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    5ヶ月弱かけて書いた自称長編です。
    タル空。体調不良物。誤字あるかも…(見つけ次第訂正します!)

    #原神
    genshin
    #タル空
    taruSky

    星を願うどうか、


    どうか、戻して…





    「疲れた~」
    「はあぁ~」

    二人の声が重なる。
    ここはある洞天内の一角。そこにいるのはこの洞天の主である旅人・空と、茶髪で長身の男―タルタリヤだ。
    「手合わせありがとう、相棒!」
    「うん…はあ、疲れたー…」
    空はまったく、とその場に寝転ぶ。
    「依頼が終わってさあこれから夕飯を作ろうってなってから急に『手合わせしよう!』って訪問しないでよ…」
    「まあまあ!」
    タルタリヤは適当に返事をした後、少し真面目な表情をつくる。
    「今日引き分けだったのってもしかして依頼で疲れてたから?」
    空は普段タルタリヤに勝利していた。しかし今日は引き分けだった。いつもより空の技量が落ちているのを、タルタリヤは見逃していなかった。
    「っ、そりゃそうだよ!いつもならタルタリヤになんかに負けないし。」
    「あ~、そんなこと言っていいのか?俺はこれでも結構強い部類なんだぞ?」
    「うっさい。」
    「この!」
    タルタリヤはそう言うと軽く水の矢を作りぽーんと空に向かって放つ。空は寸前でそれを避けぐんっと勢いよくとび起きる。
    「さて、夕飯を作らないとパイモンが怒るからそろそろ帰ってねー」
    「えー、俺もここで食べたいよ」
    「冗談でしょ」
    「うん」
    「…全く、じゃあねタルタリヤ。」
    「またね!相棒~!」

    その日はそれで別れた。次の手合わせを一週間後に約束して。


    それから数日後、タルタリヤは部下のこなせない仕事の後処理をしていた。
    ファデュイの小基地に入り込み悪さをする鼠を一掃したところだった。
    「よし…。ああ、そういえば、相棒の状態を確認すべきかな…この前みたいにあまり楽しくない手合わせは嫌だし、全力の相棒が好きだから…。」
    何ともない一人言だったがよく考えるとその通りだな、と思い、仕事が終わったら空を探しに行くと決めた。

    「相棒はどこかな~」
    タルタリヤは適当に璃月港を歩いていた。空は各地を旅する旅人だ。見つけられることはあまり期待していなかったが、偶然にも通りすがった路地裏に空の後ろ姿を見つけることができた。

    しかし、心なしか空の様子が変だ。
    上半身が大きく上下している。恐らく肩で息をしているのだろう。片腕で壁にもたれ、もう片方の腕で胸を押さえている。
    タルタリヤの中を嫌な予感が走った。
    「…空?」
    「っ!?」
    空はバッとタルタリヤの方を向く。その顔には汗が幾筋も伝っていて、呼吸はやはり荒かった。胸を押さえる手には更に力がこもったように見え、瞳は潤んでいる。
    「タル、タリヤ…?」
    「どっ、どうしたの相棒!!??気分が悪い!?熱あるの!?だ、大丈夫!?」
    タルタリヤは焦りすぎているのか少し声が裏返った。しかし本人はそんなことなど気にせず、空の背中をさすっている。
    「大げさだよ、タルタリヤ。さっき変な奴に会って…逃げてきて息切れしてるだけだから、」
    「変な奴って…とりあえずそのことについては後で聞くけど、普段なら一般市民から逃げるために走っただけで息切れなんてしないだろう…。変って、もしかして足が異常に速いって意味の変か?」
    「いや、そうじゃないんだけど…多分ストーカーかな、俺の髪の毛、集めてるとか言ってた…おえ……」
    「スッ…!?」
    空はタルタリヤから離れる。呼吸は先程よりも落ち着いていた。
    「…ありがとタルタリヤ。ちょっと落ち着いた。」
    「全然いいけど…そいつから毒盛られたって可能性は無いの?」
    「無いと思うよ。あいつとは接触したことないし、最近飲食店も利用してないから…。」
    「でも、じゃあどうしてそんなに弱ってるんだ?いつもの君じゃない…」
    「気にしないで、疲れてるだけだよ。じゃあ、パイモン洞天に待たせてるから。」
    「あっ、おい、相棒ー!」
    空は足早に路地裏から出ていく。歩みがいつもより少し遅く、体が重そうだった。
    「相棒、絶対何か隠してるよな…。それも明らかに重要な事を…」
    タルタリヤは空の後を追おうと思ったが、空は既に洞天に帰ったのだろう。辺りを見渡しても姿が無かった。
    「次の手合わせの時にでも問い詰めてみようかな。」
    タルタリヤはそう言うと、さっきから物陰に潜んでいる"ストーカー"を睨む。そいつは慌ててその場を離れた。
    「ストーカーの件はしばらくは大丈夫だと思うよ、相棒。」
    そう呟き、タルタリヤも路地裏から離れた。

    先程のタルタリヤの顔を見たストーカーは恐らく失禁するほどに怯えていただろう。それほどまでに、タルタリヤの睨んだ顔は恐ろしかった。



    「危なかった…」
    空はあの後、洞天に直ぐに戻っていた。しかしパイモンの所にはまだ向かっておらず、洞天内にある家から離れた大木の下でゆっくりと深呼吸をしていた。


    「はあ……」
    何度目かの深呼吸を終えた後、空はようやく歩き始めた。
    「パイモン、それからタルタリヤ達にはバレたら駄目だ…。きっと-」
    空はギュッと拳を握り、固く決心した。




