メスガキ「お好み焼きも焼けないなんておにーさんざぁこ♡」 大学が終わり家でくつろいでいると、呼び鈴が鳴った。何か宅配されるようなものでもあっただろうかと思いつつ、インターホンへと向かい、ボタンを押す。
「おにーさん♡」
えらく媚びたような声が聴こえた。が、まあ幻聴だろう。
「おにーさん……♡」
せつなげな声が聞こえる。先ほどよりも声が近くなっている。まさか俺に話しかけられているわけじゃ……
「おにーさん! 聞いてるの、お・じ・さ・ん!!」
そこでやっと後ろへと目を向ける。赤いランドセルを背負い、長い黒髪を揺らして半泣きでこちらを見つめる少女。見覚えのありすぎる少女だった。
「まだおじさんって歳じゃないからな? ……ないよな、ないと信じたいんだが……」
まだ20代だし、どう考えてもおっさんではないはずだ。……泣きたいのはこっちの方なんだが。
「……まあいい、今日はなんだ?」
「おにーさんがひとり、つまんなそうにしてるだろうなって思ってぇ、話しかけてあげたの♡」
さて、俺に話しかけてきているこいつは、年の離れた従兄妹なわけだが。昔はかわいいものだと思っていたが、最近は生意気さの方が勝っている。
ぐうとひときわ大きな音が聴こえた。
「腹減ってんの?」
「べ、別に減ってなんかない、おにーさんから出た音じゃない?」
こいつ、素知らぬ顔でなすりつけやがって。
しかも二人しかいない現場じゃ、なんの効果もないだろうに。
「んじゃ、早く家に帰って飯食え」
「ええー、つまんないつまんない!」
愛衣はポカポカと俺のお腹を叩き、挑発するような視線をこちらに向ける。
「おにーさんざぁこ♡ こんなかわいい子一人おごる経済力もないなんてざぁこ♡」
「お前、帰んなくていいのかよ。ここからまあまあ遠いだろ?」
「……ふん! おじさんのばぁか!」
なぜ怒られたのか分からない。
「お母さんたち、私の誕生日に仕事なんだもの。休みに外食行こって話はしたけど……!」
頬を膨らませて、抗議をしてくる愛衣。
なるほど、こいつは暇を持て余しているらしい。
「メシは買い置きとかか?」
「めいの好きなもの注文してくれるって」
誕生日特権だろうか。
「じゃ、今日はメシ一緒に食うか」
「いいのぉ? じゃあおにーさんおすすめのイタリアン料理のお店でも教えてもらおうかなぁ……♡」
「そんなもんねえよ」
服の裾を引っ張ってくる愛衣を押さえつつ、彼女の両親に連絡をいれておく。
さて、どこにしようか。帰りに彼女を家まで送り届けるという点を考慮すると……
「にしても……おにーさんの車、変なニオイするぅ♡」
「我慢してくれ」
「ついでに童貞くさーい♡」
「こいつ……」
きゃははと笑ってくる愛衣。
どこでこんな言葉遣いを覚えてきたのか不思議で仕方ない。
「どこに向かってるのぉ?」
「スーパー」
「スーパー? おにーさんがなんか作ってくれるのー?」
「まっ、そういうことだな」
「なんでお好み焼きなのぉ……」
ぶつくさというメスガキ……じゃなくて愛衣。
なぜ、と言われると今の気分だからとしか言えない。
「ジュースとデザートつけてやるから」
「ならいいよ♡」
現金なやつ。
「ねぇねえおにーさん、私が来なかったらお好み焼き一人で食べるつもりだったのぉ? さみしい人♡」
「……あんまり酷いこというと、作ってやらんからな?」
「んじゃ、作るか。お前アレルギーとかってあったか?」
「ないよ♡」
周りを挙動不審に見渡す愛衣。
まずはシンプルになんのトッピングなしでいいか。
台所に向かい、キャベツを取り出して切り刻む。本当は細かく切ったほうがいいのだろうが、面倒くささを感じることや、歯ごたえが残っていたほうが美味しく感じるということもあって、結構大雑把に切っていく。
あとはボウルに薄力粉と卵と水を混ぜ、そのあとにキャベツを入れれば完成だ。
「お前ひっくり返すか?」
「えぇ、私ぃ? めんどくさいなぁー
それにもしかしてぇ、失敗するのが怖いの?」
「おにーさんざぁこ♡ お好み焼きも焼けないなんてお里が知れる♡」
「お前とそう変わらんぞ、お里」
そのヘラを持つ手は、目はキラキラと輝いている。
なんだ、普通に楽しんでいるじゃないか。
「ふふん、私のテクニックに恐れおののくがよいです♡」
大きめのお好み焼きを慎重にひっくり返そうとしたが、半ばにして大破した。
「お里が知れるな」
「んな……!?」
「ま、少し大きめだからな」
なんとか見た目を整えようとヘラで形成していく。
「あー……うん、うまいうまい」
中に入っているキャベツの甘み、豚バラ肉の脂っこさ、マヨネーズとソースの味の濃さ。
総じて、安心感のある味付けだ。
ちらりと、前に座っているあいつを見てみる。
「はふっ、あっ、あつい……♡」
……なんだろうな、この。いや、なにも言うまい。
「うまいか?」
「うん、美味しい」
珍しく、純粋にそう告げた愛衣。
「いっぱい食べなさい」
「やっぱりおじさんみたーい」
愛衣は、ニコニコと笑いながらお好み焼きを平らげ、すぐに次のお好み焼きをひっくり返すためにヘラを持った。
「ふふん、どうだ♡ 参ったか♡」
「はいはい、参りましたよ」
普通に上達しているし。
「餅伸びる♡」
「ちゃんと噛んで食えよ」
「今日は楽しかったわ、おにーさん。また遊んであげる」
「お手柔に頼むな」
「うん♡」