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    murityaduke_513

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    murityaduke_513

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    私が‼️‼️‼️犬の‼️‼️‼️解像度が‼️‼️‼️低いばっかりに‼️‼️‼️‼️キャラ崩壊をしている‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️‼️

    犬猿お盆ネタ【猿死亡if】じっとりと暑い八月中旬、蝉のうるさい合唱を聞き流しながら狗井は退路を行く。
    もう今日はいいから、と早めに帰された今日。もうすぐ夕方だと言うのにまだ暑さが和らぐことは無いようだ。
    こんな時アイツならなんと言うだろうか。
    なんてどうしようもないことを考えながら玄関までたどり着いた時、トントンと肩を叩かれる。背後に立たれるまで何の気配もしなかったことに驚きながら振り返ると見知らぬ男が野菜を持って立っていた。
    「……なんか用ですか」
    「いえ、隣に引っ越してきたので挨拶に。」
    「そうですか…」
    なんだそんなことかと中へ入ろうとした腕をああ待って、と引かれる。うんざりしながら振り返ると男はきゅうりとナスが入った袋を差し出してきた。
    「そろそろお盆の季節ですから、良かったらこれを。精霊馬って知ってます?
    「はぁ…そりゃ知ってますけど」
    「お盆は彼らが帰ってくる時期ですから、良かったらぜひ準備してあげてくださいな。馬と、牛ですね。中に割り箸も入ってるので。」
    「そりゃ随分とご丁寧にどうも。……もういいですか?」
    「あぁ長く引き止めてしまってすみません、お疲れ様です。」
    そういってようやく男は立ち去った。
    やれやれと思いながら鍵を開け中に入れば薄く残った線香の匂いが鼻をかすめる。
    猿渡の仏壇からだ。
    顔を顰めたくなるような鉄の匂い、赤黒い水溜まり。体積の倍以上ある水溜まりの中に力なく横たわる相棒の姿を見て、自分はどんな顔をしていただろうか。遺品として預かった手袋やサングラスは仏壇に添えてあるが、ネクタイだけはハンガーに引っ掛けたままにしていた。どうしてだか自分でもよく分かっていない。
    「ただいま」
    額縁の中で笑みを浮かべながらこちらにピースを向ける相棒は何も返してこない。きっと生きていた彼ならおかえりと一言言ってくれていただろうか?そんなどうでもいいことを考えながらはぁとため息をついた時ゴトリと背後で音がした。振り返れば先程男が寄越してきた野菜の袋だ、きゅうりが転がって落ちたのだ。
    「精霊馬、ねぇ」
    きゅうりと割り箸を手に持って仏壇を振り返る。別に幽霊や迷信を信じている訳では無いが……何となくスマホを手に取ると作り方を調べていた。
    出来上がったのはきゅうりとナスに割り箸が突き刺さった不格好な何かだった、立ってるのが正直不思議である。自分は器用な方だと思っていたのだが、どうにもこういうのは苦手なようだ。ただ一言でも「へたくそ」と悪態をつく奴が居ればな、なんて考えた自分を鼻で笑うと狗井は線香に火をつけた。
    「お前、馬乗れんの?」
    線香の煙が揺らりと揺れた。

    次の日、八月十三日。相変わらず早くに帰されてしまった夕方頃。
    横を自転車に乗った小学生たちが楽しそうに笑いながら通り抜けていくのを尻目に、狗井は家路に着いた。コンビニで買ったスポーツドリンクは家に着くまでにすっかり飲み干すほどに今日も真夏日だ。このところ早く返されるのは、きっと自分を気遣ってのことなのだろう。顔色が良くないのは自分でも理解していた、早めの盆休みも貰ってしまったしどうしたものかと考えながら玄関の鍵を開ける。
    「ただいま」
    ただいつものように何となく発してしまった言葉に
    「おー、おかえり」
    気の抜けた言葉が帰ってきた。

    ベランダの窓を開け放ち着流しを羽織ってポリポリときゅうりを齧っていたのは、見間違えるはずもないかつての相棒だった。
    「さ、わたり?」
    「おう」
