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    にずみ

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    にずみ

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    なぎれお 凪玲 ngro
    「福音の鐘は俺が鳴らしてやろう」
    ・🟦⛓️プロジェクトを終え、ngroは🏴󠁧󠁢󠁥󠁮󠁧󠁿に、znttは🇫🇷に渡る前のお正月の話
    ・ng→←roのroとznttの話 ng不在

    約束もなく突然znttの家を訪れたro。理由も話さず初詣に誘うroの様子はいつもと違うようで…

    福音の鐘は俺が鳴らしてやろう インターホンが鳴り、手の離せない家族の代わりに玄関を開けると御影玲王が立っていた。いきなり斬鉄が出てくるとは思っていなかったのか、一瞬驚いた表情を見せてから気さくに、よう、と玲王は手を挙げた。見間違いかと思い眼鏡を外して、再びかけ直す。レンズ越しに見えたのはやはりどこからどうみても御影玲王だった。見慣れた青い監獄の練習着ではなく、大人っぽい私服を身に纏う玲王は斬鉄の行動に笑う。笑顔は見慣れたものだった。
    「眼鏡外したって変わらねえっつーの。お前、伊達眼鏡だろ」
    「それもそうか」
     玲王を玄関に迎え入れる。玲王はお邪魔します、と行儀よく挨拶をした。
    「どうして俺の家がわかったんだ。教えたことないだろう」
    「ん? スマホで『埼玉県 剣城歯科医院』で調べたらすぐ出てきたからここらへんかなって。前に実家が歯医者だって言ってたじゃん」
    「確かに。俺の家は歯医者だ」
    「それに」
    「それに?」
     玲王の行動力に感心していると、彼はポケットからスマホを取り出して少し操作した後、斬鉄へ手渡す。
    「Googleマップのストリートビューでお前が写っていたから」
    「なんだと……俺だな、これは」
     半信半疑で覗き込んだ画面の中では、幼き日の斬鉄が自宅の周囲を走っている様子が写っていた。しっかりと腕と脚の上がったランニングフォームがばっちりきまっている。顔の周囲はうまくぼやかされているが、わかる人には斬鉄だとわかるシルエットだ。
     斬鉄から受け取ったスマホを操作し画面を消した玲王がにやりと口角を上げた。
    「お前、小さい頃から全然変わってねえのな」
    「変わっただろう。メガネをかけ始めたぞ」
    「そこかよ。それでいいのかよ」
     馬鹿だなあと笑う玲王とのやり取りにどこか懐かしさを覚えてしまったが、玲王と最後に顔を合わせたのは年越し前、まだ冬の寒さが本格的になる前だったはずだ。青い監獄プロジェクトが終了し、各々の進路が決まってからも定期的に再収集をかけられている中で、元チームメイト同士でまとまって練習することは少なくなかった。斬鉄は大方玲王と、ここにはいない凪と共に練習することが多かった。そこまで考えを巡らせてから、玲王と凪が一緒にいない場面を見るのは初めてかもしれないと、ふと気づく。
    「玲王、今日は…」
    「なあ斬鉄、これから何か用事ある?」
     遮るような玲王の問いかけに、開きかけていた口を閉じて本日の予定を思い出す。意味もなく腕を組んで考える素振りを見せるのは、こうしたほうが頭がよく見えるからだと斬鉄は何かで学んだはずだった。
    「確か……、何もないな」
    「ないのかよ。じゃあ、俺と初詣行こうぜ」
    「お前と?」
    「嫌? あ、もしかしてもう行っちゃったとか」
    「嫌ではないが…」
     じゃあいいだろ、と玲王は斬鉄の腕を掴んだ。縮んだ距離にすぐ傍で甘い香りがして、香水でもつけているのかと思った。格好といい香水といい、斬鉄の知る玲王ではないような気がしてしまうが、斬鉄の言葉に笑うところや少し強引にも思える仕草はやはり斬鉄の知る玲王その人だった。今すぐにも出発しそうな勢いに、少し待っていてくれと伝えると、外で待っているからと玲王は扉を開いて出ていった。
     初詣をしたくてわざわざここまできたのだろうか。まさか、東京には神社がないのか。その可能性に行きついてしまい、あとで玲王に確認しようと胸に留めた。出かけるための準備の傍ら、外出することを家族に伝えるためにリビングに寄り道した。


