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    ホオズキカナメ

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    ホオズキカナメ

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    投稿テストに書きかけのくりつる♀
    突然終わります
    バグ多発本丸の話

    鶴丸⇒女体化、大倶利伽羅⇒刀種バグ(大太刀)、独自設定てんこもりです

     顕現した刀が八割程度の確率でバグを起こすという本丸がある。
     例えば体格や髪形が異なるなどはよくあることで、髪色が毎日変わる宗三左文字、猫に変化できる南泉一文字、伸縮自在の亀吉を友とする浦島虎徹などなど。
     さらに審神者の体調や精神状態の変化、果ては石に蹴躓いても一時的なバグが起こる。しかし時折派手な問題を起こすことこそあれど状態異常のある刀剣男士を統率しよく慕われ優秀な戦績を誇る優良な本丸でもあり、現在は政府と連携して逆に本丸及び刀剣男士のバグ観測本丸として稼働していた。
     そんな本丸に、ついにましろの刀が舞い降りた。
    「こいつは凄い驚きに満ちた本丸じゃないか! しかも俺もその恩恵に預かれたということか、なんたる僥倖!」
     金色の瞳をきらきらと輝かせ、本体を抱き飛び跳ねて喜ぶ姿は美しくも愛らしい。待望の太刀・鶴丸国永は、小柄な女性のからだをもって顕現した。
     とはいえこの本丸では既に複数の女士が顕現している。この時近侍で、鶴丸を迎えた薬研藤四郎も女士だった。
    「なんだ、驚きは齎せなかったか」
    「とんでもねえ。あんたが来ること自体が驚きだから安心してくれ」
    「そいつは良かった」
     稼働から数年、バグ以外にも古刀と縁が繋ぎにくい特性を持つ審神者は特に平安の太刀をなかなか呼べずにいるとのことだった。ようこそおいでくださいました、と諸手を挙げて歓迎されたのちに薬研に本丸を案内される中、
    「お。鶴丸、お客だぜ」
    「ん?」
     顔見知りの刀たちとも幾振りか顕現しているようで、一期一振と平野藤四郎には先ほど挨拶をしたばかりだ。薬研が察した気配は誰ぞと、わくわくと視線を前に向けた鶴丸の目の前に、ちょうど角を曲がってきた大柄な黒い影がぴたりと足を止めた。
     背が高い。鶴丸が小柄になったことを差し引いても大きい。打刀の気配ではない。知っている姿と違う、気配も違う。だが鶴丸には一目で彼が誰かがわかった。数百年をともにして別れたきりの懐かしい刀。
    「伽羅坊!」
     膨れ上がった悦びが、桜となって溢れ出す。会いたかったぜ、と両手を広げた鶴丸が駆けだそうと一歩を踏み出したとき、
    「伽羅坊!?」
     大倶利伽羅が突然胸を押さえて崩れ落ちた。
    「か……伽羅坊、伽羅坊ー!?」
     歓喜で踏み出したはずの一歩が驚愕と焦燥に変わる。そのまま大倶利伽羅に駆け寄ってその背をさすった。
    「伽羅坊、伽羅坊? どうしたしっかりしろ!」
    「おっと、どうした旦那」
    「薬研、観察してないでどうにかしてくれ!」
    「い、いい……なんでも、ない……」
     低い声が鼓膜を震わせる。記憶にある大倶利伽羅の声と結びつく。薬研に向けていた視線を大倶利伽羅に戻すと、細い瞳孔の金の瞳と目が合った。
    「からぼ、うおあ!?」
     龍の目だ、と思った瞬間、視界が濃い赤紅色で埋まった。紅にも近い色の桜吹雪が濃すぎて目の前の大倶利伽羅の姿すら見えない。
    「なんでもないことないよな!? これ神気の暴走とかじゃないのか、伽羅坊ー!?」
    「ぐ……」
     大倶利伽羅が苦し気に呻く声だけが聞こえる。どうすべきかと迷ったところで、ばさりと翻された白衣が一時的に桜を散らす。
