檸蜜初キス 視線。
何気ない風に蜜柑の方へ顔を向けると、最初から見てませんでした、とでも言っているかのように、目を逸らされる。映画のエンドロールの流れるテレビ画面は単調だ。狭い一人暮らしの、他に見るものといえばトーマス君のプラレールしかない部屋に逃げ場があるとは思えないが、蜜柑は逃げた。
言いたいことがあるなら言えばいいのに、と思う。注がれる視線の行き先は、大抵、首筋や、耳元や、そして口元なんかが多い。最初は、ゴミでもついているのかと思った。次第に、その視線の意味するところを理解するようになった。
そういうこと、なんだろうと思う。
「なんかついてるか」
「いや、何もついてない」
ぶっきらぼうなやり取りは、会話というよりも、予防線を引いて、それを踏み越えていないことを確認する作業に近い。
904