     剣城家の近くには小さいが神社があった。三が日も終わり初詣のピークが過ぎているからなのか、小さい神社だからなのか人影はまばらだ。道中で玲王に確認すると、東京に神社がないわけないだろ、と苦笑していた。やっぱり斬鉄は馬鹿だなあ、と小さく呟いた玲王は何かを嚙みしめるように斬鉄を見上げていた。
     鳥居を通り抜けたところで帰り道らしい近所の人に挨拶をされ、立ち止まり新年の挨拶を返す。斬鉄から視線を移した隣人は玲王を見ると、かっこいいお友達ね、と少し見惚れたように呟いた。褒め言葉に照れる様子もなく玲王は人好きのする笑顔でありがとうございます、と返していた。
     作法に倣ってお詣りをする。願うことは毎年同じだ。世界一のサッカー選手になれますように。足がもっと速くなりますように。今年はその他に、フランスでの新生活がうまくいきますように、と付け加えた。己の夢は自分の手で叶えるものだが、こういう時くらいはいいだろう、と勢いよく合わせた手に力を込めながら願った。
     斬鉄が顔を上げると、既に玲王は顔を上げており、斬鉄のことを見つめていた。集中していたところを見られ少し気まずく思いそっぽを向きながら、何気ないように口を開く。
    「玲王は何をお願いしたんだ?」
    「内緒。人に言うと願い事叶わなくなるぞ」
    「そうなのか。……言うところだった」
     斬鉄は咄嗟に手で口を塞いだ。玲王は、はは、と笑う。仕方がないな、というように眉が下がって瞳が細められた。
     その様子にやはり違和感を覚えて、斬鉄は立ち止まった。参道を引き返そうとして一歩先を行く玲王も立ち止まる。
    「斬鉄?」
    「どうしたんだ」
    「何が?」
    「玲王、今日のお前は元気がないように見える」
     斬鉄の知る玲王は、斬鉄の間違った言葉遣いや発言に笑いながらもはっきりと訂正をいれてくるような奴だ。今日みたいに曖昧に笑うような、何かを諦めたような玲王の表情を斬鉄は見たことがなかった。玲王の瞳がほんのわずかに見開かれて、睫毛が揺れる。
    「…気のせいだろ」
     咄嗟に視線を逸らした玲王は、これで終わりというように前へ向き直り歩き出そうとする。それすらわざとらしく感じ、斬鉄を置いていきそうな背中に言葉を投げかけた。
    「何年お前と一緒にいたと思ってる」
    「…そんなには一緒にいないんじゃないか」
    「お前は連絡もなしに急に来るような奴じゃない」
     玲王の動きがぴたりと止まった。大きく息を吐き出して肩の力を緩ませた玲王は、再び斬鉄の方を振り向く。
    「斬鉄に見抜かれるなんて、俺もまだまだだな」
     振り返った玲王の瞳は、先ほどよりもわかりやすく寂しさを滲ませていた。