    そんな数日を経て、ようやく手合わせの日がきた。その日は黄金屋での手合わせだったのだが、空の到着が夕方を過ぎていたのでタルタリヤは心配してもうすぐで部下に旅人を探す命令を下すところだった。
    「やあ、遅いよ相棒!!あっ、ていうか、この前より元気そうで何より。やっぱ俺の相棒はこうでなくちゃね!」
    「そりゃこの前は疲れてただけだから。」
    「そう。じゃ、始めようか!」
    「うん。」
    空は引き分けになった日の前の、元の強さをきちんと取り戻していた。やはり調子が悪そうだったのは気のせいだったのか、そう思ってしまうほどに。
    (なんだ…空は普通じゃないか、心配した…。まあ元気そうで良かったよ。)

    その日はタルタリヤが敗北した。
    「うん、やっぱり流石相棒だよ。完敗だ。」
    タルタリヤはとても満足そうな顔でうなずく。
    「勝った…ふう、今日のタルタリヤいつもよりやる気あっただろ。それでなくてもいつも闘志ギラギラのくせに…」
    空は汗でへばりついた髪を耳にかけながら言う。
    「いやぁ、相棒が元の調子を取り戻したからついね、ははっ。」
    「…そう、それは良かった、のかな?」
    「良いことだよ!俺も手合わせは本気であるほど楽しいし。」
    「俺もって何?俺は、じゃないの?」
    「え~?相棒も手合わせ楽しいだろう!?」
    「ん……まあ満更でもないけど、」
    「ほらやっぱり!」

    「そういえば、ストーカーあれっきり見かけなくなったんだ。」
    「ほう、それは良かった!」
    「うん。結構厄介だったから助かったよ…」
    (あんなんで効果あるんだな。ま、その方がいいけど。)

    そんな雑談をして、今日はお開きになった。
    「あいぼーう!また来週ね!」
    タルタリヤは手をぶんぶん振りながら空を見送る。空は苦笑し小さく手を振ってその場を後にした。


    「っ…あっ、ぐっ…ガハッ」
    空は洞天にいた。
    幸いにもパイモンはぐっすりと眠っていたので空が帰ってきたことに気付いてはいなかった。けれどいつ起きるかは分からない。
    空は自分の部屋に戻ったとき、念のため鍵をかけた。その途端、黄金屋から洞天まで我慢していた苦しさがこみ上げてきたのだった。
    床にぼたぼたと、口から溢れ出た血がこぼれ落ちる。四つん這いになっていた体は両腕で支えきれずに、力なく先程血を吐いた床に倒れた。
    「やっぱり……無理なの、かな…」
    掠れた声で呟く。悲しみだけが体を貫き、胸が痛む。

    しかし。

    「でも、駄目だ…」
    空はそう言うと無理やり体を起こす。
    「こんなんで……へばって…られるか…」
    空の瞳は一つの目的を見据えていた。さっきまでの力の無い目とは違う。
    空は床に広がる血を乱雑に拭き取り、立ち上がる。
    「今日も頑張らないと。」
    夜が深まる中、空はまた剣を持ち、別の部屋に移った。


    「相棒が元気になったっぽくて良かった…」
    タルタリヤは空が去った後、さっきまで空が歩いていた場所を見つめていた。
    「やっぱり元気な相棒が一番だね。」
    今日の空は今までの体調の悪さが嘘のことだったようにとても力強い戦いを魅せてくれた。
    タルタリヤはすっかり安心していた。もう、弱った空を見なくていいことに。空の元気が無いと手合わせが楽しくない。

    ……そして、タルタリヤは空の元気が無い姿を見ると、少し悲しくなるから。
    「さて、俺も帰ろうかな。」
    タルタリヤはそう言うと黄金屋を去った。

    タルタリヤは気付けなかった。

    空が裏で行っていることを。

    そして、僅かな異変に。


    「やっ!」
    ある日の朝、空は冒険者協会からの依頼をこなしていた。
    「これで最後?パイモン、」
    「後ろにあと一体いるぞ!」
    空は振り向きざまに剣を大きく振りヒルチャールをなぎはらう。
    「ふう…」
    空は剣をしまって息をつく。任務完了だ。
    「今日の午前の任務はこれで終わりだな!凄いぜ空、まだ10時だ!どうだ、璃月港で買い物でもしないか?」
    パイモンは空に言う。その目は期待できらきらと輝いていた。空は、ははっと苦笑するもその申し出を受け入れ、二人は璃月港に向かった。

    「うっはぁーー!今日も賑わってるなー!」
    「そうだね。パイモン、あまりはしゃぎすぎないでね。」
    「わーかってるってー!」
    パイモンは回りに配慮しながら満面の笑みを浮かべ、小さく手足をぱたぱたさせている。空はその姿に思わず微笑んだ。
    (パイモン、嬉しそうだな。)
    二人は賑わう商店街へと足を運んだ。

    「いやぁー、いつ来ても璃月港にはいいもんがたくさんあるな!」
    パイモンは空に買ってもらった簡易な玩具や軽食の入った袋を大事そうに抱えて言う。
    「だね。でもそのおかげで俺のモラも無くなってるんだけどね…」
    「う、ごめん空。返す言葉も無いぜ…」
    「いいよ、パイモンにはガイドとしてお世話になってるし、そんな嬉しそうな顔してるんだし。」
    「空…お前って奴はほんとに優しいな!」
    「はは、大げさ…っ!?」
    「?、空…?」
    空は突然数歩ふらつき、頭をおさえる。パイモンは慌てて空の顔を覗き込んだ。
    「空、大丈夫か!?どこか悪いのか?お、オイラのせいか?」
    (やばい…)
    パイモンの声は空の耳に届いてはいなかった。耳鳴りが酷い。そして目の前もグニャリと歪んでおり、時折暗くなる。
    (貧血…?それともまた…)

