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——どうせ叶わない想いなら、いっそ最期まで貫いてみたい。
掲げたブレードの刃よろしく、煌めく願いは生きた証。
対峙した巨体に視線を据えた。
視界の隅に、「あいつ」を抱えた黒髪が映る。
一秒だけ目を閉じた。
…ああ、それでいい、…上等だ。
「エレンを守ることは私の使命」
そう言うお前を守ること、それが俺の使命。
身勝手な論理
(2015/1/5)
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歓声と、拍手の中心に彼女が居る。
遅れ入った食堂での光景に、首を傾げた俺にコニーは言った。「今日はミカサの誕生日なんだと」
講義の中休み、裏山へと走った。
金も時間も、勇気も足りねえ今の俺だが、それでも、今日の日だけは——
「——ッ!」
二月の陽に、きらり煌めく一輪の花。
その優美に、胸はとくりと音立てた。
「…エレンなら居ねえぞ」
「どうせ部屋で寝てんじゃね?」
「ああ、そうだ確か教官室に呼ばれて…って、……はァ?そうじゃないって、…なら何だよ」
「……」
何…って、…これは、ジャン、
貴方からなのでしょう——?
…そう、切り出す直前に風が吹いて。
彼から、この手に携えた一輪と同じ、甘く優しい匂いがした。
純恋花
(2015/2/10)
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明け方まで降り続いていた雨はすっかりと上がった。
前線からの報告を携えた早馬が戻ってくる。
鞍上の兵士の顔は暗い。予想通りの苦戦なのだろう。
仕方が無い。私たちに残された道は、もう、これしか———。
「じゃ、お先に」
まるで、団欒室からひと足先に寝室へと向かうときのよう、そんな怠さと軽やかさを乗せジャンが言う。
戦場へ飛び立つ前の彼のルーティン、装備に、順に手を触れ確かめる…その最後に撫でられるブレードの刃。
なまあたたかく吹く風に、淡色の髪が揺れた。
「お前は、死ぬなよ」
こちらへは僅かも向けられなかった眼差しを、…あの色を、既にもう思い出せないのはどうしてだろう。
団長の、出陣を知らせる咆哮が轟き、ガスの匂い、自由へと疾る軌跡が視界を埋める。
その日の空は、青かった。
青に散る
(2015/2/12)
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「はァ?!だからそうだって!貰ったよ俺も、何度も言わせんなよ」
「どうせアレだろ?つまりエレンの、…練習台」
「ったく、作りすぎたからとか勿体無いからとか、わざわざ言わなくたって…。大体が、ただの義理なら呼び出すとか止めろっつーの!…まじで、ミカサの奴、俺を何だと思って……って、何だよ。何ニヤけてんだよ、アルミン」
「……」
だってジャン、その形。よく見てみなよ。
皆のとは明らかに、違うんじゃない——?
僕のありがたい気付きなんて聞く気すら無いジャンの手が、その口調とは真逆の優しさで丁寧に、丁寧に包みを剥がし取る。
現れた綺麗なチョコレート…、僕らの、ただ丸められただけのそれとは違う「ハート形」。
至極大切に齧って彼は、「…甘めえ」と頬を赤らめた。
コイノカタチ
(2015/2/14)
当時よく書いていた現パロ設定で。
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こんな関係を始めてしまってから、もう、どれだけの月日が経っただろうか。
歪な染みが幾つも数えられる天井から、ようやくに視線を外した。裸のままの胸元を、薄い上掛けで覆うようにしてベッドから起き上がる。
外は、果てない夜の闇。
枕元から、儚げな火がちらちらと揺れる燭台を取り上げ、冷たい木床に足を降ろす。硝子窓の向こうをじいっと見つめていた横顔が、静かに音を紡いだ。
「……すまん」
声の主へ、視線など送らない。それでも、床に散らばっていた衣服の類いを手早く身に付けるこの視界には、どうしたって映り込む淡色の髪……けれど、彼もまた、こちらに視線など寄越しては来なかった。
「足首…、右の。…強く掴みすぎたな」
「…」
「捻っていたんだったな。…報告は受けていたはずなのに、忘れていた」
「…」
「言い訳をするつもりはねえが、このところ、つまらねえ事務ごとが山積みでな。追われていたんだ。肩書きを得るってのは、面倒臭せえもんだよ、全く」
「…」
「…ッま、まさか悪化なんてしてねえよな?明日からの遠征は、お前の力がなきゃとても無理」
「——余計な心配はしなくていい」
放った声は、想像以上の鋭さで辺りを切り裂いた。闇に隣する窓際で、とうとうに動いた淡色の髪。二人の視界が重なって…つまりほんの僅かに視線も交わって、…けれどその瞳を、私が幾瞬も見つめ返せる訳などない。火照りを鎮めた身体の奥から…喉元へ、今晩も、昏く淀んだ重たい何かが迫り上がった。
(……ねえ)
どうしてそんな目をしているの?
