お菓子作り Ver.3 それはある日の事だった。
「ア、アイク……その、わたし、お菓子作りをしたいので、教えてくれませんか?」
「君が……お菓子作り?」
アイザックが驚くのも無理はない。アイザックがいる時の食事は全て任せっきりでコーヒーを淹れる時以外、あまりキッチンに立つことはない。アイザックが自領へ戻る前には日持ちする作り置きを作ってくれるし、お隣のノールズ夫人からのお誘い。ラナも商会が忙しい中でも顔を見せては食事に誘ってくれたり、屋台の料理を一緒に食べようと持ってきてくれたりする。
食に対して関心の薄さ故に、その点に対しての周囲の信用は悲しいかな無いに等しい。何せお手伝いも危ういのだから。だからこそ急にお菓子を作りたいなんて口にした事にアイザックも驚きを隠せないのだろう。
少しばかりめげそうになったモニカだが、だからと言って作りたいと思った気持ちには嘘はないのだ。
「は、はい、どうしても、自分で手作りして、食べてもらいたい人がいるんです」
教えては欲しいが手出しはせず、あくまでも自分一人の力で作りたいのだと。もごもごと口にする。
俯き、指をもじもじと捏ね、頬を染めあげるその姿にアイザックは誰の為に作るのかを察し、優しい笑みを浮かべる。
「勿論構わないよ。君が僕を頼ってくれて嬉しい限りだ」
「ありがとうございます!」
「何か作りたいもののリクエストはあるのかな?」
「えっと、……じゃあ、クッキーがいいです」
そうクッキーならば作った経験があるのだから不器用な自分でもなんとかなるだろう……多分。
「うん、わかった」
テーブルに並べられたのはクッキーに使う材料だが……いつもより量が多い気がする。道具もそうだ。モニカが不思議そうな顔をするとアイザックはにこりと微笑む。
「作っている作業を見ながらの方が解りやすいだろう?」
成程、と感心しモニカは何度も頷くのだった。
何とかなるだろうとは思っていたが、予想以上の時間を割いて、それでもなんとか完成したのは奇跡と言えるだろう。穏やかで優しい笑みを維持ししつつもアイザックの顔には若干の疲労が伺えた。
焼かなくてはいけない量は多いがその間にできる事はある。使った道具を洗い片づけをし、先に焼けて金網の上で冷ましておいた分を別の皿へと移していく。
そうやって最後の分が焼き上がり金網の上に置いた後にアイザックが「ああ、そう言えば……」とモニカに声をかける。
「モニカ、君が作った分はもう冷めたのだから、そろそろ箱か袋に詰めたらどうだい?」
「……えっ?」
「…………うん?」
きょとんと目を丸くするモニカの姿にアイッザクは首を傾げる。自分は何かおかしなことを口にしただろうか? そう思い、質問を投げかける。
「これは誰かに食べて欲しくて作ったのだろう?」
「は、はひ……」
「だから、プレゼントする為に詰める為の箱なり袋なり、あった方がと思ったのだけれども……」
「えっと、アイクはラッピングされていた方が、良いですか?」
「…………………………うん?」
先程よりも長い間を置き、アイザックは首を傾げる。何故、そこで自分の名前が出てくるのだろう……と。
アイザックの反応の薄さにモニカも漸く何かに気付き、指をモジモジと捏ねる。
「えーっと、あのぅ、このクッキー、アイクに食べて欲しくて作ったんです、けど」
「…………?」
アイザックの困惑する顔には何故? という疑問がありありと見える。
「た、食べて欲しい相手に作り方を教えて貰うなんていうのも、おかしいとは思ったのですが、その、他に頼める相手がいなくて、ですね! それにアイクの作るお菓子が美味しいので、あのっ……いつも美味しいご飯と、お菓子をありがとうございまひゅ!」
モジモジと捏ねていた指を今度は両手を広げてバタバタと上下に振りながら言葉を綴るが最後は噛んでしまった。
ポカンとそれを眺めていたアイザックだったが、クスクスと笑いだす。
「ありがとう、モニカ」
まだ困惑している感は否めないがそれでもアイザックからの言葉にモニカは「コーヒー! 淹れますね」と遅めのお茶会の準備を始めるのだった。
願望として、アイクは相手が誰であってもそういった感じの? 好意に対して、ものすごく、ものすごーーーーーーーーーく鈍感であって欲しい。