    ポタッ

    ふいに何かが地面に落ちた。その瞬間、パイモンは小さく悲鳴をあげる。
    「ひゃっ…!血…!!」
    空から鼻血が出ていたのだ。
    (血、か。やばいかも…)
    空は意識がとびそうになるも、なんとか人目のつかない場所に移る。そこで空は力なく座りこんだ。
    「空!大丈夫か!?」
    座ったから落ち着いたのか、耳鳴りは少し収まっていた。空は鼻血を拭う。
    「大丈夫、だよ。ごめん、もう少し休ませて…多分、治る、から。」
    空はそう言うと口をきかなくなってしまった。しかし意識はあるよう(もしかしたら意識を失えないほど苦しいのか)で、苦しそうに呼吸している。パイモンはいてもたってもいられなくなり、白朮に助けを求めに行くことにした。
    「空、白朮を呼んでくるからな、待っててくれよ。」
    パイモンが立ち去ろうとした瞬間、空は精一杯力を振り絞りパイモンの腕をつかんだ。
    「パイモン…大丈夫だから…」
    (白朮に診てもらったら、ばれてしまうかもしれない。それだけは絶対に避けないと。)
    「で、でも空、お前凄く苦しそうだぞ…」
    「大丈夫だって…もう、あと1分、待って。すぐに、歩けるようになる、から…」
    パイモンは今すぐにでも空の腕を振り払って白朮を呼びに行きたかったが、空の手の力が強かったのと、自分に懇願するような瞳で見つめられたため、その場を離れることができなかった。

    「…空、どうだ、歩けるか?」
    しばらくして空は立ち上がったが、壁にもたれて歩こうとしないのでパイモンは心配そうに尋ねる。
    「………ふぅ。」
    空は一つ、大きく息を吐いて一歩踏み出した。
    「大丈夫だよパイモン。さ、洞天に帰ろう。」
    「あ…おう。洞天に帰ったら必ずすぐに休めよな?」
    「わかったよ。」
    空は歩けるものの、まだ気分は最悪だった。しかしここでパイモンに悟られて白朮のところに連れていかれたらそれこそ厄介だと思ったので平気なふりをしていた。
    「じゃ、帰ろうか。」
    「ああ。」
    二人は洞天に入った。

    しかしパイモンもそこまで馬鹿ではない。空の異変に心のどこかで勘づいていたのだ。しかしその異変の正体を知ることは困難だということも分かっていた。

    だからこそ、今度手合わせという名目で空の洞天を訪れるタルタリヤに協力を願っていた。
    タルタリヤは驚いた。空の調子は決して良くなってなどいなかったことに。それと同時に自分を責めた。なんと愚かなことをしたのだろう、と。調子の悪い空に無理をさせていたのかと。いくら戦闘が好きといえど、相手に無理をさせてしまうなんて言語道断だ。
    しかし今はそんなことを考えて己の無能さに溺れているひまではないのだ。一刻も早く空の異変について調べる必要がある。
    タルタリヤはパイモンに協力することに決めたのだった。願わくは、今後の安定して楽しい手合わせのため…いや、それは建前。空の無事のためにタルタリヤは決心したのだ。

    「ごちそうさま~!美味しかったぜ!」
    「だね。流石鹿狩りの料理だよ。」
    「うんうん。でもオイラは空の料理も好きだぞ!」
    「ありがとう、パイモン。明日からはちゃんと料理するからね。」
    空は今日夕飯を作る気力が無かったため、鹿狩りの料理を持ち帰ってきていた。
    「いやいや、無理はするなよ?オイラは空の料理も好きって言ったけど、無理して作らなくても大丈夫だぞ!」
    「いつになく優しいね。料理のことになると容赦ないと思ってた。」
    「オイラは優しいんだ!へへっ、オイラについてまた一つ賢くなったな!」
    「うん、そうだね。ありがとう。」
    二人はそんなことを話しながら料理を食べ終えた。パイモンは空の話す姿や緩慢な仕草を見て、本当は空は元気で、自分が勘違いしているだけなのではないかと、そう思いたかった。が、パイモンは自分の直感を信じた。そして空がそれらのことをパイモンにさえも隠して明るく振る舞っているのがいたたまれなかった。空は一人で多くのものを抱えている。それは、長期間空と共に旅をしてきたパイモンにとって分かりきったことだった。

    夕飯を食べ終えてしばらくし、消灯の時間になった。
    「パイモン、おやすみ。また明日。」
    「おやすみ~空。いい夢みろよ~」
    「うん。パイモンもね。じゃ。」
    二人は互いの部屋(互いの部屋といっても隣同士で、大きな声を出せば会話が可能になるくらいの部屋)に入る。
    パイモンは直ぐにベッドに入った。

    さあ、計画はこれから始まる。


    タルタリヤは明日来てくれるので、今晩はパイモンが単独で頑張らなければならない。
    パイモンは寝たフリを努めた。空がパイモンが寝ているかどうか、部屋に確認しに来るかもしれなかったから。すぅ…すぅ…という、寝ている者の特徴である浅い呼吸を維持するのが大変だったが、空のことを調査できるならどんな努力も厭わない。
    パイモンはひたすら、空の動きを待った。ベッドにもぐり目を閉じているため、いつ寝落ちてしまうかが不安でたまらなかった。

