食生活改善無計画「リァンさんって本当にお菓子だけ食べて生活してるんだね」
「そうですよ。足りない栄養素は漢方薬でなんとかしています」
「ええ……」
昼の12時頃。この家には時間を見るための時計は置いていないので太陽の位置と長年の勘だがおそらく正午。
昼食のためにダイニングへやってきたメネラは私の食生活が気になったらしい。
苦言を呈するまでいかないものの、私の食生活を良く思っていないことは容易に察せられた。
今日のランチはパンケーキだ。
果樹園で採れたバナナやイチゴ、ブルーベリーにたっぷりの生クリームとチョコレートソースのかかったふわふわ食感の4段である。
もちろん自分の分しか作っていない。
「俺今からサンドイッチ作ろうと思ってるんだけど、食べる?」
「それは私が食べたいか否かではなく、あなたが私に食べて欲しいのでは?」
「そうだね、ちゃんとした肉とか野菜も食べて欲しいよ」
「気持ちは受け取っておきますが、結構です」
メネラは「はぁい」と気の抜けた返事をして、私にまともな食事を取らせることを早々に諦めた。
先日買ってきたのであろうバゲットをオーブンに放り込み軽く焼きあげる。上下に分かれるように切り込みを入れ、その間に葉野菜とトマト、チーズ、燻製肉を数切れ挟み、ここで棚を開けたり閉めたりを繰り返しては何かを探していた。
「胡椒とかトマトソースとかマスタードとかってあるかい?」
「胡椒ならありますね。トマトソースはないです。マスタードもおそらくないですね」
席を立つのが面倒だったので操作魔法で戸棚を開け、胡椒の瓶を渡してやる。
バゲットに挟まれた肉の上に振り掛けられた胡椒はメネラが手を離せば自動的に元の位置に戻っていった。
「本当に何もないんだね、このキッチン」
「スイーツ作り特化なだけですよ、失敬な」 「ごめんごめん、訂正するよ。料理するためのものは何もないね、このキッチン」
「そうですね。料理しませんからね」
以前これであれば使って良いと指定した皿にサンドイッチを乗せ、ダイニングテーブルの向かい側に座る。
メネラがサンドイッチにかぶりつくとザクザクとバゲットの皮を噛む音が聞こえてくる。
私のパンケーキに対して何倍も硬そうな音を立てながら、香ばしい匂いを漂わせている。
物珍しさにジッと見ていると「食べる?」と聞かれてしまうので、程々で目を逸らした。
久しぶりにパンを焼くのも良いかもしれない。
メネラが料理の提案してきたのはつい先日のこと。
私の屋敷にメネラの部屋を増設した日に料理について聞かれたのだ。
私のこの食生活についてやめろとは言わなかったが、自分が作る際にキッチンを借りて料理をしても良いかと聞かれたので渋々許可を出した。
流石の私でも、同居する人間にこの食生活を強制するほど悪人ではない。
常軌を逸しているのはわかっている。
しかし、何かとアレはあるかコレはないのかの質問に答える必要があり、ないと答えると不便そうな顔をする。本人は顔に出ている自覚はないのだろうし、料理が作りたい人からすれば実際不便なのだ。
圧倒的に調理器具が足りてないのだから。
というかほぼ無に等しい。
メネラは黙々とサンドイッチを食べ進め、水を飲んだ後唐突に口を開く。
「じゃあまずは調理道具を買うところからね、この後買いに行くけど一緒に来るかい?」
「私は料理についてはわかりませんのでお一人でどうぞ。それと、提案……いえ、あなたが使うキッチンを増設します。今決めました」
「増設」
「場所は2階のあなたの部屋の近くにしておきます。買ってきた調理道具や食材はそちらに置いてください。私のキッチンは使いづらいでしょうから」
正確にはスイーツ作りと料理をするキッチンは分けた方が良いと思ったからだ。それに数百年使い続けたキッチンを他者に弄られるとどうもやりづらい。
かと言って料理をするなというと、私の食生活を強要してしまうので、キッチンは分けるのが一番効率が良いと判断した。
私は食べ終えた皿を再び操作魔法でシンクに送り、皿洗いをさせる。
メネラも食べ終えた皿を手にシンクへ向かい、洗い終わった皿を拭いて所定の場所に戻していた。
「わかったよ。それじゃあ買ってくる」
「ええ、帰る頃には使えるようにしておきます」
「ありがとう。ちなみにさ、夕飯作ったら食べてくれる?」
「どうせ食べると言うまで食い下がるでしょう」
「まあね」
「なら聞かないでください」
「ははは!でも食材は無駄にしたくないし、無理強いもしたくないからさ!じゃあ満足してもらえるよう頑張って作るよ!」
食べると言うまで説得を続けるのは無理強いではないのだろうか。
食器とテーブルの上を片付けたメネラは「行ってきます!」とそのまま街へ向かっていった。
機嫌の良さそうな背中を見送り、私も席を立つ。
彼の行動力や思い切りのよさはここしばらくの間だけで嫌と言うほど思い知ったが、おそらく今回の買い物に関しては前々から考えていたのだろう。
彼が私にちゃんとした食事を取らせようとするのは今に始まった事ではないからだ。
とりあえず、今日はキッチンの増設にかかりきりになるだろう。
空間だけは無駄にあった屋敷の一部が、着実に私以外の物で埋まっている。
使い道のなかった空間が満ちてゆく満足感と、他人の気配がすぐそこにあることに少しの違和感も感じてしまう。
図書室に料理本の類はあっただろうか。