    ひらりと軽く手を上げる仕草は生前の姿そのものだった。
    ゴトンッと持っていたコンビニ袋をその場に落とし、靴を乱雑に脱ぎ散らかすと狗井はそのまま猿渡の元まで駆け寄り手を伸ばす。
    が、触れようとした手は空を切る。
    そこにいるようで、居ない。掴もうとした猿渡の肩は陽炎のようにゆらゆらと透けていた。落胆したため息をつく狗井をキョトンと見上げた猿渡はどうしたのかと口を開く。
    「なんだよ、久しぶりなのに。」
    「……いや。それよりお前、馬食ったのか?」
    「馬っつーかきゅうりだろこれ。乗り心地最悪だしよ」
    「しかも乗ってきたのかよ」
    あの不格好なきゅうりに跨って家まで来たのかと思うと少し笑えてしまう。
    「やっぱりきゅうりだけだと味しねぇわ、味噌とかねーの?」
    「あるけど…お前食えんの?」
    「置いてくれりゃあね。あ、それで思い出したお前!ぜんっぜん食べ物置いてくれないのな!俺結構楽しみにしてたのに!」
    「あっそぉ…そりゃ悪かったな」
    まともに見れなかったのだ、相棒の仏壇を。死んだ、しかも目の前で。
    どうしても許せなかったのは目の前で死んだ相棒か、それとも自分か。どっちだったかもう忘れてしまった。
    夕飯の準備をしてる最中も猿渡の霊は横でペラペラと喋っている。チラリと見た着流しはやはり死人合わせになっており、死んでいるのだと嫌でも感じさせた。ふと脳裏をあの血溜まりの中の死体が掠める、眉をひそめていた狗井の視界の前を半透明の手がヒラヒラと通る。
    「おーい?聞いてんの?っつーか思ってたけどお前顔色最悪な!寝て食ってんのは見てたけど疲れ取れてねぇなさては?それとも心労?なんかめんどくせぇ仕事でもあんのかよ。あ?でもその割には帰りはえーよな、なにしてんの?今」
    「…別に、何も?今は盆休み入ったから…明日から16日まで休み。……お前っていつまで居んの?」
    「んだよ人のことおじゃま虫みたいに言いやがって。俺は多分お盆までじゃね?よくわかんねぇけどこうやって話せるようになったの今日からだったし。つか早く味噌ちょうだい」
    「はいはい」
    狗井仏壇に線香を立てると、猿渡の前に味噌を置いた。食べかけだったきゅうりに味噌をつけて食べ始めた猿渡を見て精霊馬もお供え物扱いなんだろうか…なんて思いながら食卓につくと、狗井も食事を始める。
    「お前ってさ、今何してんの?」
    「あ?だからさっき盆休みだって」
    「ちっげーよそっちじゃなくて!お前帰ってきてただいまの一言だけでなんも言わねぇじゃん!俺今お前のことなんっも知らねぇんだけど?」
    ビシ、と三分の一も残ってないきゅうりでこちらを指す猿渡。
    話す、なんて考えたこともなかった。帰ってきたところで自分は今は一人暮らしで、仏壇があるだけで、ただ作業のようにただいまと告げ線香に火をつけて…その繰り返しをしてるだけだった。
    「……特に話すことなんてねぇよ」
    「嘘つけ、お前のそういう時は絶対なんかある時の顔だろ。」
    「……」
    「…んまぁいいや、じゃあつまりは明日も休みなんだろ?どっか行こうぜ」
    「どっか行こうったって…お前幽霊だろうが。外行って何すんだよ」
    「知らねぇよ、どっかあるだろどっか。海とか?」
    「こんな時期に行くかよ」
    「じゃあ山……は虫だらけでやだ、川とか?」
    「……いや水辺もやめろよ」
    「なんだよつれねぇなぁ!じゃあドライブ!」
    「無理だろお前金払えんのかよ……」
    あーだこーだと話し合った結果、結局駅前に行くことになった。それなら暑さもマシだし、少なくとも暇つぶしにはなるだろうと猿渡を納得させたのだ。
    霊体の猿渡の姿は誰にも見えていないようで、生前の名残なのか人を避けようとする素振りは見せるもののその体は人をすり抜けていた。やはり幽霊なのだ、死んでいるのだ。狗井は嫌でもそれを感じざるを得なかった。ギリ、と奥歯を噛み締めたところで猿渡がふと足を止める。
    アイス売り場だ。
    「狗井、これ買って」
    「は?」
    「夏だしアイス食うだろ!!俺ソーダ味な〜」
    「待て待て待てなんで買う流れになってるんだっていうか何で持ててるんだよお前ッ」