    いよいよ寝てしまいそうになる寸前、隣の空の部屋から物音が聞こえ、パイモンの意識は現に戻された。
    (!空が部屋から出たのか?)
    廊下で空の足音が響く。パイモンは急に自分の鼓動が速くなるのを感じた。緊張しているのだ。
    (ここで焦って空を追いかけたら気付かれるかもしれない…慎重にいかないと。)
    そして足音がある程度遠くなったのを見計らって、パイモンは部屋の外にシュンっと現れた。パイモンは慎重に、慎重に廊下を進んでいく。曲がり角で一旦止まり、ちらっとその先を見ると、剣を持って歩く空がいた。
    (…?なんで剣を持ってるんだ?とりあえず引き続き尾行しなきゃな。)
    そう思い静かに廊下を曲がった。

    しかし、突然空がふり返った。
    「ひっ!?」
    「…どうしたの?パイモン。」
    空はそう言うとこちらに近づいてくる。やばい。ばれた。パイモンの頭の中はぐるぐると混乱し、ただ口をぱくぱくすることしか出来ない。
    「パイモン、まだ寝てなかったの?」
    「お…おう…」
    「…そう。」
    「あっあの、えっと、オイラ、そのー…」
    「俺がどこにいくか気になったんでしょ。」
    「う…」
    パイモンはいよいよ冷や汗が止まらなくなった。どうしよう、怒られるかな。そのことで頭が埋め尽くされる。
    しかし、ふいに空が微笑んだ。
    「何を勘違いしてるのか知らないけど、俺はこれから剣の手入れに行こうと思ってたんだよ。」
    「え?えっと…これから?」
    「うん。不思議に思うのも無理はないけど、仕方ないんだ。」
    「…仕方ない?」
    「今日は午後からやることが多くてすっかり手入れを忘れてて。明日も忙しいだろ?それで今から行こうとしてたんだ。気になるならついて来ればいいよ。」
    「っ、で、でもお前、体調が悪いんだろ?もう大丈夫なのか?あ、あと最近寝不足っぽいし、夜にするのはやめようぜ。お前はもっと自分の健康に気を使った方がいいと思うぞ。」
    「……そうだね。明日は公子とも洞天で手合わせがあるし、今日はもう寝るよ。」
    「本当か?ちゃんと寝ろよ?」
    「分かったよ。」
    こうしてパイモンは、調査は叶わなかったが空をベッドに連れ戻すことが出来たのだった。
    「じゃあな、空。早く寝ろよ!」
    パイモンはそう言って、布団に潜る空を横目に扉を閉めた。暫く耳を澄ませていたが、穏やかな呼吸が続いていて一向に外に出る気配も無いため、パイモンは安心して自分の部屋に戻りさっさと寝てしまった。

    (…もういいかな、)
    空はパイモンが寝たことを確信すると、寝たフリをやめて起き上がる。
    (まさかパイモンに見つかるなんてね。それにしても…あの言い訳はちょっと苦しかったと思ったんだけど、なんとかなって良かった。)
    空はベットから降りて再び剣を持つ。
    (心配してくれるパイモンには悪いけど、もう少しであの感覚を取り戻せるんだ。そしたら、きっと叶う。出来る。)
    空は廊下に出る。そのまま先刻進んだ道を歩いていった。
    パイモンは今度は本当に寝てしまっていた。
    後にこのことを大きく後悔することになる。


    「ふわ…あぁ」
    パイモンは大きく伸びをする。欠伸を一つし、ベッドから降りた。カーテンの隙間からは朝の陽光が差している。パイモンはシャッとカーテンを開けて、目を細める。
    「さて、空を起こすか。」
    そう言い部屋を出た。

    「おはよー!誰かいる?」
    玄関から声が聞こえ、パイモンは立ち止まった。この声はタルタリヤだ。彼には今日、早く来てもらうようにお願いしていたのだ。
    「タルタリヤか?今いくから待ってろよ~」
    「ああ、分かった。」
    マルにはタルタリヤが来たら洞天にノーパスで入れてあげるように、パイモンが頼んでおいた。マルもパイモンから事情を聞いており、空にはこの事は秘密だ。

    「や!」
    タルタリヤは軽快に挨拶をする。パイモンはそれに、よう、と応えた。
    「相棒はもう起きてる?」
    「いや、まだ見てない。これから起こしに行くつもりだったんだ。」
    「そうか、じゃあ俺はどこで待ってればいい?」
    「リビングに居てくれ。すぐに空と行くから。」
    「分かった。じゃあ、待ってるから早く来るんだよ?」
    「おう、任せとけ!」
    そんな会話をすると二人はそれぞれ散った。パイモンは空の部屋に再び向かった。

    「空~、朝だぞ!起きろ!!」
    パイモンはノックもせず無遠慮に空の部屋に入る。

    だが、

    「!?」

    …空の姿が無い。

    「そ、ら?」
    (そんな…昨日ちゃんと、いや…もしかして…また……)
    パイモンはすっかり乾いた口を閉じることができず、最悪のパターンを頭に浮かべた。
    (空は、きっと、)
    パイモンははっと我に返る。こんなところで呆けている間にはタルタリヤを呼んで一緒に空を探すべきだ。
    パイモンはリビングへ急いだ。


