その距離は遠く「はああーーーーーー……」
ベッドに倒れ込んでから、大きなため息がさっきから止まらない。体の向きを仰向けに変えて、天井に向けて手を伸ばす。
アオイがブルーベリー学園を離れ、パルデア地方に戻ってから5ヶ月くらいは経った。俺がスマホを買って貰ってから週に何度か電話で連絡を取り合っていたけど、最近はメールだけだったり電話も回数が減っている。
「アオイ……どうしてっかな」
ここを去る前にアオイは言っていた。チャンピオンとしてやる事があったり、エリアゼロの様子見なんかもしなきゃいけないと。
気になるならこっちから連絡すれば良いじゃないかと自分でも思う。けど、今バトル中だったらどうする? 誰かと大事な話をしているタイミングだったらどうする? 邪魔はしたくない。きっと電話が出来ないくらい今は忙しいんだ。
「アオイ……」
会いたい。触れたい。
遠距離恋愛って、こんなに辛いのか。
開いていた手をぎゅっと握って、握り拳を胸の上にトンッと落とす。アオイの事を思うだけで心臓がうるさくドクンドクンと跳ねている。
「ははっ……付き合ったばっかの時みて」
一緒にいるだけで、手を繋ぐだけで今みたいに心臓がうるさく騒いでた。その後初めてキスした時も、触りっこした時もおんなじ。
アオイの肌はやっこくて温かくて、わや気持ち良かった。緊張してほとんど無言で触れ合ってたけど。
「——っ、……はっ」
体がゾクッと震えた。あの時のアオイの裸を思い出しただけで、体中が熱くなる。
いつになったらまた会えるだろう。いつになったらまた触れ合えるのだろう。ベッドの上に転がるスマホに手を伸ばして思わず電話を掛けそうになるけど、すぐに手放す。
「邪魔したくね……でも、まだ暫くアオイに会えねなら……欲しい、かも」
結局またスマホを握って通話ボタンを押して、いつもより長い呼び出し音が続く。出て欲しい。久しぶりにアオイの声が聞きたいと強く願いながら切らずに待つ。
やっと呼び出し音が切れて、声が聞こえた。
『っはあ、もしもし⁉︎ スグリ⁈』
「アオイ……久しぶり。急にかけてごめん」
『ううん! ほんと、久しぶり。こっちこそごめんねエリアゼロにほとんどこもりっぱなしで、電波が悪くてなかなか連絡出来なかった!』
通常のポケモンっことは違う、気性が荒くて強いのが多いあの場所にずっと居たのか。アオイは本当にすげえべ。
「えっと、今は?」
『久しぶりにアカデミーに戻る途中! 中の様子も落ち着いたから、今日は部屋でちゃんと寝ようかなって』
「そか、お疲れ様。大変だったな」
『んーん! スグリの声聞いたら何だか凄く元気になっちゃったよ!』
相変わらず元気な声に安心した。怪我や大きなトラブルに巻き込まれた感じもなさそうだ。そんな大変な事が終わったばかりなのに、俺は、今から最低なお願いをするのか。
「アオイ、こんなタイミングでごめん——アオイのえっちな写真が欲しい」
『………………えっ?』
一度言葉にして発したらもうダメだった。欲しい、アオイに会いたい。触れたい。アオイをずっと見ていたい。アオイが写った写真が欲しい。やっこいその体を、見たい。我儘な感情が溢れて、止まらなくなってしまった。
「だめ……? な、アオイ。おれっ、アオイの姿が見たくて……」
『ちょ、ちょっと待って⁈ そんなっ急に言われても……!』
「っは……アオイっ、ぐずっ……お願いっ」
『うわあああそんな寂しそうな声出さないで! 今外に居るから、か、掛け直すね……!』
+++
ブツリと強制的に通話を切られてから、1時間くらいは経ったかもしれない。スマホを片手に俺は目を閉じ、大の字になってアオイの電話を待った。
「……わやじゃ」
怒らせたかもしれない、アオイのこと。
なしてあんなタイミングで変なお願いしちまったんだろう。急に電話して、情けない声で急にえっちな写真を寄越せなんて。そりゃアオイも言葉を失って当然だ。シーツを強く握って今更遅い後悔をする。
でも我慢出来なかったんだ、アオイの声を聞いた瞬間。まだまだ会えないのなら、触れ合えないのなら、しゃ、写真で……と。
