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    alan_seo_monat

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    卵焼きの経緯についてはこちら

    卵焼き「勇くんは何が好きなんだ」

     実家に連れて行ってからずっと、佐竹が振る話の大半は勇についての情報収集が占めるようになった。兄として、かわいい弟に興味を持たれることは想定内だったがあの佐竹がまるで人が変わったように勇を求める姿に警鐘を鳴らし始めていた。こいつはあまり近づけない方が良かったのかもしれない。勇の安全のためにも、俺の安寧のためにも。
    「…お前に教える必要はないな」
    「なんだよ、減るもんじゃないだろ」
     減るんだよ。お前に勇の情報を与えると俺も勇も目に見えない何かが減るんだよ。
     なにも初めから突っぱねていたわけではない。寧ろ、勇について朝から晩まで語りつくす家族以外の相手が欲しいと思っていた自分にとってはこれ幸いと、聞かれたことには何でも答えていた。だがこいつ、会うたびに勇への態度がおかしくなっていく。
     碧家訪問が恒例となった佐竹は休暇の前日、俺から仕入れた知恵を頼りに土産を買っては「勇くんは今回も喜んでくれるだろうか…」と買った土産を眺めてため息をつく。近頃その顔がただの不安げな顔から、恋する乙女と執着心を掛け合わせた様などろりとした表情になり始めている。それはもう堂々と、兄である俺の前で。それは顔がいいから許される表情であり、その辺のむさ苦しい男であれば役所に引き渡すところだ。いや、兄としてはお前も引き渡してやりたいが、こいつを追いかける女性たちがそれを許さない。これだから優男は。
    「だいたいお前は! 俺の勇くんを変な目で見やがって! こんなことになるなら会せるんじゃなかった!」
    「お前が勧めたんだろ。おかげで考えは大きく変わりましたよ、『お義兄さん』」
    「やめろやめろやめろ! その含みをやめろ! 一生許さねえからな!」
     これまでのうっ憤をぶつけるように声を張り上げた。
     寮の廊下に反響しているような気がするがどうでもいい。
     時折こうして茶化すように「おにいさん」と呼ばれるようになったが、どうにも邪な含みを感じて拒絶反応を覚える。だが、佐竹の諦めが悪いことはここ数ヶ月でいやというほど身に染みている。少しだけ折れてやればこの地獄のような時間も早く済むということも。
    「はぁ――。で、なにが聞きたいんだよ。具体的に言え」
     苛立ちと諦めから軍帽を乱雑に布団に投げ、髪を適当に掻き上げる。視線を上げると、質問内容を真剣に思案する佐竹と目が合った。その真剣さを別の場所でも見せてほしいものだ、例えば―― そうだ。
    「じゃあ… 」
    「待て、条件を出す」
    「… 条件?」
    「次の屋外試合で俺に勝ったら、答えてやる」
     そうだ、こいつと真剣勝負したのは初対面の一度きり。
     あれもどこまで本気だったのかはわからないが、こいつとまた勝負するいい機会じゃないか? 勇をだしにするようで申し訳ないが、大変心苦しいが、兄ちゃんがこいつを成敗してやるからな。
    「わかった。俺が勝ったら勇くんの好きな食べ物を教えてくれ」
     佐竹は今までの渋り方から拍子抜けしたのか、そんなことでいいのかと目を見開いている。整った顔は阿保面まで整っているのか。おうおう構わんぞ、日頃勇に対するお前を見て殴りたいと思った数だけぶん殴ってやるから。正当な理由でな。
     