    「おうご両刃りょうにん、ちと落ち着けや。俺の腹筋を試すんじゃねえ」
    「薬研?」
    「診るまでもねえよ、桜噴けるってことは絶好調だ。むしろ絶好調通り越しすぎての桜だな」
    「そ……そうなのかい?」
    「ちなみに桜はうちの本丸じゃ個体差がある。鶴丸が白だったように、伽羅の旦那は緋色だな。それも普通のことだから安心してくれ」
     顕現して長く、医学にも通じる薬研がそう断じるのならそうなのだろう。少し安堵すると同時、では大倶利伽羅のこれはなんだと疑問が湧いてくる。
     と、
    「……よ、余計なことを、言うな……」
     耳に心地良い低い声。ただし今は呻くようなそれに、
    「からぼぬああ」
     思わず声をかけたらば再び濃色の桜吹雪に包まれる。
     うっかり口に入った大倶利伽羅の神気の桜は甘いと同時にほんのりと苦く、何やら嬉しいような苦しいような感情が溶けていったので、きっと彼も自分に会えて嬉しかったのだろうと解釈しておくことにした。


     大倶利伽羅は山にいた。
     山と言っても麓である。本丸にほど近い、往復に数時間もかからない距離にある山麓には澄んだ泉があった。夏場の水遊びや気軽に山遊びをしたあとの汚れを落とすのみならず、穢れを帯びてしまった際の精進潔斎などにも利用される泉である。
     大倶利伽羅はそこに身を沈め、精神的にも物理的にも頭を冷やしていた。
     最悪に近い気がする再会を果たしたのち、こちらを気に掛ける鶴丸を薬研が「旦那は大丈夫だから」とどこぞへ連れて去ってくれたのであの身動きの取れない状態から解放され、真っすぐにここに来た。ちょうどあの時は周囲に誰もいなかったようで、あのざまを目撃されることがなかったのはつくづく幸運だった。
     奥州で別れを告げてから数百年。惜別の情が記憶を美化することがあるのは理解している。大倶利伽羅の中であの真白の鶴はうつくしいものの象徴の一つであり、共に過ごした日々の記憶を大切に抱えていたことでより輝かしくなっていたことは認める。
     だが現実は軽々とそれを越えてきた。
     自分の美化など生ぬるい。あの後光どころか内側、魂から発光しているかのような眩さはどうだ。目を灼くような、しかし一目見てしまえば決して忘れらない、たおやかでありながら凛と研ぎ澄まされた全てを断つ鋼の鋭さを隠し持ち、穢れを知らぬようなどこまでも真白の、――無邪気さと、可憐さまでもを併せ持って目の前に現れたあの鳥が、歓喜の桜を散らして自分の名を、――
    「ぐ……」
     思い出すだけで心鉄しんぞうが破裂しそうだ。再び体温が上昇し、先ほどまで冷たく感じていたはずの水がぬるくなってきた気さえする。顕現して早数年、こんなことは初めてだった。
     慣れあうつもりはないが、会いたいと思っていなかったわけではない。先に顕現している燭台切や太鼓鐘が鶴丸国永の顕現を願う声も否定はしなかったし、演練で別本丸で活き活きと戦う白い姿を見かけ、また刃を交えて眩しいと思い、その鋭さに高揚したこともあった。
     早く来いと、願ったことがないと言えば嘘になる。
     だが、こんな状態に陥ったことはなかった。自分の本丸に顕現した、あの鶴丸は、――あの鶴丸だけが、こんなにも心というものを騒がせる。新手のバグだろうか。この本丸ならば有りうる。
     しかしバグだろうが何だろうが醜態を晒したことには変わりはない。数百年ぶりに会うあの美しく鋭い刀に、きっと別れた時のまま坊や扱いをしてくるだろう奴に、もう庇護される存在ではないと示せるはずだった。
     それがまともに会話もできていない。こちらから名前を呼ぶことすらできていないと今更に気が付いた。今度は羞恥と屈辱で腹の底から怒りが湧いてくる。もちろん己に向けてのものだ。
     突然様子がおかしくなったのだから当たり前に心配をしてくれたが、今頃は呆れられているのではないか。焦燥が胸を灼く。いてもたってもいられずざばりと水から顔を出すが、そこでどうするつもりだと頭の冷静な部分が自問してくる。
