きっと『いつか』は君とバリアンの脅威が、徐々に目に見え始めてきた頃。
家族でハートランドシティを離れ、俺たちは兄貴が作った潜水艦から遊馬の動向を見ていた。
WDCが終わり、これからの目的が発覚したことで和解したDr.フェイカーと父さんは話し合い、バリアンへの人類の対策を立てることになった。
俺たち三兄弟は兄貴が潜水艦を完成させてから父さんと一時的に離れ、遊馬の動向ひいてはアストラルを狙うバリアンの襲来を観測しつつ、バリアンに太刀打ちできる物を開発(オレは補助メインだったが)の日々を過ごしていた。
そんな潜水艦生活も慣れれば、苦ではないもので時々父さんに会いに行く時以外は地上に出なくなってしまったが案外生きて行ける物だと知った。
クリスは籠って、紋章の力を抑えるブレスレットとCNo.に太刀打ちできるカードまたはNo.をカオス化させるカードを開発している。
ミハエルは遊馬の動向を観察しつつ、ノートに何かを書き留めている。潜水艦も今は、操縦しなくてもいいため、そうなるとやることは限られてくる。
身の回りの事もほぼほぼ終わってるし、仕事関連も、バリアンの調査をしている間は、極東チャンピオンの仕事をセーブしていた。そのためすることが限られていく。
一人でデュエルを回しても時間潰しにはなるが、つまらない。一人で回したとて、デッキも構築もわかっているから、コンボも止められることなくあっさりと通るからつまらない。
最近のデッキやコンボの流行は確認してはいるものの、復帰の目処が立たない今、使える場など限られてくる。仕事をセーブしているとなると、仕事用に作っているデッキ達は使われない為、埃が被らないように定期的に手入れはしているがそれでもメインのギミックパペットよりは圧倒的に触れる回数は減る。
やることないのなら、メインのデッキ調整しつつ手入れしたり、デッキを解体していくかと考えた。今までに数多に組んだデッキ達が入ったデッキケースと、その他の汎用カードなどを入れたカードケースを取り出し、机の上に広げるように取り出していく。
順当に手入れしたり、構築を見直していくと、最後に残ったデッキがあった。それはあの決勝戦で凌牙に見せるように仕向けたデッキだった。デッキ構築はスキルドレインと墓守の組み合わせ。凌牙にわざとデッキが見えるように置いたものでもある。もし見られていなくとも、スキルドレインとネクロバレーの効果でモンスター効果と墓地除外、墓地効果を無効にしてコンボを断つようにしてエクシーズさせないようにデッキを組んでいた。
が、試合が始まって凌牙はオレのデッキを見たことで、不正となり失格になった。そして表舞台からは永久追放され、俺は極東チャンピオンになった。
トロンの復讐のために、神代兄妹を傷つけるために作ったデッキでもあるから今まで触れないようにしてきた。この傷は罪と共に背負って生きていくからこそ、今このデッキを見ないといけないと思った。
ゆっくりと傷物を触れるようにカードを見ていく。
一番上のカードはたまたまであろうが、このデッキのキーカードの一枚でもある『王家の眠る谷-ネクロバレー』だった。
徐々にカードを見ていく。
もう一つのキーカードであるスキルドレインも目にして、次に見るカードが最後のカードになった。
おそらくなんのカードかも分かっていた。けど、そうじゃない
唯一のデッキに入っている制限カードでもあり凌牙を陥れたカードでもある『聖なるバリア -ミラーフォース-』がデッキの一番に下にいた。
『聖なるバリア -ミラーフォース-』を机に置く。
「……ははは。」
自分でも無意識に空笑いしてしまうほど、真剣に見ていたからか精神がすり減った気がした。けど向き合わなくてはいけなかった。
彼らへの罪を忘れないように、この傷と共に自分の罪と共に生きていくと決めたなら、このデッキもちゃんと解体して新たな構築を考えて組んでいかないとダメだ。
『墓守』カードと、汎用カードで分け、その中でモンスターカード、魔法カード、罠カード、に分けてカードケースに閉まっていく。
