なんて罪深いハッピーエンド 目を閉じて夜に墜落するたび、懐かしい声がきこえる。
覚えていろと、託されたものを投げ出すなと――何度もわたしを生へと突き放した、優しくて残酷な男の声だ。
――べつに、死んでしまいたかったわけじゃない。
アーテリスを脅かす終焉を退け、最後の旅路を共に歩んだ仲間たちは生きている。この星にはまだ数え切れないほどの未踏や未知があり、分かたれたヒトの一生を費やしたとて、すべてを知ることなどできない。
英雄、などと大仰な名で呼ばれる以前から、冒険者は『冒険者』だったのだ。最果てのソラで死合った『友』が己をそう呼んだとき、自然と口端が吊り上がった。きっと自分は大切な仲間にも愛した男にも到底見せられないような、獰猛な笑みを浮かべていたことだろう。
戦いに臨めば精神が昂揚する。
未踏を征服するとき、どうしようもなく胸が高鳴る。
救国或いは救世の、星の未来さえも救った英雄の名に相応しからざる自身の獣性を、冒険者は正しく自覚していた。武をもって解き明かすことのできる何かがこの世にある限り、自ら生を投げ出すなんてできはしない。
それでも――それでも。
拭いきれぬ寂しさが、胸の真ん中に巣食っている。
絶望と呼ぶにはすこし足りない、けれど、正常な判断力を失うには充分すぎる痛み。
冒険者は、光の戦士は、サクラ・セリゼは――己の手で終わらせたひとつの愛の帰結を抱いて、今もまだ、立ち上がれぬまま蹲っていた。
私は見たぞ、と彼が言った。そのすべてを見届けるまでは死ねないとそう思うのに、このままでは、呼吸のひとつさえも、上手にできなくなりそうで――……。
「ぁ……」
ぱちりと、まぶたが開く。未だ陽の光も差し込まぬ夜明けの前、冒険者はナップルームの寝台で目を覚ました。ずっと曖昧な夢に揺蕩っていたから、充分な睡眠を取れたとは言い難い。しかし一度でも目が覚めてしまえば、再び入眠することは困難だ。限界まで体を酷使して、泥のように或いは死んだようにベッドに倒れ込みでもしない限り、この体は眠りに就くことができない。
それは就寝ではなく気絶だと、冒険者はよくよく知っていた。暁の仲間や各地の盟友たちの知るところとなれば、半強制的にオールド・シャーレアンの治療院に再入院させられるであろうことも。宇宙の果てでの戦いを終えてこの地に凱旋した後、冒険者が血を吐いて倒れたものだから、それはもう大騒ぎになったのだ。
あれ以来、自己申告の『大丈夫』は一切の信用を失い、ほぼ毎日生存確認のように手紙が届き、週に一度は誰かと食事を共にしている。
今日もアリゼーと、ラストスタンドで昼食の予定だ。
さて、約束の時間まで何をして過ごそうか。
顔色の悪さだとか、目の下の隈をアリゼーに見られてしまうのはよろしくない。お説教ならば甘んじて受け入れるものの、また泣かせてしまうのは避けたいところだ。彼女がもうとっくに一人前で、庇護すべき存在などではないことは分かっているが――それでも冒険者にとってはいつまでも、大切にしたい、守りたい、宝物のような女の子なのだ。
そんな大事な妹分との約束を前に、考えることではないけれど。
疲れなければ眠れないのなら、疲れるようなことをすればいいと――思い至って、しまった。
まだ深夜と呼べる時間帯の今ならば、――――
(このあとひとりエッチして疲れて泥のように眠ってから約束の時間に会いに行ったのち本を読んだまま星海に落ちてしまうララちゃんの話になります)