無題 エリン領内、公爵邸にてウィルディアヌはその日、表の姿はエリン公である己の主人であるアイザックに送り付ける書類の仕分けをしていた。現在、アイザックはサザンドールに滞在中している為に、代理を預かる者に任せてもいいものとそうでないもの、早々に片付けなくてはいけない案件、多少は後回しにしても構わないもの……と、内容に軽く目を通していく。そうして必要なものをアイザックのもとに送っているのだ。
領主が領地を離れるのは如何なものかと思うが仕事は抜かりなくこなしている上に、私的な事——アイザックとして過ごす時の資金も片手間で稼いでいるのだからあまり強くも言えまい。
なによりサザンドールの、<沈黙の魔女>のもとに向かう時のアイザックは、それはもう嬉しそうにしているのだから猶更である。
——ずっと、フェリクス王子が生きていた頃から、従者であった少年の頃から、そう契約を交わす前からアクアマリンの中からみてきたのだ。
契約を交わした時には既に宿っていたあの妄執に囚われていたあの頃に比べたら喜ぶべきなのかもしれないのに。
ただ最近——新年の儀の後の<星読みの魔女>から運命を、喪失の予言を受けた時からまた少し陰りを見せはじたけれども。
精霊である身に人間の感情はわからない、今、抱いているこの感情をなんと呼べばいいのか。
ただ、今度こそは自分が守りたいと。大切なものが手から零れ落ちると言うならばそれを受け止められる存在でありたいと思う。
あの時は結局、何も出来ずにいたからこそ、今度こそは……と、思っているのに留守を任され離れている始末。
確かに情報収集は大事だとは思うのだが、それでもだ。
せめて契約を交わしたセレンディア学園に在学中の頃の様に、ポケットの中に身を潜めていたならばこんな思いもせずにいられるのに。夜遊びの手助けをし、離れていた時もあったけれど、傍にいた時間はずっと長かったのだ。
なのに、いまは……。
そう、だから、この今抱いているこの感情は……。
■しい?
「…………」
そこまで考えて、己の手が止まっていた事にウィルディアヌは漸く気付く。
途中までは仕分けたが暫し考えた後、全て一つに纏め、一番上に未だ仕分ける前の書類を置く。この程度の量ならば優秀な我が主人の事だ、態々この様な事せずとも全て片付けるだろう。
なんならこの時間を使って情報収集をした方が余程あの方の為になるではないか。そう結論付けてウィルディアヌは書類の束を纏め、端をそろえてから油紙に包みながら考える。サザンドールに送り付ける手配をしてから情報収集に出かけよう——と。
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