やっとできたような達成感がなぜかあった。このデッキを構築した時、エクシーズ対策を視野に入れつつ相手の土俵に立たせる前に試合を靡かせず勝負を決めれるようにした。色々考えて作られたデッキは結局日の目を浴びることなく不戦勝でオレの優勝と共に、ボックスの中で眠ることになった。
その後は、プロデュエリストⅣとして様々なデッキを使い表舞台で勝利を手にしつつ、ⅣとしてトロンのためにNo.を集めていた。
そしてトロンに言われた通り、凌牙に宣戦布告しWDCに参加するように誘導した。結果、凌牙はWDCに参加しオレがマグマフィールドに誘導して戦うことになった。そして様子を見にきたトロンはオレではなく凌牙を応援した。
凌牙はDr.フェイカーへの刺客としてトロンに選ばれた。それだけで羨ましかった。トロンへ期待されているのが本当に羨ましく憎かった。
トロンに自分の役目は終わり、勝っても負けてもどちらでもいいと言われ、トロンのために行動してきたのに、突き放された。
凌牙よりも自分はできることを示したくて、ギャンブルじみたプレイングに走って負けた。
自分は持っていることをトロンに示したくて、自分はDr.フェイカーを倒せることを証明するどころか、感情が先行して致命的なプレイングを犯して、負けた。自分で思い返しても、魔法効果を使わずにヘブンズストリングスで勝利できた。本当に自分らしくなくてプロデュエリスト『Ⅳ』の名が呆れるが、それでいてトロンに必要とされなくなったのが、悲しかった。辛かった。
彼のために手を汚して、彼のために復讐に身を捧げたのに、彼にとってオレもⅢもⅤも使い捨てのコマでしかなかった。
負けたオレは、凌牙たちにあのことを吐露し、トロンのことを託して眠りについた。
そして今、ハートランドシティを出てから、こんな風に時間ができるといつの間にか凌牙のことを考えていた。
凌牙に対する気持ちはなんなのか。それは言葉にしなければそのままだったのに。
この気持ちに言葉をつけてはいけなかったのに、『恋』という言葉をつけてしまったせいで自分でこの気持ちに苦しむ羽目になっている。
片付いたデッキを戻す前に、大切に手入れされて置いてあるドールを手に取る。
全国大会で使ったデッキを解体したせいで、湧いてきた凌牙への恋心を昇華するための話し相手だ。
凌牙がオレを好きになる事などありえない話なのだから、こうやってお気に入りのドールに話しかけるように呟く。
ただこの行き場のない気持ちをどうにかしたいだけ。
この気持ちが成就することなんてないことは分かってるし、するつもりもない。
オレにそんな資格もなければ、そもそも彼らにはオレの一生を賭けても償えないことをした。彼にトロンの事を頼んだのだってオレのエゴでしかない。そんな彼に恋してしまったのも本当にどうしようもない。
If it were possible, I would like him to call me by my name one day. Not IV, but Thomas.
ただのトーマス・アークライトとして神代凌牙とまだ何者でもなかったあの決勝戦のやり直しを。
なんて『きっと』も『いつか』も無い話だ。
俺はプロデュエリストで極東チャンピオンの『Ⅳ』。
トーマス・アークライトというデュエリストはトロンの復讐を手伝う際に、名前と共に捨てたものだ。
あの時のデッキも今さっき解体したことで、あの頃の再現は限りなく0にした。
今目先の目的はバリアンを倒すこと。
兄貴が作った紋章の力を抑えるブレスレットのおかげで、強力なNo.を使って眠る可能性はなくなった。
これで、バリアンにも太刀打ちできる。
俺たちは遊馬がバリアンに通用するか見定めなくてはいけない。バリアンは着々と、世界を侵食し、滅ぼそうとしている。
それを止めなければいけない。
もしそれで……
行き場のない想いを上手く言葉にできず抱いていたドールを抱きしめた。
そしてこれから始まる戦いのために抱きしめてたドールをそっとサイドテーブルに置いた。
この想いをここに置いて、いや捨てるつもりで部屋を出た。扉が音を立てずに閉じられた。