    霊体の猿渡がつまみ上げたアイスの袋はしっかり宙に浮いていた。猿渡の姿が見えない一般人からしたら狗井が虚空に向かって喋ってる変な人なのだが、それ以上に浮いているアイスに店内がザワつく。
    「何でって……あ、そっか。わりぃわりぃ」
    そう言いつつアイスを元の位置に戻しながら、猿渡はスタスタとその場から離れた。何なんだと思いつつ狗井がその後に続く。結局買われたのはソーダ味のアイスキャンディーで、キンキンに冷えたそれを舐めながら二人は駅に向かって歩いていた。
    「しっかし暑いな……ほら飲めよ」
    コンビニの駐車場脇にあるゴミ箱に包み紙を投げ捨てると猿渡はサイダーのペットボトルを投げて寄こした。
    「バッカお前これじゃ吹き出すだろうが」
    「ダハハハハハ!まぁ良いじゃんそれともコーヒーの方が良かった?」
    「別に……あ?待てお前これどっから持ってきた」
    「そこの駄菓子売り場」
    「馬鹿お前本当に馬鹿野郎」
    大慌てで狗井は駄菓子売り場のレジへ向かうとサイダー一本とアイスコーヒーを一本購入して戻ってきた。
    「テメェ…一歩間違えたら俺が万引きで捕まるところなんだからな」
    「やー幽霊だし許されっかなぁって」
    「現世にいるなら現世のルールに則れや猿がよ」
    プシュ、と音を立ててサイダーを開ける猿渡。ぶくぶくと吹き出すのを「あー…」なんて言いながら地面に零しているのを見るとなんだかどうでも良くなってきた。人通りの多い駅の端っこのベンチに腰掛け、アイスコーヒーに口をつける。
    「明日はどこ行く?」
    夕陽を受け陽炎のようにゆらゆら揺れながら、猿渡はそう当たり前のように聞いてくる。狗井はその様子を見るとなんだか胃の中がムカムカしてくるような感覚になった。
    「お前……俺がなんで盆休み取ったか分かってねぇだろ。」
    「あ?そりゃお盆だからだろ」
    「ちっげぇよ馬鹿、お前が死んだからだろうが。お前に関係ある奴が自分の周りで死んだらよぉ、普通は家族とかに申し訳がつかねぇって休み取るんだよ」
    「……あれ、そういうもん?」
    きょとん、とした顔で猿渡は首を傾げた。猿渡にはイマイチ理解し難いことなのだろう。そんな態度に狗井は再度ため息を着く。
    「そーだよ、だから墓参り行かなきゃなんねぇんだよ。」
    「ふーん、じゃあ墓参り一緒に行くわ」
    「……は?」
    サイダーをちびちびと飲みながら猿渡は平然と言い放った。狗井も意味が分からず口をポカンと開けて固まった。
    「いや…え…お前自分の墓に?墓参りすんの?」
    「だってお前行くんだろ?」
    「なんでだよ」
    「だってお前、死んでも俺に付いてきて欲しいんだろ?」
    今度は狗井が固まった。コーヒーを吹き出しそうになり慌てて口を抑える。そんな様子にケラケラと笑う猿渡を恨めしげに睨みつけながら狗井はまたため息をついた。
    「……誰がいつそんなこと言ったよ」
    「あ?言ってねぇけどでもそういうことだろ?」
    「言ってねぇからってなんでそうなんだ馬鹿」
    呆れて頭を抱える狗井とは対照的に、猿渡は楽しそうに顔を綻ばせている。
    「んだよ、なら墓参り行かねぇの?」
    「……行くに決まってんだろ馬鹿」
    「じゃあほら行こうぜ、早くしねぇと日が暮れるだろ」
    猿渡がベンチから立ち上がる。やはり透けたその体は夕陽を受けて揺らめいていた。空になったサイダーのペットボトルをゴミ箱に押し込むと、狗井は猿渡に言われるがままに駅の方へと向かった。
    次の日、狗井と猿渡は電車に揺られて墓地へと向かった。盆休みのせいか電車の中はそれなりに混み合っていて、席に座ることは叶わなかった。
    「つか……別に幽霊なんだから浮いてても良くねぇか?なんでわざわざ乗るんだよ」
    「俺だって浮くもんだと思ってたよ死ぬまでは、なんか知らねぇけど地に足ついてんだよ」
    「ッハ、中途半端に不便なやつ。」
    電車の中でヒソヒソと話しながら猿渡の墓がある最寄り駅まで進む。目的の駅で降りると、やはり少しだけ暑さが和らいだ。
    桶に水を汲んだところで狗井はしまったと口にした。
    「仏花買ってくんの忘れちまったよ…」
    「あー?俺花なんか要らねぇよ」
    「ちげぇよ墓には供えんの、そういうもんなんだよそんなのも知らねぇのかよお猿ちゃん」
