うんち〜細くて美しい指、柔らかな関節と靱やかな真紅のネイルに丁寧に揃えられた爪。寝起きの温かさが残る優しい手をするりと首筋に伝わせてトントンと、軽く指で触れる。そう、合図、俺と、世界で二人だけ知っている。髪を手で除ける。ああ、まだ慣れない。心臓がぎゆっと熱くなる。体温が近付いて来る。ふと目が合った、途方も無い程美しい目にあっという間に吸い寄せられる。薔薇、林檎、赤、赤、血。頭の中でぐるぐると巡る考えを整理する前に彼女は顔を寄せてくる。毛先が触れる、息の音がする。細い。今にも途切れしまいそうな、百年余り生きているとは思えない程に、それはまさしく少女のものだった。
　ぷつ、と肌に牙が突き刺さる感覚がした。鈍い痛みが体を走る、末端を緩やかに痺れさせる。全身がきゅう、と冷えていく。体温が鮮明になり、身体がふわりと浮いているような気分になった。鼻を掠めた血の香りに、無意識に肩に力が入るのを彼女が抑える。自然と背筋と首筋が伸びた。息を深く吸う、吐く。彼女の背に手を回した。布越しに彼女の息が荒くなるのを感じていた。長い、永遠のように感じられる。息の音と、鼓動と、時計の無機質な音だけが聞こえる。外をすっかり夜が覆い隠してしまった。手に触れる温度が暖かい。ぱっと、唇が離れる音がした。呼吸を整えながら、彼女は傷跡を優しく拭う。体温が遠のき、するすると髪が流れてる音がする。まだあどけなさが抜けきらない柔らかな輪郭と今にも消えてしまいそうな白い肌、火照る頬と柔らかい唇に隠された、鋭利な牙と流れ落ちる血。蠱惑的な表情を浮かべる彼女に苦しい程惹かれてしまう。それが吸血鬼特有のものなのか、それとも彼女だからなのか。そんなことを考えていると、彼女は手に付いた俺の血を舐めとっていた。張り詰められた上品さから抑えきれない本能が溢れ出る瞬間が何よりも美しく、異常なまでに背徳的だった。随分と美味しそうに舐め取る姿がまるで食事に執着する子供の様な、ミルクを夢中で飲む子猫の様な愛らしさがあった。