     ――どうするだと? 普段はこうではないのだと釈明をするのか。したところでどうなるというのだ。思考や感情の機微を読むことに長けた鶴丸国永ならば言うまでもなく察しているはずで、わざわざ自分から言い募るなど恥の上塗りに他ならない。ならばどうする。どうもしない、普段通りにするだけだ。バグだろうとなんだろうと平常を保てるように、――そうだ、このバグの原因を突き止めなければ。審神者はもう見当はついているだろうか。薬研が何か知っているふうだったから原因は判明しているかもしれない。それの対策をし、これ以上の醜態を晒さないようにするだけだ。
     あとは、あれが、自分を見限っていなければ。
     そう考えると地金が重く冷えたような感覚に襲を荒れた。怒りが、熱が急速に引いていく。ぶるりと頭を振ってわけのわからない怖気を飛ばした。
     ――見限られたからどうだと言うのだ。確かに旧知で会いたいと思ったのは嘘ではない、が、やかましい存在であるのは間違いない。奥州でそうだったように騒がしく絡まれることもなくなるのならば願ったりではないか、――違う、あれはこんなことで見下げたり見限ったりするものでは、……
    「……何故」
     見限られるのではないかなどと惑っているのだ、自分は。
     常に年長として保護者面をしていた奴を見返す機会を失うからか。あの冴え冴えとした金色が、興味をなくしたものをどんな眼差しで見るかを知っているからか。それを、向けられたくないと、
    「……伽羅坊?」
    「、ッ!?」
     鈴よりも澄んだ声に貫かれて全身が震える。水中で飛び退るようにして振り向いた大倶利伽羅が驚愕に跳ねて早鐘を打つ鼓動が耳に反響するのを聴きながら視界にとらえたのは、少し離れた場所からこちらを伺う鶴丸国永だった。
    「つ、……、……」
     名を呼ぼうとした瞬間、身の内から何かが溢れ出しそうになることに気付いて音を飲み込んだ。これはまたきっと謎の桜になる。これ以上の醜態を晒してなるものかとぐっと飲み込み、水底を踏み締め目に力を込めて鶴丸を見た。
    「……どうして、ここに」
    「薬研に教えてもらったんだ、たぶんここだろうって。調子はどうだい」
     こちらから返答があったことに安堵したのか、頬を緩めた鶴丸が泉のほとりまでやって来る。反射的に身構えてしまったが、はっとした鶴丸が慌てて胸の前で手を振った。
    「あっ待て伽羅坊、聴いてくれ! まず俺はこれ以上きみに近づかない」
    「……なに?」
    「それがなあ。うーん」
     鶴丸はそのまま池のほとりの岩に腰かけた。動く気はないという意思表示なのだろうが、大倶利伽羅にしてみれば濡れないか、汚れないかと若干落ち着かない。
    「俺も正直全部わかっているとは言い難いから、少し長くなると思うが……
     きみは浸かったままで大丈夫かい」
    「ああ」
    「そうか。流石は龍の子だ」
     にこ、と誇らしげに浮かべた彼女の笑顔に胸の奥から込み上げるものが二種類ある。やはり未だ庇護対象として見られているという苛立ちと、――よくわからないが、桜が噴き出しそうになる何か。どちらも飲み下して水に身を任せた。
    「じゃあ……ええとまず、あの後、薬研と、それから光忠。あの子にも会ったぜ。伊達できみや貞坊が話してくれた燭台切光忠も交えて、きみに起こったのがどういうことか聞いてみた。貞坊は出陣だってな、会えるのが楽しみだぜ。
     ……それで、だ」
     長くなると言いおいていたが流石に要点を押さえている。話が早い。頷いて先を促す。
    「ああ」
    「結論から言うと、バグだそうだ」
     やはりか。納得と安堵で肩の力が抜けたが、どこか、心鉄しんぞうあたりがざわりと騒ぐ。これも、バグなのだろう。
    「どうやら俺ときみの神気――伊達では問題なかったのになあ。顕現した時の、個体差っていうのがあるんだってな?