    (相棒、まだかな~)
    タルタリヤはリビングの椅子に腰掛け足を組んで、空とパイモンを待っていた。今日の朝、タルタリヤが"急に洞天に訪問してきた流れで一緒に朝食を食べることになった"というシナリオで空に探りを入れる予定なのだ。タルタリヤも執行官だ。話術にはそれなりの自信があった。だから、必ず空が隠していることの一端でもなんでも聞き出すつもりでかなり張り切っていたし、少し緊張もしていた。
    「それにしても遅いな…」

    なんだか、嫌な予感が…

    その瞬間。
    「たっ、タルタリヤ!!空がいない!」
    「…!?」
    タルタリヤはガタッと音をたてて椅子から立つ。
    「なんだって?空がいない?」
    「あ、ああ。お願いだ!一緒に探してくれ!」
    「言われなくても探すさ。早く、君は左の通路を。俺は右の通路を行く。」
    「分かった!見つけたら必ずすぐに教えろよ!」
    「そっちもね、」
    タルタリヤはパイモンから詳しい説明を受けなくとも、今どんな状況かが分かっていた。
    空に何かあった、それは確実だ。
    (無事でいろよ…相棒。)
    タルタリヤは駆け出した。



    朧気な意識の中、--は笑んでいた。

    掴んだ。

    星の輝きを、

    取り戻した。

    --はもう満足したようだ。

    そうして、瞼を下ろしてしまった。

    --は赤く染まっていた。



    「空ーー!どこだよ、返事しろー!」
    パイモンは各部屋の隅々まで探していた。が、空の姿は無かった。
    「うぅ…空、どこなんだよ…オイラを置いていくなって言っただろ…」
    パイモンは気分を沈めながらも空を探していた。

    「…」
    タルタリヤも例外ではない。部屋の隅々まで見渡して、空を探していた。先程、元素視覚で空の痕跡を探そうとしたが流石と言ったところか、空は痕跡を残してはいなかった。もしかしたらこちらの計画は筒抜けになっていたのかもしれないと、今更ながらに思った。あの愛らしい見た目や仕草に眩まされ気味ではあるが、空はもう何度も色んな国を救ってきた。タルタリヤにも何度も勝っているではないか。それなのに油断した。完全にこちらの落ち度だ。タルタリヤは片手で頭を抱えた。
    「…クソッ」

    そして部屋を全て調べたが、屋敷の中に空は居なかった。

    パイモンとタルタリヤは一度合流した。
    「こっちは居なかった…なんとなく分かるけど、タルタリヤの方は…」
    「ああ。居なかった。」
    「やっぱりか…」
    パイモンはうーん、と唸る。
    「屋敷の中に居ない、となると…」
    「まさか屋外?」
    「!、そうか!屋外の可能性もあるわけだ!よし、引き続き探すぞ!!」
    「あ、ちょっと…」
    パイモンはタルタリヤが探す場所を分担するために引き止めようとした声を無視し、弾かれたように屋敷の外へと飛んで行ってしまった。
    「…はぁ、ま、いいか。早く相棒を探さないとだしね。」
    タルタリヤは軽快な声でそう言った。

    …口調だけでも、紛らわさないと壊れてしまう気がしたから…。



    パイモンはタルタリヤの声が聞こえたような気がしたがあまり気にせず外に出た。まだ希望があると分かって、どうしても己の体を止められなかったのだ。
    「空…」


    タルタリヤもパイモンの後に続き、外へ出た。効率を求めて、パイモンが向かったであろう方向とは逆に走った。どうせ空は気配を消して行ったのだろうが、タルタリヤは元素視覚を常に使いながら空を捜すことにした。僅かな気配でもあれば…そんな淡い期待を抱いて。



    しばらく探し回り、タルタリヤはある気配を察知した。といっても、その気配は細く長く伸ばされた一本の糸の様で、すぐに切れてしまいそうな物だった。しかしタルタリヤはその僅かな気配にすがるように、元素視覚をより強力なものにするために精神を研ぎ澄ました。するとその一筋の気配はある方向に伸びていた。

    タルタリヤは駆けた。
    頭の中には、

    "空"

    その一文字しかなかった。


    「っ!」
    空の気配を元に走ってきたタルタリヤは足を止めた。

    そこには巨大な岩が幾つも連なっており、まるでタルタリヤが、否、人が行く末を邪魔している様だった。
    「どうしてこんなのが…」
    タルタリヤはいつの間にかパイモンに気配を掴んだことを伝えるのも忘れていた。そして、この岩のことを伝えに行くという考えも無かった。

    「…、」
    一見、空を捜すことが詰んだように思われた。しかし、タルタリヤはその岩々に近付いた。

    彼の勘が、何かを訴えている…

    そして静かに、岩に触れた。

    すると彼の腕は、するりと岩に埋もれた。

    彼は理解した。

    これは…――――。



    ―心の何処かで、こんなに上手くいくなんておかしい、そう訴える自分がいた。しかしタルタリヤの体は止まれなかった。止まることを許さなかった。

    空が大切だから。それだけで、タルタリヤの体を動かすのには充分だった。―



    (昔、弟達に読み聞かせた絵本の中にもこんな話があったな…)
    その絵本には全てが完璧な勇者がいた。何もかも、その勇者の思い通りになった。しかし慢心し挑んだ魔王にあっけなく倒され、見せしめにと町に吊るされた、という内容だ。今思い返しても、子供向けの絵本にしてはなかなかハードな内容だ。
    (上手くいきすぎると必ず失敗する、ね…)
    タルタリヤはギュッと拳を握る。
    (俺は物語の勇者みたいにかっこよくは無い。けど、物語の勇者みたいに失敗もしない。)