    「んっだとこの短足」
    「誰が短足だぶっ飛ばすぞ」
    「おーやってみろ絶対透けて掠めもしねぇからな」
    「ッチ」
    文句を言い合いながら墓まで歩いてきたところでふと足が止まる。猿渡の墓の前で手を合わせる女性の姿があった。
    「…立川さん?」
    「あら…狗井くんも墓参り?」
    「立川さんじゃんやほやほ〜…って見えねぇか」
    上司の立川だ。あの日、あの時同じ場所に立っていた。立川の前で両手を振ってみせる猿渡は、彼女には見えてないのか無視されている。
    「そんなところです。立川さんも?」
    「えぇ。私も少し思うところがあってね…静かになったわよね、分駐所も」
    「…そうですね」
    花が添えられた猿渡の墓に狗井は水をかけると、立川から線香を分けてもらい共に手を合わせた。
    「じゃあ、また盆明けに。」
    「えぇ。お盆だからってあんまり気を詰めすぎないでね?この時期はどうしても空気が淀みやすいから」
    「……ありがとうございます。気を付けます」
    会釈をしてから墓地を後にすると、狗井は桶を片付けてから駅へと向かった。立川が歩いて行くのを見送った後に猿渡が話しかけてくる。もうそろそろ周りに人がいなくなったので隠す必要もなかったわけだ。
    「立川さんちょっとやつれた?疲れてんのかな」
    「…だろうな、上も忙しいんだよ夏だし」
    「ふーん…そういうもんか……んで?明日どこ行くよ」
    「まだ言ってんのかお前…」
    「だって暇だもん。せっかく休みだしどっか行こーぜー墓参りも終わっただろー」
    生前の頃のようにダラダラと絡んでくる猿渡にげんなりとすると狗井は後頭部をかいたあと
    「あー…海でも行くか?」
    「お、良いじゃん海!かき氷食おうぜかき氷」
    「それだと俺が二つ買うことになるだろうが」
    「別に無理して食わなくていいぜ?俺だけ食う」
    「ふざけんな俺の金だぞ幽霊のくせに暴食しやがって」
    「はー!?食うのに幽霊も人間も関係ないだろ!?」
    「だったら自分で金出せ」
    「やだね、つーか俺現世の金もってねぇもん」
    「ったく……あ、そうだ。おい猿渡」
    ふと何かを思い出したように狗井が顔を上げる。猿渡も「なに?」と首を傾げた。
    「……墓参り以外の予定、ひとつ思い付いたんだけどよ」
    墓地からの帰り道、家の近くで狗井は唐突にそう口にした。猿渡に聞かれた質問と全く同じ、明日の予定のことだった。
    「猿渡さ、お前盆が過ぎたらもう成仏とかしないわけ?」
    「へ?まぁ……そりゃな。俺に足ねぇもん」
    「そっか……なら良いんだけどよ」
    その言い方だとまるで自分は成仏しないと言ってるようなものだが、別に死ぬ気は毛頭無い上にこいつに付いて行くなんて一言も言っていない狗井には関係のないことだ。そんなことを考えていたせいか気がつけば自宅アパートの前に到着していて、さっさと部屋に入ろうとする狗井を猿渡は引き止めた。
    「なぁ、」
    「ん?」
    「……お前さ、あの時のこと引きずってる?」
    「あの時って?」
    「俺が殺された時だよ」
    あぁ……と狗井は低く呟いた。きっとその話題を出すなら今しかない、猿渡自身もそう判断したのだろう。案の定、狗井の顔色はあまり良くない。そして言いづらそうに唇を固く閉じたあと、息を深く吸い込んだ後にようやく口を開いた。
    「……別に引きずってねぇよ」
    嘘つけよ、と猿渡は思ったが口にはしなかった。ただ彼がこれ以上話したくはないようだということだけは分かったのでそれ以上は追及しなかった。
    「海行って何しよっかな〜かき氷食うのは決まってんだけど〜」
    「決まってんのかよ。つかお前海行って何ができるんだよ、泳げんの?」
    「え…どうなんだろ……建物とかすり抜けられるけど水……?」
    真面目に考え始めた幽霊を鼻で笑うと狗井は明日の支度を始めたのだった。

    八月十四日、狗井は猿渡が言ったように海に来ていた。直射日光が照りつける日向から避難するように狗井は日陰に入ると、道端で配っていた紙のうちわで自分に向かって風を仰いでいた。一方猿渡の方はやはり幽霊には気候は関係ないのかかき氷屋の屋台を覗いている。
