「歯医者」「変態」「マントヒヒ」山のふもとに歯医者があった。チビの頃は年に一回検診に行った。歯医者の隣には卵と野菜の無人販売所があり、週に一度、晴れた日には坂を下り買い物に行くのが俺の大事な役目だった。俺を送り出す父さんが「初めてのおつかいだなぁ!」と笑い、「全然初めてじゃないじゃん」と言って出発するのがお約束だった。
無人販売所というのは看板にそう書いてあったからだ。父さんの喋る声と同じ調子の、デカくて太くて勢いのある字の看板だった。けれども、そこにはいつもお婆さんがひとり座っていた。看板に偽りありだ。大ありだ。座っているお婆さんの顔は皺くちゃだった。図鑑に載っているマントヒヒを思い出したが、もちろんそのことを伝えた記憶はない。ヒヒ婆さんは色があせた小花柄のシャツに紺色のチェックのもんぺを着て、擦りきれた草履を履いていた。毎回同じ服だったように思うのだけど、俺の記憶違いなのか、それとも本当に同じ服ばかり持っていたのかは分からない。
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