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    ユウリ

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    ユウリ

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    拗ねてるケイ×鈍感なヒース

    めんどくさい彼氏 反省はしている。
     そう言ったって返事はない。威圧感のある顔立ちをしていることは理解しているだろうに、笑みのひとつも浮かべずにソファに座り込んでいる。
    「ケイ、聞いてるの。悪かったって言ってるよね」
     とても謝罪しているようには聞こえないが、これでもヒースなりの謝罪である。反骨精神溢れる彼にできる最上級の謝罪は、これなのである。そんなことはケイが一番よく知っているはずだが彼は相変わらず無視を決め込んでいる。許す気なんてさらさらないという心の表れだろうか。めんどくさいなと思わずにはいられないヒースだが、原因が自分にあることもわかっている。嫌だとしても自らケイの部屋に足を運んだ以上、踏ん張るしかないのだ。
    「……デート、忘れてたわけじゃない」
     その言葉にケイは少し動揺したような素振りを見せたが、またすぐに険しい顔へ戻ってしまった。忘れていなかったのならばなぜ、くらい聞いてくれたっていいじゃないか。それすらしないケイに若干の苛立ちが募る。
    「言っとくけどさ、アンタも悪いよ。公演の次の日なんて、オレが歩けるはずないって分かってるだろ」
     一昨日のステージは盛り上がった。それはもう盛り上がった。そして体の調子も良かったのだ。
     いつもはどうしても難しくて軽く流してしまうステップも、堂々と踏みながらリリックを刻めた。MCが踊る必要なんて、と思っていても、あの場で必要な振りだったことは確かなのだ。証拠に仲間の士気がぐんと上がったのを肌で感じた。ラストスパートで狭まらない気管もぐらつかない視界も、何もかもが最高のステージだったのだ。
     結果ヒースは寝込み、本来昨日あったはずのデートをすっぽかしたわけだが。
    「ちゃんと謝ってるだろ。会いにまで来て。あと何がほしいんだよ」
     ちょっとやそっとじゃ謝らない自分が、既に何度も謝罪をしている。ステージの疲労が残る身体を引きずって気後れするほど立派なこのマンションへ足を運び、誠心誠意謝っているのだ。プライドズタボロである。
     だと言うのに、この男はこちらを見もしないのだ!
    「……オレが全力出さないで、サキに半端なステージ見せた方がよかったの」
    「違う」
    「じゃあなんなの……」
     もう思い当たる節はない。と言わんばかりにヒースは天井を仰いだ。天井という日本語が似つかわしくない、白く美しい天井である。蜘蛛の巣のひとつでも張っていればそれを笑ってやれたものの、そんなものは見受けられない。当然だ。自分が来た時のために、この男は常に部屋を清潔に保ち続けているのだから。高そうな香水の匂いさえなければ、病院と変わらないほど。
    「……貴様が、体力の残量を見誤り体調を崩すことは予測していた。いつも以上のパフォーマンスだったのだから当然だ。早希に無様な姿を見せなかったことは褒めてやろう」
    「わかってるなら何に怒ってんの」
     それはそれとしてデートをすっぽかされたのはムカつく。なんて言い出すんじゃないだろうなとヒースは戦慄する。そんな女々しく自分勝手なことを言われたらさすがに愛想を尽かしてしまいそうだ。いや、ケイが自分勝手なのはいつものことか。
    「ヒース」
    「なに」
     数分の沈黙の後に話しかけられ、ヒースは少し乾いた喉で返す。けれどケイはまたしても無言になり、どこか鎮痛な面持ちでいる。
    「もう帰っていい?」
     謝罪はした。ケイは喋らない。一昨日の疲れはまだ尾を引いていて、立ちっぱなしも苦しい。そんな状態でまだここにいる理由もないだろう。今だって、ケイはこちらを見ようともしないのだ。
    「帰る。……そんな目で見るな」
     なんて嫌な男なのだろう。黙りこくって時間を無駄に潰してくるくせに帰ると言った途端捨てられた仔犬のような目でこちらを見てくるではないか。それに絆されてしまう自分も大概だが。
     ヒースは深いため息を吐きながらケイの側に歩み寄り、そのまま彼の膝に腰を下ろした。その下はソファのため少々乗り心地は悪いが、太い腕が腰に回っているから落ちることはないだろう。それをいいことにヒースはケイの肩口に頭を乗せ、不機嫌を隠さずに口を開いた。
    「言いたいことがあるならさっさと言ってくれる? オレ、昨日家に帰ってないから早く帰りたいんだけど」
    「それだ」
    「……は?」
     食い気味に短く言葉を発され、ヒースは呆けたような声を出した。それ、とはどれのことかと思考を巡らせる間も、ケイは面白くないといった表情で言葉を続ける。
    「どうせ寝込んでいるのだろうと貴様の家に赴いたが、チャイムを鳴らせどメッセージを送れど貴様は応えなかったな。どこで何をしていた」
    「どこってリコの家に泊まってた……あ、そういうこと」
     要はただの嫉妬か。言われてみれば確かに、どこで誰の世話になっていたかなんて一度も伝えていなかった。ケイの不機嫌の理由がわかったヒースはたかだかそんなことで……と思わずにはいられないが、そんなこと程度ではなかったのだ。少なくとも、ケイにとっては。
    「なぜ他の男の元へ行った」
    「別に、オレがふらついてたからリコが泊めてくれただけ。リコはオレの家とか知らないし、連れて帰るしかなかった。スマホは失くした」
     一昨日の公演前にはあった気がするから、おそらくスターレスにあるだろう。リコ自身も公演で疲れていたのだ。他人の荷物にまで目が行くはずがない。
     そうして連れ帰られたリコの部屋でソファを借りて眠り、そのまま一日動けなかったわけだ。連絡なんて取りようがないのである。
    「もういい? わかったでしょ」
    「俺を呼べばよかっただろう」
    「アンタ非番だったろ。拗ねるなよ」
     めんどくさいな、と思いつつヒースは形のいい頭を撫でながら機嫌を取ってやる。尖らせた唇にはキスを、腰に回った手には手を重ね、熱を分け与える。
     アンタ以外なんて見てないよ、の意味を、ケイは正しく汲み取ってくれるだろうか。汲み取ってほしいものだ。ヒースは愛の言葉を持たないから。絞り出した謝罪も精一杯の愛情表現も、全てはケイのためにある。
     しばらく繰り返していると無事に通じたのか、ケイの眉間からはシワが消えていた。
    「今後はいついかなる時でも俺を頼れ」
    「やだ」
     本気なんだか冗談なんだが、この男が言うと判別が付かない。けれどおそらく本気だろう、空色の瞳が真っ直ぐこちらを見抜いてくる。だからこそヒースは冗談だと受け取ることにした。頼りっぱなしなんてごめんだ。そうなったら、ケイは誰を頼るのだ。
    「ねえ、もういい?」
     寂しい思いをしてたアンタを、甘やかす準備はできてるよ。


     そう言った結果、今度はケイの家で寝込むこととなった。
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