    タルタリヤは躊躇うこと無く、岩の中に入っていった。




    岩の中に完全に入ると、そこは驚くことに草原だった。恐らくこれも仙力によるものだろう。
    しかしそんなことは後から気付いたことだった。最初にタルタリヤの目に入ったのは、


    ―――――血まみれで倒れた空だった。


    「っ!?空っ!!!」
    タルタリヤは自分でもうるさいと感じるほどに、声を張り上げた。直ぐに倒れている空の元に駆け寄る。
    「空!!」
    呼び掛けても返事や反応は全く無い。
    「くっ…」
    タルタリヤは即座に空を抱き上げ、岩を出た。脈や呼吸は確認しなかった。もし、もしも、それらが無かったら…タルタリヤは心の底に在る臆病に逆らえなかった。手遅れだなんて考えたくなかった。
    衣服に空の血が付着したが、それすらどうでも良かった。
    (まだ温かい…きっと生きてる。大丈夫、大丈夫。…生きていると、信じさせてくれ。)





    「パイモン!」
    タルタリヤはパイモンを見つけ呼ぶ。
    「あっ、タルタリヤーってうわあああ!!!!」
    パイモンはタルタリヤ(の背負った空)に光速で飛び寄った。
    「そっ、空!!!大丈夫か!?い、い、生きてるのか!?!?」
    「っ…とりあえず、不卜廬に運ぶから着いてこい」
    「あ、ああ!」
    タルタリヤは空を背負う手に力を込める。
    「生きろよ、相棒。」
    そして、不卜廬に向かった。




    コンコン、と窓を叩く音がして白朮は顔を上げた。
    「…誰でしょうか」
    そう呟き、いつでも応戦出来るように身構える。
    ふと、長生が言った。
    「これは知った気配だな。それと…血の匂い…!」
    「血!?本当ですか、長生!」
    「こんな重大な嘘をつくことがあるか、早く助けてやらんと」
    「そうですね」
    白朮はそう言い窓に駆け寄り、思い切り開けた。
    「!?」
    開けたは良いものの、白朮は驚き一瞬固まってしまった。
    そこには、血塗れの空を背負ったファデュイ執行官と涙の痕をくっきりと残したパイモンが居たからだ。
    「あ、えっとその、白朮!オイラ達、その…」
    「っ、事情は分かりませんが、空さんが危ないことは分かりました。こちらへ。」
    「!、分かった!ありがとう、白朮。ほら、タルタリヤ早く!!」
    「ああ。」
    そして白朮は、七七を連れ、瀕死の空を抱いて治療室に向かった。
    「待っていてくださいね。」
    そう残して。



    白朮は驚いたものの、流石名医と言ったところか、すぐに空の容態を確認した。
    「目立った外傷はありません。恐らく酷いのは…」
    そう言い白朮は空の腹にそっと手をかざす。
    「臓器が傷付いている可能性があります。治療に必要な薬草を直ちに含ませる必要が。七七、こちらへ。そう、その薬草を。」
    「うん…」

    そして白朮と七七は、空への応急措置を済ませた。



    「これで一先ずは安心でしょう。」
    白朮はほっと、息をつく。七七は先程、タルタリヤとパイモンに茶を持っていった。応急措置を終えて、空が生きているという知らせも持って。
    ふと、長生が言った。
    「おい白朮、お前…」
    「はい、気付いていますよ。」
    長生はそうか、とだけ呟いた。
    「タルタリヤさんとパイモンさんには一応話しておきましょう。」
    白朮はそう言い、二人を治療室に呼んだ。


    「空っ…!」
    パイモンは目に涙を溜めながら、浅い呼吸をする空を見つめた。
    「心配するな。私達が治療したんだ。直に意識は戻るさ。」
    長生はいつもの軽快さも含む、安心するような声で告げる。
    「そっちの兄さんもあまり心配するなよ。」
    長生はタルタリヤを一瞥し一言、そう放った。タルタリヤはああ、とだけ返した。
    「さて…空さんの生死に関しては、今長生が言ったことを信じてください。本題は、このような状態になった原因です。」
    「原因…」
    「まず、空さんには臓器の損傷が見られましたが、目立った外傷はありませんでした。」
    「それって、」
    「ええ。毒を盛られた痕跡もありませんでした。なのでこれは、元素力の使いすぎによる症状。それに似ています。」
    「"似ている"…?」
    「ええ。正確には、空さんは元素力は使っていません。」
    「じゃあ、何を…」
    「…私は璃月のただの医者ですから、全ては分かりません。しかし、確実なのは、この力がこの大陸のものでは無いということだけです。」
    「ええっ!?」
    「っ!?」
    タルタリヤとパイモンは同時に目を見開いた。かなり驚いているようだ。
    「でもこいつは力を失ってて…いや、でもある程度戻ってきてるのか、でも、それじゃ…何の為に…」
    パイモンは動揺し言葉を途切れ途切れに紡いでいる。
    「残念ながら私には…」
    分かりません、そう放つ前に後ろで布団が動く音がした。
    「俺なら分かるけど」
    「!、空さん!」
    「空!!」
    見ると、空は目を開けていた。どこか痛んだのか、顔をしかめる。
    「白朮、それから七七。治療してくれたんだよね。ありがとう。」
    「ん。」
    「これが私の仕事ですからね。」
    七七と白朮が返事をする。
    「私には感謝していないのかい?」
    ふと、長生が言った。声色は冗談じみており、冷やかしか何かだろう。しかし空は、あっ、と声をあげ、律儀に礼を言った。
    「おっと、空、冗談さ。そんなに真に受けないでおくれよ。怪我人にわざわざ礼を言わせて悪かったね。」
    長生はそう返しちょこっと頭を下げた。
    「それで…相棒」
    「あ、タルタ」
    そこまで言い、空は言葉を飲み込んだ。タルタリヤが空の手を握ったのだ。驚くほど強く握られた訳ではない。むしろ、とても優しかった。いつもは自分に殺意しか向けない手が、今は恩愛に満ち溢れていた。
    「…なんかごめんね、タルタリヤ。」
    「なんかって何だよ。相棒」
    「えっと…」
    「俺が…」
    空はタルタリヤの手を握り返す。何故かは今の空には分からなかったが、タルタリヤの手を握りたいと本能が感じたのだろう。
    「俺がどれだけ心配したと思ってるんだ!」
    タルタリヤは弱く叫んだ。身体が飛び跳ねる程では無かったが、空は少し目を見開いた。
    「相棒がいなくなって、ようやく見つけたと思ったら血まみれで倒れてたんだ…すごく心配してたんだぞ…」
    空はタルタリヤを見やる。いつもタルタリヤにひっついてるプライドやら立場上の振る舞いとか姿勢が、今は全てばりばりと剥がれている感じがした。タルタリヤは今、限りなく本音に近い言葉を言っているのだろう。…本当に、空を心配していたのだ。
    「タルタリヤ…」
    空はそんなタルタリヤを見て言葉を失った。自分勝手な行動でこんなにも迷惑や心配をかけてしまったことを後悔した。
    「ごめんね。ちゃんと、話すから。」
    その場にいる者はすっと姿勢を正した。空は衣擦れの音を聞きながら、そっと目を閉じた。そして、語り始めた。