     玲王と斬鉄は境内の中のベンチに腰を下ろした。随分と年季の入ったそれは体重をかけると嫌な音を立てたが、座るだけなら十分だろう。二人の手には自動販売機で買ったお汁粉が握られていた。飲んだことないんだよな、と玲王が言った。自動販売機を利用する玲王は想像がつかないな、と言うと、俺だって使うよ、缶を手渡しながら玲王が笑った。缶のあたたかさで暖をとっていると、無言を貫いていた玲王が意を決したように口を開く。
    「凪と、喧嘩した」
    「なんでだ」
    「…イングランドに渡ってから一緒に住もうって言われて、俺が断ったから」
    「なぜ断るんだ。俺もお前たちは一緒に住むものだと思ってたぞ」
     斬鉄は渡英してから凪と玲王は一緒に住むものだと信じて疑わなかった。第三者の斬鉄でさえ驚いたのだから、当事者の凪はもっと驚いたことだろう。凪が驚いた表情をしている姿は想像できないが。
     その言葉を予想していたのか、横目で斬鉄の反応を確認した玲王は前を向いたまま話を続ける。
    「あっちにいったら凪はもっと注目されて、モテるだろ? あいつが彼女作って家に呼び込んだりしたら嫌じゃん。気まずい」
     確かにそれは嫌だ。斬鉄でも御免である。しかし話の本質はそこではないだろう。玲王はわざと本質から目を背けている。
    「それだけか?」
     問い詰める言葉に熱が入る。眉間に皺を寄せた斬鉄に、玲王は肩を竦めた。
    「斬鉄今日鋭いじゃん。何か変なものでも食った?」
    「お前が来る前に家族でやった桃鉄で一位をとったからな。そのおかげだろう。今の俺は冴えている」
    「うわ、お前がキングボンビー引いてるの見てみてえわ」
    「なんだと」
     冗談だって、と玲王は笑う。手元のスチール缶の中身が笑う動きに合わせて揺れる。中身が半分ほどになったそれをベンチに置いて、玲王は立ち上がった。座ったままの斬鉄を見下ろして、やがて諦めたように話し出す。
    「俺が凪のこと好きだから、嫌なの。他の奴と一緒になるあいつのことを見るのが」
     そう言って、玲王はくるりと後ろを向いた。視線の先は先ほどお詣りをした拝殿がある。玲王は何を願ったのだろうか。玲王の話し声はいつも通りで、今まさに彼の口から滑り落ちた言葉も内容の重大さに反して世間話のような軽さで、しっかり耳を澄まさないと聞き流してしまいそうだ。
    「相棒として隣に並ぶために、俺は俺のままでいたい」
     告白というよりかは懺悔のような玲王の発露に、斬鉄は驚かなかった。何をいまさら、と思ってしまうくらいだ。玲王が凪を好いていることは、斬鉄にとっては息をするくらい当たり前のことだった。
    「凪に気持ちを伝えないのか」
     玲王は首を振る。滑らかな紫色の髪が揺れた。相変わらず顔は見えない。
    「凪が俺のことを好きなのはわかってるけど、俺の好きとあいつの好きは違うから」
    「…そうなのか」
     そんなわけないだろう、と斬鉄は思う。なんなら玲王が好きになる前から、凪は玲王のことが好きなのだろうと斬鉄は感じていた。青い監獄で斬鉄が凪と玲王とはじめて出会った時からすでに、凪が玲王にむける視線は他者にむけるものとは全く異なる性質を持っていた。人間とは、他人に対してこんなにも熱のこもった視線を送れるものなのか、と思うくらいには。
     今、玲王が斬鉄に言った言葉をそのまま凪に伝えればいいのに、と思う。言葉は思っているだけでは伝わらない。
    「玲王、今俺が何を考えているかわかるか?」
     急な斬鉄の問いかけに玲王は振り向き、首を傾げた。玲王に倣って空き缶をベンチに置いて立ち上がると、斬鉄は玲王の近くへ歩み寄る。無言で近づく勢いに圧されたのか玲王は数歩後ろへ下がった。数歩分空けて、斬鉄と玲王は対面する。
    「お前が考えてること…? お汁粉もう一回飲みたいな、とか?」
    「違う。お前らに幸せになってほしい、だ」
     玲王は目を見開いた。男にしては大きな瞳から、紫色がこぼれ落ちそうだ。
    「俺の考えはわからないだろう」
    「わかるわけないだろ」
    「凪も同じだ」
    「…っ」
    「確認しなければ何を考えてるかわからないのは、凪も同じだ」
     玲王のほうへ右手を伸ばす。握り拳で玲王の胸元をとん、と軽く叩いた。
    「頑張れ、玲王。骨は捨ててやる」
    「そこは拾う、だろっ。ばかざんてつ…」
     ぎこちなく笑顔を見せた玲王の瞳に水の膜が張る。目尻から雫があふれてそのまま頬を伝っていき、顎から滴り落ちるのに時間はかからなかった。止めどなく自身の瞳からあふれ出る涙を、玲王は手のひらですくうように拭っている。その目元に手を伸ばしそうになって、拭うのは己の役目ではないと気づき、中途半端に行き先をなくした斬鉄の手は黙ってポケットの中に仕舞われた。玲王はぱちぱちと瞬きをして不思議そうにその光景を眺める。
    「悪い。ティッシュもハンカチもなかった」
    「ふふ、もとから期待してねーよ」
     でも、ただ、ここ貸してよ。玲王は小さく呟いて二人の距離を詰めると、斬鉄の肩に自身の頭を預けた。右肩に重みとぬくもりが寄り掛かった。視界の端で紫の髪が揺れている。何分そうしていただろう。背中を撫でるのは違うような気がして、ただ玲王の好きなようにさせた。


    「急に来て悪かったな」
     改札内へ入場し終えた玲王はすっきりとした表情を浮かべて斬鉄へ詫びの言葉を述べた。境内で見せた弱々しい姿が嘘のようで、あれは夢だったのではないかと感じるが、玲王の目尻が赤く染まっているのが現実であることを物語っていた。
     その点には触れずに、斬鉄は眼鏡のブリッジをぐいと押し上げ口を開く。
    「また来い。今度は凪とな」
    「わかってるよ! お前も東京来いよ。俺の高校案内してやるから。…あ、俺らの高校、進学校だから馬鹿な斬鉄くんは入れないかもな!」
    「馬鹿って言うな!」
     定番の応酬に顔を見合わせて笑う。玲王の笑顔は元通りだ。出会ったばかりの王様のような自信を持ち、人を引き付ける輝きを放っている。
     ホームに電車が入線するアナウンスが入り、玲王が手を振りながら立ち去る。その背中が見えなくなるまで見送った。
     斬鉄にとって、凪と玲王は隣にいることが当たり前だった。青い監獄ではじめて斬鉄の実力を認めてくれた凪と、その実力を活用する術を与えてくれた玲王には、面とむかって伝えたことはないが感謝していた。それを抜きにしても二人には隣にいてほしかった。そうあるものだと思っていたし、そうであってほしいと今でも思っている。
     発車した電車に向けて、見ていないとわかりながらも手を振る。斬鉄は面倒くさい友人たちの嬉しい知らせを待つことにした。
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