるのは聴覚を研ぎ澄ませるためだ。風の中、水音の中、鳥たちの鳴き交わす中に、利吉は注意深くその音を探す。枝を払い、草を踏み分けゆく足の、こちらへと向かうその音が何人分なのかを、ほとんど祈るような気持ちで探る。
――目を開けたのは、だから、祈ることをやめたということである。利吉はあぐらを解いて座り直すと、姿勢を正した。
「ただいま帰ったぞ」
戸が開く。思った通りに父が立っている。その向こうに人の姿を無意識のうちに探してしまう自分に気がついて、利吉は思わず苦笑した。先ほど祈るのはやめたばかりのはずなのに、それでも捨てきれないこの慕情は、なんと青臭く、悲しく、惨めったらしいことだろう。年ばかり重ねたところで、自分は結局十二のあの頃からまるで変わってやいないのだと、こんなところで自覚することになるとは。
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