「俺を王子様にしてくれよ」 表紙がツヤツヤとしていて、寸法は200mmの正方形。絵の具を原色のまま塗ったような鮮やかな色彩で、ドレス姿の少女が描いてある。大型スーパーの書籍コーナーに置いてあるような、薄っぺらく、安っぽい絵本だ。その絵本が蜜柑の部屋の中に山と積まれているのは、もちろん趣味などではなく、仕事のためだ。在庫の保管のためだというが、単なる在庫管理で便利屋を使うわけがない。何かの訳ありの品なのだろう。どれも新品らしい、細長い紙で束ねられており、山ごとに本の種類が分けられている。一度は見聞きしたことがある童話のタイトルばかりだ。
蜜柑の隣に寝転んでいた檸檬が、手持ち無沙汰なのか、ベッドの上から手を伸ばして束から一冊を抜き取った。おい、と嗜めるが、あとで戻すから心配するなよ、とページを捲る。単行本と比べても分厚く作られているページは、パラパラと軽快な音を立てる。
「シンデレラね。これは、素直に生きなさいってことなのか、傲慢さは欲しいものを取り逃がすぞ、って教訓なのか、どっちなんだろうな」
「シンデレラストーリーなんて言われるくらいだから、前者なんじゃないのか。素直に正直に、そんな主人公の美しさに唯一気が付くのは、皆んなが憧れる王子様ってわけだ」
檸檬は読書をしている、というよりは、図版の派手な色味を目で追って楽しんでいるように見える。金色の髪に、装飾の多いピンク色のドレス。それに比べ、文章の書いてあるページはあまりにも質素で、記憶にも残らない。
「王子様と結ばれて幸せに暮らしました、なのに、この王子ってのは印象に残らない男だな」
「王子様に個人は必要ない。ポジションさえあればいい。主人公の添え物だ。」
「添え物か。レモンも唐揚げに添えられてる時がある」
そんな扱いでいいのか、と呆れる。飽きたのか、檸檬は本を元の山に戻している。そのまま蜜柑のことをベッドに押さえつけるように、乗り上げてきた。檸檬が何のタイミングでそういう気分になるのか、未だに分からない。
「じゃあ、俺を王子様にしてくれよ」
落とされるキスに応える。
「いいのか、添え物で」
顔を緩める。檸檬も、口の端だけで笑った。
「俺が添え物なんて、贅沢だろ」