     俺は女で、きみは背が高いと思ったら大太刀だそうじゃないか。しかも龍の気が強い、と。神気の状態の変化やなんかで角が生えたりもするって聞いたぜ」
     首肯する。そういうことは実際にあった。鶴丸は嬉しそうに笑った。
    「驚きだぜ、格好良いな。はやくきみのそんな姿を見てみたい」
     無邪気に喜ぶ姿に胸がざわつく。戦場とは異なる温度で血が煮えるような感覚に落ち着かない心地になるが、これもバグだとわかっていればいくらか余裕をもって耐えられた。
    「で、霊力やら神気やらの相性の話だ。近寄るだけで神気が暴走するなんてことはあまりないが、皆無ではないってさ。このあたりは肉体を持つ前からも大なり小なりあったよな。
     肉体を得て、さらにバグのある個体は標準個体とは霊力の流れ方も大きく変わるらしい。
     結果、俺ときみとの神気、審神者の霊力の流れ、バグでの乱れと重なり合って、俺が近づくときみの神気が暴走しちまう、っていうのが今のところの結論ってことだ」
    「……そうか」
     この本丸では同じ症状のバグはこれまでなかった。が、日々新たなバグは生まれ続けている。これもそのうちのひとつということだろう。鶴丸の聴いた話では前例が無い訳でもないようだし、納得はできた。
     ――本当に?
    「……ん?」
     己の内の何かが囁いた。胸のあたりがもやりとする。まだこちらのことを何も知らない鶴丸が、審神者や光忠たちから聞いたという話で嘘がつけようはずもない。確かに鶴丸国永は基本的に隠し事もごまかしも上手いが、今に限ってはどこに疑う余地があるというのか。いかに頭の回転が速くともこんな作り話はできないだろう。
    「あ、やっぱりわかりにくいか? すまんな、俺もそういうこともあるのか、ぐらいの認識しかできていなくて」
     当の鶴丸も困惑気味だ。こちらの反応で不安にさせてしまったのは悪かった。ゆるりと首を横に振る。
    「いや。充分だ」
    「そうか、良かった。
     とはいえ、俺のバグの検査? だかが明日あるそうでな。それで詳しい状態が分かれば、対抗策も出せるって話も聴いた。
     だからすまん、解決できるまで俺はきみに近寄らないようにするから許してくれ」
    「ゆる、」
     許すも何も。喉の奥が熱くなる。思わず身を乗り出した。
    「……あんたのせいじゃないだろう」
    「ありがとな、伽羅坊。
     優しい子だ」
    「……子はやめろ」
    「すまんすまん。つい懐かしさが勝ってなあ。
     ……立派になったな、伽羅坊」
     甘やかな声。
     ぐ、と胸の奥が熱くなって喉が絞まった。ここまでなんとかバグだと思うことで凌いできたが、そんなふうに微笑まれては、再び暴走しそうになる。
     暴走。ちり、と何かが引っかかる。
     暴走。――何が? 神気だろう、鶴丸の話からすれば。
     ――近づいてもいないのに? もしや会話を重ねるだけでも駄目だということか。
     ……本当に?
    「……大太刀、だから、……な」
     なんとか言葉を絞り出す。呻くような声になったが、鶴丸はどう判断したのか気にした様子もなくふわふわと微笑んでいる。
    「きみの現在の、本来は姿は打刀なんだろうが、どんな姿でも関係ないな。
     大倶利伽羅。
     あの時から数百。格好良くなったなあ」
    「……ッ!!」
     ましろの鳥の、憧憬すら含んでいそうな、誇らしげな、愛おしげなささやきに、大倶利伽羅の全身から紅色の桜が吹き荒れた。

     心鉄しんぞうが痛い。
     血が沸き立つようだ。
     目の奥が熱い。
     彼女のいとおしげ・・・・・ほほえみが、――そうだ。

     これはバグなどではない。
     いとおしい、と、思う、心だ。
     大倶利伽羅は理解し、――その感情を、捻じ伏せた。


     翌日。
     大倶利伽羅は薬研の部屋にいた。
     鶴丸が検査のために審神者、近侍とともに政府に赴いている間に話をするためだ。