     ◇
     
     試合当日。審判を担う教官は珍しく真剣な表情で向かい合う俺たちに戸惑いながら、周りの候補生に「何かあったのか」と小声で確認を取っていた。天変地異でも起きると思われているのだろうか。模擬戦闘用銃剣の握りを確認していると、佐竹が口を開いた。
    「二語はないな」
    「もちろんだ」
     まるで実戦の最中であるかのような顔をして佐竹が銃剣の構えをとる。そこまで真剣に勇と向き合ってくれている点は兄として喜ばしく思っている。彼は勇のよき友人になってくれるだろう。そう信じていた。信じていたのに。
     互いに向かい合い、一礼をする。
    「はじめ!」
     審判の合図で試合が始まる。この試合はより実践に近い状態での訓練を目的としているため、技による一本先取制ではなく、真剣であれば戦闘不能とみなされることで勝敗が決定する。逆に言えば、お堅いことを気にせず相手を殺せばいい。
    「はぁっ!」
     俺は掛け声と同時に迷わず左胸を狙った。相手を確実に仕留めるためだ。狙いを察した佐竹は教科書のような動きで向かってきた切っ先を払い、肩を狙ってくる。さすがは歩く教本と呼ばれるだけはあるな。
     佐竹の動きは教えに忠実であることが特徴だった。習ったこと淡々とこなす様子がからくり人形のようにも感じられる。教官たちはそんな佐竹に倣えというが、候補生からすればあまり良い印象ではなかった。忠実な再現というのもまた実力ではあるものの、まるで生気を感じられないのだから向かい合うと唯々気味が悪いのだ。
     先程払われた銃剣を斜めに構え、佐竹の追撃を正面から受ける。そうして何度も攻防を繰り返すも致命傷には至らない。じりじりと鍔迫り合いをする中、次の一手に掛けようと小声で話しかけた。
    「そんなお行儀良くして俺に勝つつもりか?」
    「… 」
    「勇への気持ちはその程度かぁ… 残念だよ」
     気に入らなかった、自由を捨てた戦い方が。人には癖というものが必ずある。各々別の人間なのだから、それが当たり前だ。だがこいつは「人」として戦いに挑んでいない。勝ちではなく正しくあることを、点数を取ることを優先しているように見えた。そんな奴と引き分けになった事実が心で燻っていた。教科書ではなくこいつ自身と戦ってみたい。だから煽るような言葉を掛けた。
     何かに気を取られた様な佐竹の隙を狙って留守になっていた足を払う。屋外試合は室内と違って足場の変化が生じる。砂地は足を取られやすく、払えば高確率で尻をつくはずだ。例に漏れず佐竹も体制を崩して地面に腰から落ちていった。規則といったものは無いため、足技は違反にはならず試合は続行される。首元に切っ先を突きつければ戦闘不能で俺の勝ちだ。
     佐竹が諦めたように武器を置く、所詮は教材に過ぎなかったかと勝手に失望しながら剣を振り下ろす。
     
     瞬間、顔を上げた佐竹が笑っていた。
     
     この状況で笑顔を見せる佐竹に戸惑い、ほんの一瞬だけ腕を止めてしまった。その一瞬が命取りであった。
     武器を置いた佐竹は、体制を崩した時に身体を支えるためについた右腕を何かを投げるように振りあげる。同時に目に激痛が走り思わず目を抑えると、目の周りにざりざりとした不快感。こいつやりやがった。
     佐竹が投げたのは握っていた砂であった。砂による目晦まし、あの佐竹が反則紛いの行為を嬉々としてするとは。
     佐竹は姿勢を崩した俺に、まるで先程の仕返しとでもいうように足払いを食らわせ追撃する。思わず尻をついてしまったが、佐竹の武器はまだ地面の上だ。急いで立て直そうと縦足の姿勢をとるも、首元に不自然な風を感じた。もう遅かったようだ。首元にはすでに佐竹の短剣が届いていた。目の前には興奮から瞳孔を開き爛々と瞳を輝かせて笑う優男。
    「やめ! 勝者、佐竹候補生!」
     審判の声が響き渡る。確かにこれは、俺が死んでいただろう。完璧な敗北だった。
    「お前… 隠してやがったな」
    「短剣を常備するのは戦場では当たり前だろ」
    「違う、そっちじゃない。今の動きだよ」
     なにがお堅いだ、こんなに好き勝手出来るじゃないか。
     周りで見守っていた学生たちも、今までと別人のような佐竹の動きに呆然と立ち尽くしていた。
    「俺はそっちのほうが好きだけどな」
    「お前じゃなくて勇くんに好かれたいんだよ。で、勝ちは勝ちだ。答えてもらうぞ」
     先程の獣のような顔はどこへやら、いつものように澄ました顔に戻った佐竹が右手を出す。ありがたく掴んで立ち上がり、衣服についた砂を叩きながら答えてやった。
    「勇くんはな、卵焼きは甘いのが好きだ」
    「へえ、かわいいな」 
    「当たり前だろ俺の勇くんだぞ」
    「そうか…卵焼きは甘い方が好きなのか」
     俺の牽制にまるで聞く耳を持たず、ふふっと笑いながら反芻している。やはり顔で補っているのだろうが気色の悪い笑い方だ。以前そう言ってやったが「お前も似たようなもんだろ」と憤懣やるかたないお返事を頂いた。
     お前なんぞと一緒にするな。
    「…それだけか?」
     佐竹が他にはないのかと追及してくる。なんだこいつ、たった一戦だけで全て教えると思っていたのか。
    「好きな食べ物は今後、一勝で一つだ」
    「全部知るには何勝すりゃいいんだ」 
    「さあな、勇くんは生きてるんだ。成長とともに好みも増えるし変わる」
     お前がうちの勇を本気で欲しいというなら、俺も本気でいかせてもらうさ。
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