    「なぁ狗井ー!フランクフルトもある!!」
    「お前どんだけ食うつもりだよ…」
    「食える時に食っとくんだよ、どうせ俺今しか自分で飯食えねぇし」
    そう言われて狗井は少しだけ押し黙った。言われてみればそれもそうだと思えたからだ。そしてふと考える。そもそもなぜ幽霊になった今でも自分についてくるのだろうかと。……それでもやはり疑問には感じるのだ。
    「お前さ……なんでうちに来たの?」
    「あー…それ聞く?」
    猿渡が屋台で買ったフランクフルトを食べながらそう言う。狗井は何か言い返そうとしたが、結局何も言えずに俯いた。当然だ。
    「なんか寂しそうだったから」
    ポツリと猿渡が言う。
    「……は?」
    「だーれも居ねぇ家に1人で帰ってきてさ、俺の仏壇に線香立てて、飯食って風呂はいって寝ての繰り返し。お前家の中でただいまといただきますとごちそうさま以外ほぼ喋ってねぇからな?気づいてないだろ」
    「…気づくも何も……一人暮らしなんだから…そんなもんだろ」
    「んなわけあるか。それにお前が逆の立場だったらどうする?家帰って誰も居なくて、ただいまといただきますとごちそうさましか喋らなくて、飯食って風呂入って寝るの繰り返しの俺」
    「……それは」
    寂しいだろうな、と思った。それと同時に、猿渡にそれを重ねてみた。だがどうしてもその姿を想像できなかった。自分が死んだ時のことを想像できないのと同じように、だ。
    「……なぁ、お前はさ」
    「んー?」
    「俺が死んだら……寂しいって思うか?」
    唐突に投げかけられた質問に猿渡はキョトンとした顔をすると数秒間考えたあとにヘラッと笑った。
    「そりゃーちょっとは寂しいって思うだろうな」
    そんな返答を聞いて狗井はまた押し黙る。そして少しだけ目を伏せると小さな小さな声で
    「……そうかよ」
    とだけ呟いた。そんな狗井を横目に見て猿渡がため息をつく。
    「…あ?つかお前そのフランクフルトどうやって買ってきた」
    「お前の財布から金抜いてレジ前に金置いて引っこ抜いてきた」
    「グレーゾーンだろうが!!」
    ダブルピースでそう告げる猿渡に狗井はそう声を荒らげた。やはりこいつはクソ幽霊だ。そう思ったが口にはしなかった。
    「なぁ狗井、」
    「ん?」
    「あれ食いてぇ」
    「……お前……」
    数分後、猿渡が指さしたのはかき氷屋で販売されているソフトクリームだった。小豆色に染まったそれは真っ白の雪の上でキラキラと輝いている。溜息をつきながら小銭を握りしめると狗井は屋台へ向かう。
    「すみません、ソフトクリームの…」
    「バニラ、俺バニラがいい」
    「…バニラ一つ」
    横でそう囁く猿渡に言われるまま狗井はバニラアイスを一つ買うならと店の裏まで回り込み猿渡に手渡した。
    「なぁ明日はどうする?」
    「……明日ぁ?」
    お盆はあと2日、言い換えれば猿渡が見えるのはあと2日だ。何をしようか…と考えている狗井をよそに、猿渡は受け取ったアイスを舐める。
    「んー……。まぁとりあえず明日決めようぜ。……あっつい!!」
    「んー……確かにあっちぃな」
    お前は幽霊だから暑くないだろ、なんて言葉を飲み込みコンビニに逃げ込むと水を買う。そうして猿渡のもとに戻ると彼はすでにアイスを食べ終えたのか手の中で器を転がしていた。
    「そういやお前、どうやって帰るんだ?」
    「あー?忘れたか?牛だよ牛、あの不格好なナス」
    「……あぁ……そうか」
    本当だったら夏なんて好きではないのになと狗井はぼんやりと思う。それから軽く伸びをするとふと何かを思い出したような表情を浮かべた。そして自分の財布を取り出すと中を確認する。
    「ん?どうした」
    「いや、……結局使ってねぇから忘れてた。」
    そう言いながら狗井は財布から札を2枚ほど抜き出すとそれを猿渡に手渡す。訝しげな顔をする彼に向かって「小遣いだ」とだけ言うとそのままコンビニから出ていってしまった。残された猿渡は渡された数枚の千円札をジッと見つめると首を傾げる。
    「……何に使うんだよ……」
    そんな声が日陰の中に溶けていったが、それを聞いていたのは幽霊だけだった。