     あの泉で想いを自覚し捻じ伏せたのち、心配する鶴丸を宥めて本丸に戻った。その後すぐに審神者と話そうと思ったのだが、薬研に話は明日と止められたのだ。確かに万が一にも鶴丸に聞かれる可能性がないタイミングのほうが大倶利伽羅にとっても有難かったので素直に従い、今に至る。
     隣が薬の煎じ部屋になっているためだろう。嗅ぎなれない匂いが漂っていたが、大倶利伽羅にはどちらかと言えば好ましい匂いだった。甘ったるい香水などを振りまかれるよりはよほど落ち着く。
     部屋の主の薬研のほか、この本丸の始まりの一振りである加州清光、昨日鶴丸と話をしたという燭台切光忠も同席している。このうち薬研と燭台切が女士で、加州は特にバグを持たない個体である。
    「バグではない」
     座卓についてすぐ、大倶利伽羅はそう切り出した。正方形の卓袱台の四辺の正面に座った薬研を真っすぐに視線で射るが、最古参組の短刀は小動もしない。それどころか愉快そうににまりと笑った。
    「おう。把握してんなら話は早いぜ、流石だな」
    「もう伽羅ちゃん、急ぎすぎだよ。
     はい、まずはお茶でも飲んで落ち着いて」
     燭台切がそれぞれに茶を配り、卓の中央に菓子の盛り合わせを置いて腰を下ろした。茶はともかく菓子など食べる気にはならない大倶利伽羅の傍で、加州がひょいとチョコレートをつまんだ。
    「嘘ついたのは悪いと思うけど、やむを得ずだって。薬研や宗三の話だと鶴丸国永って相当順応力高いっぽいけど、顕現したての新刃にあれこれ込み入った話するほうが混乱するでしょ。ただでさえうちは特殊なんだし」
    「その嘘もとても新刃向けとは言えねえ形になったが……流石は鶴丸だ。理解が早くて助かった」
     それはそうだ。燭台切も頷く。
    「すごく聡明なひとだね。鶴さんじゃないけど驚いちゃったよ」
     そうだろうそうだろう。頷く大倶利伽羅に、
    「――で、旦那。
     旦那はバグじゃねえ以外に、自分がどういう状態かはわかってんだな?」
     薬研が問う。大倶利伽羅はぴたりと静止した。
     三対の視線が集まる。覚悟は決めてきた。大倶利伽羅はひとつ息を吸い、
    「……惚れている」
     宣言した。
    「ヒューーーー!!!!!」
    「っしゃよく言った!」
    「伽羅ちゃん!! よく言えたね伽羅ちゃん!!」
     ――うわ。
     告げた瞬間、加州はこぶしを突き上げ薬研はスパンと膝を叩き、燭台切は目を潤ませながら手を握ろうとしてきたので大倶利伽羅は引いた。物理的にも引いて燭台切の手を避けるが、彼女は構わずそのまま自分の豊満な胸の前で夢見るように手を組んで天を仰ぐ。
    「伽羅ちゃんが……あの伽羅ちゃんが!
     恋を自覚して自分から……自己申告なんてっ……!」
    「いやーいいねいいね! 最近恋の話なかったじゃん、滾る~!
     ねえねえ鶴丸さんのどこ好き? いつから? 全部話してみ」
    「…………おい」
    「とりあえず人の身の顔は好みだよな。ありゃすげえ別嬪だ」
    「それ! 演練とかで男の鶴丸国永見ても美刃だったのに、女性体になるとまた違った綺麗さになんの。
     あれは綺麗も可愛いもどっちも行けるよ、魔性~!」
    「でも性格はさっぱりしてて気持ち良いよね。さっきも言ったけど聡明だし。前から聴いてた鶴さんの話と同じ感じで」
    「精神が肉体に引きずられる奴と、そうじゃねえ奴がいるからな。
     燭台切は前者気味で俺ははっきり後者だろ」
    「薬研くんはねえ、もう少し恥じらいとか身に着けたほうがいいと思う」
     女三人寄れば姦しいとはよく言ったものだ、と大倶利伽羅は閉口する――加州は女士ではないが、色恋沙汰に関する騒がしさでは似たようなものだ。逆に薬研は女士ではあるが、恋の話を好むでもないので今は単純に乗っているだけだろう。どれにしろ今すぐ退席したい気持ちであったが、鶴丸とどうすれば良いかを聴かねばならないと言い聞かせ心を無にして耐え忍ぶ。
    「…………お、伽羅の旦那が虚無ってんな。悪い悪い」
    「あっごめん伽羅ちゃん! 嬉しくなっちゃって、つい……」
    「鶴丸さん戻ってくるまではまだあるけど、大事な話先にしちゃおっか。
     とりま、惚れてるのは間違いないのね」
