お菓子作り Ver.2 それはある日の事だった。
「ア、アイク……その、わたし、お菓子作りをしたいので、教えてくれませんか?」
「君が……お菓子作り?」
アイザックが驚くのも無理はない。アイザックがいる時の食事は全て任せっきりでコーヒーを淹れる時以外、あまりキッチンに立つことはない。
「は、はい、どうしても自分で手作りして、食べてもらいたい人がいるんです」
教えては欲しいが手出しはせず、あくまでも自分一人の力で作りたいのだと。もごもごと口にする。
俯き、指をもじもじと捏ね、頬を染めあげるその姿にアイザックは誰の為に作るのか察した。ちくりと痛む胸の痛みを隠し、優しい笑みを浮かべる。
「勿論構わないよ。君が僕を頼ってくれて嬉しい限りだ」
「ありがとうございます」
「それじゃあ……そうだね、折角だから作りたいものを決めて、材料を買いに行くところから始めようか。……それと作ったお菓子を入れる箱も買わないとね」
どこまでも気が利く弟子の姿にモニカはふんふんと頷くのであった。
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モニカの頼み通り、アイクは直接の手出しはせず、危なっかしい手つきになる度に口頭で注意が入る。身振り手振りでやり方を伝えその際にメモも取っていた。用意したレシピで、モニカでは解り難かった箇所を書き留めているらしい。
いつもの何倍もの時間をかけて漸く生地が完成し、型に流し込む。余熱で温められたオーブンに入れて焼き上がりを待つだけだ。その間に使った道具の片づけを済ませ、モニカは焼き上がりが待ちきれないのかずっとオーブンの前から離れなかった。
ケーキが無事に焼き上がり、粗熱が取れたところで型から外し、食べやすい大きさに切り分ける。中が生焼けになってない事にほっと胸を撫でおろせば隣からクツクツと笑い声がした。バツの悪そうに眉を下げアイザックは切り分けた時にできた欠片を指さし「詰める前に、味見をしておこうか」と口にする。
何か誤魔化された気もするが確かに味見は大事だとモニカは欠片を一つ摘み、口の中に入れる。口に広がる甘い、甘いチョコレートの味は彼が好きな味だ。
型から外した時に少しばかり崩れてしまった端の方だけよけ、残りを油紙に包みこんで慎重に箱に詰めた後はリボンを巻けば完成だ。
モニカはふぅーと吐き出し、額にうっすらかいた汗を手の甲で拭う。
「お疲れ様」
ずっと作業を見守っていた筈のアイザックはモニカが気の付かないうちに傍から離れていたらしい。コーヒーの入ったカップを箱から少し離れた場所に置く。どうやら箱に詰め終わるのを見計らい用意してくれた様だ。少し離れた場所に置いたのはケーキを詰め終わった箱を汚さない為だと気付き、モニカは慌てて別の場所へと移動させる。
いつもは座って飲むのだが、今日は台所で立ちながら飲むことになったがたまにはこういうのも良いかもしれない。いつもはお茶菓子を用意してくれるが今日はモニカに付き合い、専念していた為かお茶請けの準備が出来なかったようだ。
「あ、そうだ。これを食べましょう! 丁度ふたつありますし」
モニカが指さしたのはケーキの切れ端。
だがモニカの言葉にアイザックはゆるりと首を横に振る。
「……いいや、僕は遠慮しておくよ。慣れない作業で疲れただろう? ふたつもと君が食べるといい」
ほんの少し表情が陰ったのは気のせいだろうか、モニカが口を開くよりも先にアイザックの言葉が続く。
「……喜んでくれるといいね」
言葉数は少ないが言いたい事は伝わる。
「——はいっ!」
モニカはこの日一番の笑顔を見せた。