    そして次の日、狗井は早朝から起きて出かける支度をしていた。昨日の暑さが嘘のように涼しく、狗井は財布の入った鞄を肩にかけるとスニーカーの靴紐を結ぶ。
    猿渡は狗井の後ろからひょっこり顔を出すと
    「今日はどこ行くんだ?」
    と着いてく姿勢を見せる。
    「墓参り」
    「誰の?」
    「……お前の」
    一瞬考えてからそう答えると狗井は玄関の扉に手をかけた。そして靴を履くと扉を開いて外に出る。が、猿渡も当然のように外に出ていた。それに気づきながらも特に何も言わなかった狗井に猿渡が問いかける。
    「なぁ……墓参りってなにすんだよ?この間行ったばっかじゃんか」
    「……別になんもしねぇよ。ただ単に昨日帰ってからお前のためのお供え物買っただけだ」
    「お供え物って?」
    「線香と……たい焼き?」
    「マジで?俺たい焼き好き!!」
    一瞬で目を輝かせた幽霊に狗井はため息をつく。朝から元気な奴だ、なんて思いながら彼は足を進める。そして家から出るとそのまま近くのコンビニに立ち寄った。そこで花やらライターやらお菓子やらを適当にカゴに放り込むとレジに向かう。レジ前には墓参り用の花も何種類か置かれていたが狗井はそれを無視した。
    「あれ買わねぇの?」
    「この間立川さんが供えてただろ」
    レジで会計を済ませたあと、狗井はビニール袋を持って歩き出した。その間もずっと猿渡が話しかけるので適当に相槌を打っていた狗井だったが、少しして不意に口を開くと
    「そういやお前さ……昨日ナスの話してたけど来た時の馬のきゅうり食ってたよな?ナスはどうすんだよ」と、初日のことを思い返しながらそう聞いた。
    「ん?あー……俺ナス嫌い」
    「あ!?お前好き嫌いとかあんのか!?」
    狗井が信じられないと言う顔で猿渡を見る。それからビニール袋に視線を向けた。袋の中には線香とライターも入っているが、その中にナスの乾燥チップスがあることも知っていたのだ。
    「そんなに驚くことか?つか嫌いなもんくらいあるだろーよ」
    「いや…お前生きてた頃なんも残さず食ってただろ…」
    「は?そりゃお前嫌いってだけで食べ物残すなんざ大罪だろうがよ」
    「お前妙なところきっちりしてんのな…」
    猿渡らしいと言えば猿渡らしい言葉に狗井はため息をつく。そこでふと、花やお菓子のコーナーにいる親子を見かけた。仲良く手を繫ぐ2人は母親に手を引かれて菓子を選ぼうとしている。その姿を見ながら猿渡が小さな声で
    「いいなぁ」と言った。それを聞き逃さなかった狗井は目を丸くすると、数秒間黙り込む。そして誤魔化すように別の話題を口にした。
    「で?今日は電車使わねぇの?」
    「ん、あぁ……つか使うけど……」
    狗井がピタリと足を止めると猿渡も足を止めた。彼は不思議そうに首を傾げる。
    「お菓子買うか?」
    「え?さっきなんか買ってたんじゃねぇの?あとたい焼きもあんだろ?」
    「これは墓参り用、これから買うのは今から食う用」
    「は?」
    キョトンとした猿渡を置いて狗井はお菓子コーナーに歩き出す。そしてコンビニ限定のポテトチップスやチョコの前に立つと
    「お前どれがいい?」
    と猿渡を振り返る。
    「え……どれって言われても……」
    珍しく動揺した様子を見せる猿渡は数秒目移りした後、コレ、と大容量の煎餅を指さした。
    「お菓子コーナー来て煎餅かよ…まぁいいわ」
    「な、なぁおいってば」
    狗井はその煎餅を持つとレジへ持っていきさっさと会計を済ませてしまった。
    「おら行くぞ」
    呆気に取られてる猿渡を呼び寄せると近くのベンチに座り煎餅の袋を開ける。
    「……どしたのお前…らしくないことしてっけど…」
    「……別に、羨ましいって顔してたから」
    なんて言う狗井の言葉に目を丸くしたあと、猿渡は大きな声で笑い始めた。
    「なっ、テメェ人の善意を!!」
    「ハハハッ、だってお前っ、ふははっ、不器用すぎるだろ」
    これだけ大きな声で笑っている猿渡の声は、幽霊だからなのか誰にも聞こえてる様子は無い。が、唯一聞こえてる狗井は顔を真っ赤にして羞恥に耐えていた。やはり慣れないことをするんじゃなかったと後悔しながらベンチに座り直すと、ヤケクソのように煎餅をバリバリと食べ始める。