    「……ああ」
     思いのほか早く話が戻って安堵した。彼らは無数のバグに対応してきた古参であるからして、思考の切り替えも対応も早い点は信頼できる。
    「薬研」
    「ん?」
    「……あんた、あの時点でわかっていたのか」
     大倶利伽羅が初めて鶴丸と再会した際に、薬研は問題ないと断言した。あの時点ではまだ鶴丸に話した嘘のようなバグが実際に起こっている可能性もあったと思うのだが。
     そこが解せなくて問うてみると、薬研は無造作にカルパスを剥いて口に放り投げつつ、
    「そりゃな。あれだけあからさまに『好きです』って桜噴いてたら俺でも気付くぜ」
     あっけらかんと応えられて思わず首が下がった。薬研藤四郎は色語彙沙汰にあまり興味を持たないし鈍いほうだと言われているのに。
    「薬研に秒で気づかれるとか、そんなすごかったの? 見たかった~!」
    「紅色の桜吹雪だったんだよね? 情熱的だなあ」
     ぐうの音も出ない。流石に羞恥で顔が熱くなる。
     桜の色が各刃で異なるのは本当だ。大倶利伽羅の桜は実際に緋色に近い濃い色をしている。だがあそこまで紅く色付いた桜を舞わせたのは初めてだった。
    「……にしても、伽羅ちゃんが鶴さんのこと好きだなんて今まで聞いたことなかったんだけど」
    「すんごい秘めてたってこと?」
    「伽羅ちゃんが隠してたってわかるよ」
     首を傾げた燭台切が恐ろしいことを言う。確かに燭台切は薬研とは正反対で色恋には非常に敏感で、恋愛センサー搭載などと称されていたりもする彼女は、夢見がちに目を潤ませながら大倶利伽羅を見た。
    「一目惚れってやつかな」
    「……既知だが」
    「そうだけど、あの姿の鶴さんを見てってこと」
    「いやー、わかるよ。俺だって初めて会った時口から出たもんね、『かっわいい』って。一目惚れもするって」
     一目惚れ。大倶利伽羅は眉を寄せた。
     女の姿で顕現したからだろうか。確かに美しい。愛らしい。奥州での記憶とは違う、あのまろい姿の彼女に、惹かれたと。
     ――それもあるのかもしれない。大倶利伽羅自身も、まだこの花の嵐のような感情を整理できてなどいない。もしかしたら要員のひとつであるかもしれない。
     だが、
    「……違う」
     落とした声に、三振りが振り返る。しかしその視線も気にならない。いま大倶利伽羅の前に浮かぶのは、あの真白。
    「俺は、」
     かつて欧州でかの刀と過ごしていた頃にどういった感情を向けていたか、抱いていたか、大倶利伽羅にはもうはっきりと思い出せない。個体によっては鮮明に覚えているものもいるのだろうが、再会の衝撃が大きすぎてしまったこともあって朧気だった。
     ただ、憧憬はあった。親愛も確かにあった。それを素直に示せた記憶はないが、慕わしく想う気持ちは確かだ。
     強く、美しく、陰を孕んでいながらも、その、鋭い刃の輝きそのままの、まばゆく輝く、閉じた世界を斬り開くような白。
     あの白に、記憶にあるよりも鮮烈な、奥州の雪よりなお白い、あれに。
    「あれの存在が、愛おしいだけだ」
     焦がれている。
     追憶から導き出した答えがそのまま零れ落ちる。
     ヒュッ……と息を呑む音がして、大倶利伽羅ははっと我に返った。顔を上げれば三振り三様の表情で大倶利伽羅を見ていて、しまったと後悔したがもう遅い。かっと頬に熱が上がり、居た堪れなくなって咄嗟に退室しようと腰を上げかけたところで感極まった燭台切に飛びつかれた。
    「伽羅ちゃん!! 伽羅ちゃん、僕、感動した……ッ!!」
    「やめろ放せ光忠!」
    「いやー……こんな熱烈な告白、大倶利伽羅から聴くとはねー……
     やっばい薬研どうしよ、俺のが照れちゃった」
    「思ってた以上に情熱的だったな」
    「やめろ……!!」
    「伽羅ちゃん、僕全力で応援するからね! 貞ちゃんも、っていうか本丸一丸で応援するしかないでしょ!」
    「や め ろ ……!!」

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