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    おとなし

    テイルズ名物村焼き

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    おとなし

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    続きものです。タイトルは仮です。
    二度目の建国からちょいあとくらい。

    #シンジャ
    thinja

    花のはなし① 土壌調査が終わったころにシンが持ち帰って来たのは、戦争で焼け出された人々と、船に乗る限りの物資と、シンドリアでは生きていけない一株の花だった。官民総出で仮設居住区の振り分けと荷上げに追われる傍ら、船着場に降り立ったシンが手ずから取り出したその植物の第一印象は、玄人庭師が好みそうな地味な花。麻袋に入った土に根を張ったちいさな花は、隅々まで潤いをたっぷりと閉じ込めているのがひと目で分かるのに、重たげな花頭を地面へ向けうなだれている。
    「その花、元気がないですね。船旅が堪えたのでは?」
     やわらかな表現に留めたのは、萎れた花をお披露目したシンが胸を張って得意げにしていたからだ。まあ、このひとは常日頃から意味もなく、人前では得意げにしているのだけれど。
    「違う違う、こいつはな、俯いて咲く花なんだ」
     久しぶりに国土を踏んだシンが桟橋に置いた花を見下ろしてはにかみ、続けて「涼しい土地の植物だから、ここに馴染まんのは確かだが」という主旨のことをいつもの顔で言った。わたしはシンの、このいつもの顔がいっとう好きなのだが、あいにく物事には外面と優先順位というものがある。荷下ろし作業の指揮を取る傍ら、軽い相槌を打つに留めた。
    「はあ。そうですか。変わった花もあるものですね」
     興したばかりの国とは言え、みなの前で泣いてお帰りなさいを言える時期はとうに過ぎている。船員から受け取った帳簿と実際の荷を照らし合わせつつ、努めて事務的に対応するわたしを見咎めたのか、シンが心外そうな声を上げた。
    「最後のひと鉢だったんだぞ。この所の異常気象で、大陸で自生しているものはほとんど失われたそうだ。だから、もしかすると、ほんとうにこいつが世界で最後のひと鉢になるかも知れんのだ」
    「おや、ではそれはあなた自らがお求めになったものなのですか」
     花に興味を示したことのないシンが放ったひと言は、わたしの興味を積み荷から移すに十分だった。シンが心を砕くものには興味がある。帳簿から目を離し、彼の足元に置かれた花へ視線を投げる。麻袋の部分まで含めると、背丈は二十センチほどだろうか。実肥えのための肥料が混ざった土に植わっているその花は、完成されたひとつの世界を持って咲いているようにわたしの目に映った。太く瑞々しい茎から伸びる深緑色の葉は他の花より幾分か厚ぼったい印象で、披針型の葉の先端はほんのすこし丸みを帯び、やや硬い質感をしている。太い茎から分かれた枝に連なって咲く花はどれも大振りで、お椀型の白い花が、花びらを幾重にも重ねた状態で連なっていた。花びらの外側は純白。中心に近づくにつれ淡いグリーンの色が入ってくるのだが、そのどれもが俯き、地面のほうを向いて咲いているので、花の全貌を眺めるためには腰を折り、下から覗き込まねばならない。わたしが腰を屈めてしげしげと花を見る間、シンはやはり得意げに桟橋に立っていた。項垂れた白い花びらに人差し指で触れると、ひやりとした冷気が肌に纏わりついてくる。南国のこの土地で、雪に触ったような心地だった。ふしぎに思ったわたしが顔を上げると、シンが胸飾りの金属器を示して頷く。
    「ブァレフォールだ」
    「なんとまあ、VIP待遇ですね」
     つまり、この花はブァレフォールの冷気と停滞の力に守られ、南国のシンドリアで春を謳歌しているという訳だ。発した言葉に呆れが含まれていることを察したらしいシンが、肩を竦めて言った。
    「実は、この辺りの海域に入った途端萎れてしまったんだ。暑いからなあ」
    「あなたもお疲れでしょうに。……魔装の無駄遣いでは?」
     言わずにはいられなかった。それでなくとも、帰国したばかりのシンの髪は潮風で痛み、度重なる航海で肌は焼け、衣装は砂埃にまみれている。いつも通りに振る舞っているけれど、隠しきれない疲労が顔に滲んでいるのだ。一刻も早く身体を休めて貰わねば。
    「そう言うな。花の周囲を覆うだけの、限定された、ごく小さな魔法だよ。魔力消費など微々たるものだ」
    「まったく、あなたときたら。花にも人にもお優しい」
     視界の隅で、武官に先導された難民たちの一団が、列を成し歩いてゆくのが見える。わたしはもう一度足元の花へ視線を落とした。花というものは例外なく太陽のほうを向いて咲くものだと思っていたけれど、俯いて咲くこの花は、シンという太陽にこうべを垂れ、完結したちいさな世界で生きているのだ。まるで、この国の在り方をまるごと写したように。
    「花の咲き方もいろいろあるんですねえ」
     ただ、これほどちいさな背丈の花とあっては、愛でる側にそれなりの知識か観察眼が求められる。その姿形をじっくり観察して、ひけらかされることのないうつくしさに気付いてはっとするような、密やかな輝きを内包した命。はじめて目にする花のうつくしさに慰められつつも、わたしは頭の中でそろばんを弾いていた。希少種とは言え、こうも分かりづらいと愛でる側がそれなりの余裕を持っていなければならない。増やして流通させたとしても大した金にはならなさそうだ。花なんてのは、華美なかたちで、大輪で、色がはっきりしていて、香りがいいとか、薬になるとか、そうでなくともひと目見てその美しさが分かり、育てやすいものが金になるに決まっている。
    「ジャーファル、お前いま金勘定をしたな」
    「いえ。そんなことは」
     ありましたけど。一応かぶりを振ってみせたものの、シンはわたしの思考なんかまるっとお見通しだ。
    「せっかくだからお前にも見せてやろうと思ったのだが、うちの政務官は花にはてんで興味がないと見える」
     年若い王は高い鼻をツンと上向きにして、気分を害した素振りをして見せた。しかし、あくまで素振りだ。海風に巻き上げられた長髪がふわりと宙を舞い、そこから覗く口元がやわらかく緩んでいるのだから。このひとは時折、こういうコミュニケーションの取り方をして構われたがる。わたしはシンへ向かって手のひらを合わせ、恭しくこうべを垂れた。
    「それはそれは。光栄です、我が王よ」
     花に引けを取らない礼であったはずだ。べつに、花に張り合うつもりもないが。
    「うむ」
     傅かれたシンはころりと表情を変えて頷き、王様然とした顔で、では仮設居住区のほうを見に行こうと言う。まずはお休みになってはどうですかと提案したけれど、右から左に流されてしまった。
    「休む暇などあるものか。みなが俺を待っているのだから」
     シンは荷物の振り分けに当たっていた文官のひとりを呼びつけ、花の回収を指示して踵を返し歩き始める。わたしもそれに続いた。南国の日差しを反射する白壁の家々が王の帰還を寿ぐように輝いていて、それがまぶしかった。この国の民家の壁には内にも外にも白い石灰が塗り込められていて、内壁は分厚い壁で暗くなりがちな屋内を明るく見せ、外壁は強い太陽光を反射する工夫がなされている。暑さを避けるために入り口や窓は小さい。この施工が正解かどうかは、入植して日の浅いうちはまだ分からない。ある程度の年月をかけて最適化を進めていくしかないのだ。この事業は、ほんとうに、あらゆる意味で骨が折れる。
     坂道を登り切ると眼下になだらかな平野が広がった。船旅を終えた人々が仮設テントに振り分けられ、肩を寄せ合い腰を落ち着けていく様子が伺える。開拓者であるシンは逞しい腕を胸元で組み、揚々と言った。
    「留守をしているうちに、この辺りはだいぶ拓けたな」
    「ええ。しかし、まだなにもかもが足りません。……と言うか、足りる未来が想像できませんね」
     王は、行き場を失ったあらゆるものをシンドリアという器に容れてしまう。このまま開拓を続けても、近い将来どん詰まりになる予感さえする。先行きを憂うわたしに気づいたのか、おおきな手のひらで拳を作ったシンが、右肩の辺りをトンと小突いて来た。
    「大丈夫。俺がなんとかしてみせるさ」
     潮風に吹かれたシンの白い衣装が宙にはためいた。シンドリアの青空の下にあって、その白は人々の目を大いに引いたようだ。坂の上に佇む王の姿を認めた平野の人間たちが、誰に合図されるでもなく、次々に頭を下げ始めた。戦争に疲れ切り、何かを亡くし、シンに導かれてやって来た行き場のない人々だ。彼らは太陽にこうべを垂れる花のように王へ傅き、シンはそれに片手を上げて応えた。
     ここでしか生きられないものにとって、このひとはたしかに、頭上で輝く太陽なのだ。