    「あー笑った笑った、なぁせっかく一緒に選んだんだから俺にも一枚くれよ」
    「もうお前にはやらねぇ」
    「はぁ〜!?拗ねてんの?なぁ〜悪かったってば〜」


    夕刻、電車を乗り継ぎまた猿渡の墓まで来た狗井はコンビニで買ったお菓子と、昨日買ったたい焼きをこんもりと盛った。
    「もっちりタイプかぁ…俺焼きたてが良いなぁ…」
    「昨日買ったっつったろうが、焼きたて食いたきゃ転生でもしてこい」
    「そしたらお前のこと覚えてらんねぇじゃん、それはそれでやだなぁ」
    そうこう言いながら2人は墓の前に屈み込む。そして線香に火を付けると手で軽く扇いで火を消してからそっと供えた。
    「……今日は誰もいねぇんだな」
    猿渡はそう言うと周りを見渡した。こじんまりとした墓地だ、人っ子1人居ないのは当然だと言えば当然だが、お盆だと言うのにこんなにも静かな場所なのかと少し驚く。狗井もぼんやりと周囲を見渡したが、直ぐに墓石に視線を戻すと手を合わせて目を瞑った。
    「これで満足か?」
    「おう、満足した」
    狗井がゆっくりと立ち上がると猿渡はニマニマと笑う。そして狗井の持っていた線香を勝手に取ると自分の墓に供えた。すると満足そうに笑いながら狗井に向かってピースサインをする。
    「はい墓参り終わり!」
    「お前…自分の墓に線香立てんのってどんな気分なんだよ…」
    「んー…なんか変な感じだけど、別にかな。帰ろーぜ、明日最終日だろ?何しよっか」
    明日、明日が終われば猿渡は見えなくなる。お盆が終わってしまう。きっとあの不格好なナスにのって帰るのだろう。そう考えるとなんだか面白く思えてしまうが、この騒がしい非日常が終わってしまうのかと思うと寂しくも感じる。
    「…明日は俺の家にいようぜ。いい加減ゆっくりしてぇんだわ」
    「あそぉ?まぁ色々連れ回したしなぁ…ん?でも今日はお前の用事だしどっこいどっこい?」
    「お前に振り回されて10:0だわ」
    「そりゃねぇだろ」

    八月十六日、お盆最終日。朝目覚めた狗井は驚きの光景を目にすることになる。
    猿渡の身体が透けている。いや、最初から幽霊らしくぼんやりとしていたのだが、より存在が薄くなっているのだ。
    「あ〜…こりゃ夕方までかな」
    「…そうか」
    なんとも言えない気持ちで狗井は短くそう返事をする。時計を見れば、まだ朝の8時だ。いつもなら起きている時間だが今日は休みなので焦る必要はない。
    「いつもと変わんねぇのな」
    「まぁ俺ずっとこんなんだろ?それにお盆なら幽霊は浮くってよく言うしなぁ」
    そう言ってケラケラと笑う猿渡に、狗井は「お前は地に足つけてんだろうが」
    と適当に相槌を打ちながら朝食の支度をする。トーストを焼いている間にお湯を沸かしてインスタントコーヒーを用意する。チンッというトースターの音が鳴ると、狗井は焼きあがったトーストを皿に移してバターを塗った。
    「いただきます」
    「おー、俺の分もあるいただきまーす」
    狗井の向かいに座って同じ動作をする猿渡だが、皿やカップをすり抜けてしまうので食べ物はテーブルに落ちてしまう。それを見ながら狗井は絶句した。
    「お前もう自分で食えないのな」
    「人のこと赤ちゃんみたいに言うな!…けどまぁ…そうだな、仏壇に一旦置いてみてくんね?そしたらいけっかも」
    そういう猿渡に言われるがまま狗井は仏壇にトーストとコーヒー牛乳を置き、線香を立てた。するとさっきとは違い猿渡はトーストを手に持つことができたようで、サクッと言う音と共にトーストを齧り始める。朝日に透けてトーストが浮いているようにも見えた。
    「お前死ぬ前大食いだったけど…足りんの?」
    「んー…まぁ死んでから腹減ったなぁって思うこと無くなったし、大丈夫っぽい。」
    「そ。」
    狗井は食卓に戻ると自分もトーストを齧り始める。とっくに食べ終えた猿渡は向かいに座ると口を開いた。
    「なぁ、またあぁやってお供え物してよ」
    「二人分飯作れって?」
    「別にそこまで豪勢にしなくていいからさぁ〜、ほらおかず一品チョンって置くだけでもいいからさ、やってよ」
    マグカップのコーヒー牛乳を一口飲むとまた猿渡は続ける
    「そんで、お前の話して」