    俺は、このテイワットで力を失った。
    そして、妹と離れてしまった。

    最初は気が狂うかと思った。
    俺が死ぬほど本気を出して、あいつを倒せていたのなら、力も、妹も全部…失わないですんだのに…

    パイモンと出会った。
    パイモンは俺と沢山話してくれた。テイワットの仕組みや良いところを沢山教えてくれた。「お前のガイドを頑張る」と言ってくれた。そして、俺の旅についてきてくれた。

    俺は妹を失って初めて、生きていて楽しいと思った。それは凄いことだったよ。
    俺自身、妹を失ってから楽しいと思えることなんて無かったし、あったとしても認めたくなかったから。

    そして俺は、璃月で公子「タルタリヤ」に出会った。その時俺は無力だった。公子の策略を止められなかった。結果的に皆の協力で璃月を救えたけど、俺の中にはわだかまりが残った。

    ―俺は、弱い。

    そこから沢山旅を重ね、国を巡ってきた。あの頃よりは強くなったと実感してる。でもそれじゃ駄目なんだ。

    俺の持っていた本来の力…それには遠く及ばないから。

    長い間積もり続けたそのわだかまりは、もう消すことが出来なかったんだ。

    だから俺は、ある特訓を始めた。
    力を失ったとはいえ、感覚は覚えていた。歳を数えることをやめて幾千年と経っても使い続けたあの力をこんな短期間で忘れられるはずもない。

    ―――そう、まるで星のように自由で、広大で、強大なあの力を。




    ―特訓初日―
    肉体の限界は直ぐに訪れた。
    力を使おうとした瞬間、空は膝から崩れ落ちた。力を使おうとする行為すら、今の空には叶わないことだった…

    ―特訓三日目―
    踏ん張ることを覚えたが、それだけだった。負荷が大きく、翌日のタルタリヤとの手合わせに支障が出た。引き分けなど、普段なら絶対起こらないことだ。
    …ちょっと悔しかった。

    ―特訓六日目―
    最近体調が悪い。しかも変な奴に会った。俺のストーカーだって。ばかみたいだ。いつもなら楽々と逃げられるのに、今日はそうはいかなかった。息切れと動悸が激しい。なんとか路地裏に逃げ込めけど、タルタリヤに見つかってしまった。心配してくれてるのは分かるけど、ごめん。直ぐ逃げちゃった。勘づかれては元も子もないからね。

    ―特訓九日目―
    最初から全ての力を放出せず、使える範囲での力の応用に成功した。と言っても、元の力を100とすると応用は5くらいしか出せていないのだが。
    でも翌日のタルタリヤとの手合わせには勝てたから、良い進歩だったと思う。あ、そういえばタルタリヤにはバレなかったな。"星の力"をほんの少し使ったことを。
    "星の力"といえば、俺は元の力に名前をつけたことが無かった(当たり前にあるものに固有の名前をつける必要は無いだろう。例えば呼吸とか。)から、特訓中につけてみた。これが案外しっくりきている。

    なんて、呑気に考えてる様に見えて俺はいつも焦っている。応用出来たと言えど、体の負担は日々積もっている。
    俺は自室で血を吐いた。何もかも虚しくなったけど、どうせ叶わないと自嘲したけど、でも、諦められなかった。
    俺は願った。"星"を。


    ―特訓十五日目―
    今日は危なかった。鼻血が出た。多分、特訓のせい。白朮を呼ばれそうになったけどなんとか止められた。
    そう思ってたらパイモンに疑われたみたいだ。俺のことをずっと観察してるし、特訓に行くふりをしてみれば尾行してくる。仕方なく寝たふりをしてパイモンを寝かせ特訓に行った。…そういえばパイモンはタルタリヤと協力してるっぽいけど、手合わせのときタルタリヤにはバレてなかったと思ったのにな。
    あ、それからパイモンって寝たふりが下手だなあと思った。