「……絶対嫌われた……っ!」
なんて言われるだろう、もし別れ話なんかされてしまったら暫く立ち直れない。頭を抱えながらベッドの上でジタバタしていると着信音が響いて、俺は正座をしながら通話ボタンを押した。
『……スグリ?』
「ごめん、変なこと言った。ドン引きされて当然だ……ほんとごめん。忘れて」
『待って待って! せっかく電話した時に切らないでよ……? 突然あんな事言われてびっくりはしたけど。わ、私のえっちな写真が欲しい……って。つまりオカズ用にって事でしょ?」
『……んんん?』
まさかアオイの口から『オカズ』なんて言葉が出るとは思ってなくて、俺は眉間に皺を寄せながら耳を疑った。
「待ってアオイ……そんな言葉、一体いつどこで聞いたんだ……⁈」
『そっちに居る時、部室でカキツバタ先輩が言ってたよ? 遠く離れてると寂しくなって、好きな子をオカズにするのは当たり前よおって』
「んなっ⁈」
明日部室で1発いや満足するまで叩き潰してやろうとブツブツ呟いているのが聞こえたらしくて、「喧嘩はダメだよ!」とアオイに止められちまった。
「カキツバタの言ってた事も、俺がお願いした事も忘れて!」
『どうして欲しいって、思ったの?』
「えっ⁈ そ、それは……その……っ、今アオイのことで、頭いっぱいで……」
アオイの静かな質問に、唾を飲み込みながら返事をする。怒っているのだろうか、電話だけじゃアオイが今どんな顔をしているの変わらない。
足が痺れてきたけど正座はまだ暫く続ける。なんなら土下座しながら通話を続けようと思ってしまうくらい、今俺の頭の中はパニックになっていた。
「アオイに会いたいって、触れたいって思ったら体が熱くなってな? 今までアオイと触れ合った時のこと思い出しながら、その……っ、でも余計に会いたいって思うようになっちまって。今度はいつ会えるのかも分からねのに……変なこと言ってんのは分かってる。アオイのえ、えっちな写真が欲しいとか、うゔ……付き合ってる仲とはいえわや最低なお願いだなって、……今更冷静になって反省してる」
『そっか……』
俺の長い言葉を、アオイは最後まで黙って聞いてくれた。アオイと話していると、思っている事全てを伝えたくなる。
でもこんな時間に、疲れている時にこんな話をするなんて、俺凄く面倒な奴って思われてねかなって。目の前にアオイが立っているのをイメージして、頭を下げる。
「……ごめん」
『どうして謝るの? ……別に怒ってないよ』
どうやら怒ってはいないらしい。アオイの声もいつも通りだった。安心してホッと小さく息を吐いて、正座をやめた。ビリビリ痺れて痛いけど、今はそんなの気にしてる暇じゃ無い。
暫く沈黙が続いて、声を掛けていいのか凄く迷った。ソワソワしながら待っていると、電話越しにもぞりと動いた音と息を吸う音が聞こえて、俺は背筋を伸ばした。
『その……ごめんね。私の写真は恥ずかしくて送れないや、でも、嬉しかったよ』
「……嬉しい?」
『うん。離れている間、ずっと私の事を考えてくれてたって事だよね。今も会いたいと思ってスグリから電話してくれて、凄く嬉しいよ……大好きな人からの電話だもん。それに私もスグリのこと、ずっと考えてたから』
「ほんと……? ほんとに?」
連絡が取り合えない中、会いたいと思っていたのは自分だけじゃなかった。アオイも、俺の事をずっと思ってくれていたんだ。わや嬉しくて、ソワソワしながら髪をいじっちまう。
『やっとこっちも落ち着いたし、私もスグリに会いたいからまたブルーベリー学園に向かおうかなって思ってたの。だからさ』
「俺が行く! 今から向かって会いに行く!」
『今から⁈ でも遠くて疲れちゃうよ?』
「アオイに会いたいから……今すぐ抱き締めたいから!」
『っ、待ってるよ……!』
耳にスマホを当てながら荷物をさっとまとめて、上着を抱えながら部屋を飛び出す。もう我慢の限界だった。会いたい、今すぐに。
早くアオイに会ってもう一度ちゃんと謝って、んで離れてた分いっぱい好きって言っていっぱいハグをする!
「カイリュー! 起こしてごめんなっ、真っ直ぐパルデアさ向かうべ‼︎」