    「…俺の?」
    「そ。ただいまーって帰って来るっしょ?そしたらぁ〜…今日の事件がどうだったぁとか立川さんがぁとか色々あんじゃん?全部聞かしてよ、きっと今日が終わったら俺の返事ももう聞こえねぇんだろうけどさ。俺は知りたいよ、お前の話。」
    まだ夕方まで時間があるというのに朝日に透けて見えなくなりそうな猿渡に眉を顰めながら、狗井はコーヒーを一口飲んで口を開く。
    「…別に、今までみたいに着いてきたらいいだろ。そしたら傍で…」
    と言ったところでハッと口を抑えたがもう遅かった。にやぁと笑った猿渡がこちらを見ている。
    「なぁにぃお前、俺が傍に居んのが当たり前になっちゃったんだ?横で見てて欲しいの?ん?」
    「っるせぇなぁ!!お前が四日もいるから!!ずっと横で当たり前みたいに喋ってるしっ………生きてる頃と全然変わんねぇじゃん………」
    たった四日、慣れたはずだと思っていた相棒の死から全く立ち直れていなかったことを自覚してしまった。隣で馬鹿みたいに笑い茶化す姿に安心した、この非日常が続くものだと思ってしまった。今まで飲み込んでいた言葉が一気に漏れ出てしまった瞬間だった。猿渡は少しの間沈黙するとニッコリと笑って見せた。
    「馬鹿はどっちだよ、俺はずっと傍にいたぜ。ただお前が見えなかっただけで」
    「ッ…」
    「俺はさ、お前と話すの好きだからさ。飯食うのも好きだから、いっぱい聞かせてよ。どうでもいいことでもいいからさ、自販機で当たりが出たとか」
    「…出たことねぇよ」
    「あ〜運悪そうだもんなお前」
    「ぶっ飛ばすぞ」
    「おうやってみろや受けて立つわ」
    生前の頃のように全く変わらない掛け合い、口喧嘩。昂っていた感情が自然と落ち着くようだった。
    「…俺が話したって返事聞こえねぇじゃん」
    「そこはさぁ…なんかこう…ニュアンス的なさぁ…感じて」
    「ハッ、ゴリ押しかよ」
    椅子に座り直してトーストを齧り、コーヒーを飲む。変わらない朝だ。明日から猿渡が居ないだけで。
    「…俺またお盆に来るからさ、作ってよ馬と牛。」
    「…おう」
    「ついでに味噌置いといて」
    「お迎えの馬を食うな」
    そんなやり取りをしてる間に、日はあっさりと暮れていった。日が落ちるにつれて、光に溶け込むように猿渡の姿が見えなくなっていく。声もだんだん分からなくなっていった。仏壇前の物が浮いているのを見て、ああそこにいるんだと感じることが出来たぐらい。夕方になった頃には何も動かなくなり、聞こえなくなった。姿もすっかり無くなった。
    「バイバイも無しかよ」
    ぽつりと呟いた言葉に返事は無い。
    「…寂しがり屋のお猿ちゃんは俺とお話したいんだって?仕方ねぇなぁ……これからこうやって独り言言うのに慣れなきゃいけねぇのかよ」
    そう言いながら狗井は薄く笑って線香に火をつけた。額縁の中の猿渡は相変わらず笑っている。

    次の日、八月十七日お盆明け。
    狗井は立川と廊下ですれ違った。
    「おはよう狗井くん。…何かいい事あった?」
    「?いえ別に…なんでですか?」
    「前より顔色が良いから…かしら。まぁ体調が良さそうなのはいい事ね、今日からもよろしく」
    「はい」
    今日もきっと激務なのだろう。見回りに行く為、狗井は車の鍵を取りに行くと別の課の同期とすれ違った。
    「…人殺し」
    すれ違いざまに確かにそう言われた。…自分の過去を思えばそう言われるのは当然か、と思ったその時背後で男の情けない悲鳴が聞こえてきた。驚いて振り返れば、先程悪口を言ってきた同期が顔面から廊下で転んで居たのだ。
    「…大丈夫か?」
    「〜ッうるせぇな!ほっとけよ!」
    顔を真っ赤にして走り去る姿を見てなんだか少しスカッとした気持ちになった時、したり顔でこちらを振り返りピースをして見せる猿渡の姿が見えたような気がした。
    「…アイツならやりそうだな」
    きっと足でも引っ掛けたのだろう、なんて考えて薄く笑うと狗井は鍵を手に取りパトカーに乗り込んだのだった。
    次の夏までに、今日の帰りまでに沢山話すことを考えておかなければ。
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