    続く
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    おとなし

    DONE「シンドバッド少年の憂鬱」の後日談、子ジャちゃん視点の話です。あと一話の予定でしたが分かれてしまいました。読んでくださっている方がおられましたらごめんなさい。
    この話単体では健全ですが後編は年齢制限が入ります。

    ※倫理的に問題のある描写を含んでいますが該当行為を推奨するものではありません。
    ジャーファル少年の憂鬱 前編 二日ほど寝込んだあいだに、雪はすっかり溶けていた。寒々しくきれいな冬の朝は、呼吸をするだけで病み上がりの肺を洗うようだ。分厚い窓ガラスの結露を手のひらで拭うと、なめらかな藍色に沈んだ寒々しい街並みを、昇りくる朝日がまばゆい白に塗り替えてゆくのが見えた。屋根の上を走る朝焼けが議事堂の尖塔を照らし、そこから落ちた影がまっすぐに商館へ伸びて来ている。次いで商館沿いの大通りを見下ろすと、ボロを着た新聞配達の子どもが尖塔の影をくぐり息を切らせて駆けていくのが視界に入る。遠目から見てもあっちのほうが上背があるけど、たぶん同い年くらい。この時間、あの子はいつも山盛りの新聞を両脇に抱えて南へ走ってゆく。普段通りの光景。私が寝込んでいた間も、街の時間は日々同じように流れていたに違いない。
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