    今日も俺は、星を願う。




    いつもより遅い時間の特訓のせいか
    加減を間違えてしまった
    痛い
    苦しい
    視界が暗転して
    自分の血に溺れて…


    星、を…








    「これが俺の覚えてることの全て。」
    「…そう、だったのか…」
    タルタリヤは視線を落とす。自分があまりに当たり障りの無い返事をしてしまったことを少し後悔した。
    「つまり、空さんはテイワット外の力…すなわち"星の力"を取り戻す訓練をしている際中に加減を誤りあのような状態に陥ったという訳ですか。」
    「うん。」
    空は短く返事をした。瞳には感情がこもっていないように見えた。
    ふと、タルタリヤがそういえば、と発する。
    「あの岩そっくりな隠れ家は簡易型洞天みたいなやつなの?」
    「うん。マルに協力してもらって、一緒に作ったんだ。」
    「成程。つまりマルも相棒のグルだったって訳か。」
    「そういうことになるね。だからタルタリヤがノーパスで洞天に入ってくることも知ってた。」
    「本当かよ…あれだけ釘を指しておいたのになぁ…」
    パイモンが頭を抱える。
    「ははっ、当然だろ?パイモン。洞天の主は俺だ。あの時、事前にパイモンから何か言われても俺に伝わるようにしてた。」
    「してやられたな…」
    パイモンはへにょへにょと降下していく。空はそんなパイモンの頭をそっと撫でた。
    「ごめんね、パイモン。…もうしないから。」
    空は改めて部屋の人達と向き合う。
    「俺は焦りすぎた。今回のでよく分かったよ。本当、迷惑かけた。ごめん。」
    「ごめんじゃ済まない…」
    「わっ!?」
    いつの間にか空のすぐ足元に七七がいた。
    「薬草、採ってくるの大変。…それに、キョンシーなっても、大変。」
    「キョンシー、俺が?」
    「ふふ、七七はあなたが死んでしまわないか、とても心配していたんですよ。」
    「そっか…ごめんね七七。」
    「…ん」


    空は一ヶ月程療養した。白朮とその面々のおかげで、一ヶ月後にはまた元のように剣を振れるようになっていた。
    「ありがとう、白朮、七七。それから長生も!」
    「空さんが元気になってなによりです。」
    「もう無茶はするなよ。」
    「…ばいばい」
    空は世話になった不卜廬の面々に深く頭を下げた。
    「本当にありがとう。もう迷惑かけないよ。」
    「迷惑はかけてもよろしいですが…死なないでくださると助かりますね。」
    「うぅ……ごめんなさい」
    「ははっ、元気ならそれでいいさ。終わったことは気にするな。さ、任務があるんだろう?早く行きな。」
    「うん…」
    「世話になったな!本当に感謝してるぜ!ありがとなー!」
    パイモンは元気よく手を振る。一方空は深々とお辞儀をし、不卜廬を去った。





    夜、パイモンを寝かしつけた後、空は黄金屋に赴いた。
    「タルタリヤ。」
    名前を呼ぶ。その名主はぱっと振り返り、満面の笑みを浮かべた。
    「相棒!」


    「体調はもういいの?」
    「うん。お陰さまで、ね。」
    「それは良かった。」
    二人は黄金屋を出て、茶屋の中に居た。タルタリヤが個室を予約してくれていたのだ。

    "良かった"。タルタリヤはそれ以上は言わず、口を閉じて空を見つめた。空はなんとなくタルタリヤの考えていることが分かった。
    「俺が療養してる間、手合わせできなくてストレスでも溜まってたの?」
    タルタリヤは目を見開いた。
    「え!?なんで分かったんだ?…もしかして顔に出てたか!?」
    「…いや、タルタリヤのことだろうからさ。」
    「あはは…」
    空はタルタリヤに目を向ける。
    「療養中、手合わせに誘わないよう気を付けてくれてただろ?」
    「なんでそれを…」
    「丸分かりだったよ?"て"を言いかけてやめたのを、俺が何回見たと思ってんの?」
    「…ごめん相棒。」
    タルタリヤはそれから頭を少し掻き、手元の茶をずずっとすすった。
    「いいよ、タルタリヤ。そうだ、今日手合わせに付き合ってあげようか?」
    空は笑いながら言う。途端、タルタリヤは光速で空の方を向いた。
    「本当か!?相棒!」
    「うん、本当。」
    空はそう言い、剣をすっと取り出した。
    「なんだ、相棒も手合わせしたかったのか~!ははっ、じゃあ早速黄金屋に行こうか!」
    タルタリヤはそう言い駆けていく。空はその背中を見やり、やれやれ、という感じに立ち上がった。

    空は自分の胸にある、元素の色を灯す装飾に手を当てた。

    そこは一瞬だけ、美しい月白に染まった。
    「ごほっ、」
    苦しく咳をする。
    空がもう一度手を当てると、それはもとの岩元素色に染まった。

    「今行くよ。待っててね、」
    そして空は歩きだした。






    空は回想を話す際、タルタリヤ達には話さなかったことがあった。


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    いつもより遅い時間の特訓のせいか
    加減を間違えてしまった
    痛い
    苦しい
    視界が暗転して
    自分の血に溺れて…


    星、を…

    掴んだ。

    星の輝きを、

    取り戻した。

    空はもう満足したようだ。

    そうして、瞼を下ろしてしまった。

    空は赤く染まっていた。
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    恐らく彼は追求を止めない。だって彼は、

    "旅人"

    なのだから。


    今日も彼は、星を願う。





    _END
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