死体愛好家じゃなかったようだ。 昼過ぎの大型ショッピングセンターは凄い賑わいを見せていた。何処を見ても人、人、人。
デイモスの引くスーツケースが、持ち主の意思に反して左にふらつき、人にぶつかる。タイヤ軸の調子が悪くなっているらしい。ぶつかられた人から小さく舌打ちが漏れるのを気にも留めず、デイモスは呑気に「ドーナツ買ってきていいか?」と、相棒であるサンフォードに聞いている。
「よくもまあ、こんな時にドーナツなんか食えるよな」
「あんなに動き回ったんだぜ?小腹くらい空くだろ」
"Even Homer sometimes nods. "(ホメロスでもたまにはヘマをやる)というべきか……サンフォードとデイモス、二人に課された任務は、敵組織に捕まったハンクを救出する事だった。
二人はショッピングセンターの地下で、少々暴れてきたばかり。
薄暗い部屋、椅子に縛り付けられ脱力するハンク。その周りにいた10人程の敵を1人残らず蹴散らしてきた。
サンフォードが自分の腕の臭いを嗅ぐ。血を落とす為にシャワーは浴びたが、まだ鉄臭さが身体にこびりつき残っている。
「お前も食べるよな?コイツの分も買ってやるし悪くないだろ?」
デイモスがスーツケースを蹴る。中には肉塊になったハンクが詰め込まれている。楽に運ぶためにサンフォードがハンクの身体をチェーンソーでバラしたのだった。パーツごとに分ければ現地調達したスーツケースでもなんとか収まるものだ。
「仕事終わりは辛口のビールに限る。つまみにナチョスがあると更にいい。チーズソースをたっぷり乗せた、な」
「知っているか?チーズソースは身体に悪いんだってよ」
「ドーナツも身体に悪いだろ」
「真ん中に穴があいている分マシなんだよ!」
行ってこい、とサンフォードが面倒臭そうに手を振る。
「俺は車で待っている。早く戻ってこいよ」
「オーケーオーケー。ハンクも窮屈だろうしな!」
サンフォードがデイモスに背を向けた……その時だった。
サンフォードの傍をフードを被ったグラントが素早く通り抜ける。そして衝突音、デイモスの怒号。
振り向くとフードを被った男が、デイモスに体当たりしているところだった。バランスを崩したデイモスの手からスーツケースが離れる。
「おい!!」
サンフォードがスーツケースに手を伸ばすが遅い。フードの男はスーツケースを掴み走り出す。
「デイモス!飛べ!」
サンフォードの声に、デイモスが反応しグラントに飛びつこうとするが一歩届かず。
スーツケースを奪ったフード男は、騒ぎによって集まってきた多くの人達に紛れ、見えなくなった。
転がるデイモスが床を殴る。
「クソ!なんだアイツ!」
「悔しがっている場合か?追うぞデイモス。アレは大切なものだ」
「死体愛好家には高値で売れるだろうな」
「へへっ……やったぜ」
男は無意識に小さくガッツポーズをする。男にとって、初めて成功した盗みだった。
手にしたスーツケースはところどころに擦り傷や凹みができ、タイヤが一つ取れてしまっている。それをここまで引きずって持ってきたからには、地面に摩擦痕ができているはずだが、男はそれに気がつかない。少し離れたところまで逃げてきたのだから、追い手はこないだろうと余裕の笑みを浮かべ、友人に迎えを頼む連絡を入れていた。
ふと、男はスーツケースの中身が気になり始める。重厚感のある黒く大きなスーツケースはいかにも「金目の物が入っています」とアピールしているとしか思えなかった。持ち主はガタイのいい男。それもこのスーツケースを狙った理由だった。金になる物、または札束そのものを守っていたに違いないのだ。きっとそうだ。
友人が迎えにくるまで少し時間がかかる。期待に膨らむ胸が背中を押す。ここで中身を確認しよう…・。
放心するフードの男。その状態では近づいてきた2人の影など気がつくはずがない。
肉が潰れ、骨の折れる嫌な音が響く。
「コイツは返してもらうぜって、ボロボロじゃねぇか!」
「素人に荷物を奪われるとは、気を抜きすぎだ」
「だってハンクだぜ?しかも死体。おやつや酒だったらもっと注意して運んでいたんだけどな」
…………。