どうしてそんなにも痛んだ調子で、眉間に皺など寄せたりするの。
半刻前までの、あの、狂ったような高揚を、…せめて、私がここを去るその瞬間までは宿していて…欲しいのに。
喉に引っ掛かり、膨れ暴れる感情が、どうか助けてと悲鳴を上げている。
「余計な心配はしないで。忘れないでほしい。…私たちは」
両の目を、一瞬だけきつく閉じつける。他の誰でもない、自分自身へ向け、言い放った。
「私たちは、ただの同期なのだから」
「……」
闇へと再び視線を戻し、「…ああ、良く分かっている」…そう呟いた横顔が、みるみると暗く鋭く…冷えていく。
押し黙ってしまった彼の背に、残した爪痕だけが知る私の心。
この脚とは裏腹に、彼の前、決して開けなどしない本当の心…その純朴が、甘ったるくて吐き気がした。
どうして始めてしまったのだろう。
どうして私、今更、彼を愛——
「……」
寂れた町の古い安宿、薄い木製の扉を音も立てずにすり抜ける。結局のところ手放せなかった赤いマフラーに、鼻先までを埋めたなら、そこから香るのはもう、エレンじゃない……彼の、——ジャンの肌の匂いだから。
風が冷たく吹き付ける夜、闇に紛れて私はひそりと泣いた。
夜闇に紛れて
(2015/4/9)
身体は繋がれど心は繋がらない二人。
当時のサイトゲスト様から前後を読みたいとのお声をいただき、書き始めたのが「花筐」(@pixiv)でした。
*
「お前があいつを信じなくてどうするんだよ」
弾かれたように顔を上げた。
朝の、眩しい光の中でその表情ははっきりとは分からない。
けれど目の前に、短い淡髪の、しゃんと伸びた背…堂々とはためく自由の翼。唇を噛んだ。
…ああ、いつから、こんなにも、
似合う貴方になっていたの。
「出陣はまもなくだ。立てよ、さあ、……行くぞ」
「……」
深く埋もれていたかったマフラーから、ひと晩ぶりに顔を上げる。頬を射す清涼。ささくれの目立つ指先で、腫れた瞼をぐいと拭った。
「貴方は、私が思っているよりもずっと、エレンを信じていてくれるのね」
隣に並び、そう言った私をちらと見て、ジャンは溜め息を大袈裟にひとつ。
「…いや、そうじゃなくて——」
呆れたように笑んだ瞳、宿っていた切ない何かは、白い朝陽に紛れて気付けなかった…ふりをした。
(……俺は、あいつを信じるお前を信じて、…飛びたいだけだ)
誰が為に飛ぶ
(2015/5/26)
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「大丈夫だって。上手くやってみせる」
薄い唇を歪め、怠そうに笑う。
「念押しに来たのか?こんな時間に。そんな暇あるんならさっさと寝ろよ」
呆れたような溜め息に、棘のある言葉。
「お前はいつも通り、…エレンの事だけ考えてろ」
それら全部が懸命に作られたものだと、気づいている私をきっと彼は知らない。
巨人の討伐能力だけじゃない。演技の才覚だって、持っていたのは私の方。
「ジャン」
部屋の扉を閉めかけた手指がぴくりと止まる。
「ありがとう」
作りなどしない、だからこそ言葉足らずになるこの心、拾ったその耳はほんのりと染まった。
Actor
(2015.6.9)
原作単行本13巻、リーブス商会との接触前夜の二人。
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以上、九年前(!)の妄想たちでしたー!