こら☆めっ!だぞ? ここ数日続く雨。外で遊ぶ機会が減ってしまい最高に可愛くて最高に愛おしい我が弟悠仁は少し不機嫌だ。しょんぼりしている悠仁可愛いな、もっと見たいなど決してあまり思っていない。
「ちょそにいちゃ、ゆじおそとでたい……」
「悠仁……今日は最近で一番酷い雨だ。お前が風邪でもひいてしまったら……」
そんな目に合わせるつもりはないが万が一、億が一の場合を考えると恐ろしい。ここは兄として心を鬼にして悠仁の平和を守ろうと俺は決意した。
「ちょうそにちゃと、ふたりでぴちぴっちゃぷーしたい……だめ?」
「そうだ確か今夜使う予定の卵を買わなくてはいけなかったんだ。悠仁、一緒に買いに行こう」
大きなうるうるおめめに加えて上目遣いでおねだりされたら決意なんかすぐにヒビが入り破裂し粉々になるのは仕方ないだろう。
「やったー!ありがとちょそにいちゃ、だいすきー!」
「そうと決まれば合羽を着なくてはな。窮屈かもしれないが我慢できるか?」
「できるぉ!ゆじ、かっぱさんすき!」
「そうかそうか偉いぞ悠仁!でも合羽よりお兄ちゃんのことが好きだよな?大好きだよな?な?」
「ちょーそにいちゃんいちばんだいすきー!」
俺の弟が今日も可愛すぎる。昨日よりも今日、一秒前より今この瞬間、可愛さを常に更新し続けていく悠仁は本当に可愛い。語彙力なんか知らん。
よし、合羽よりも俺が『一番』かつ『大』好き、という大事な確認は済んだので出かける準備をしようと思う。
「悠仁、何色の合羽を着ようか?」
クローゼットの中から取り出した色とりどりの合羽。以前デパートで合羽を着せたら『ひらひらしてる〜おもろ!』と言いながらくるくる回る悠仁に魅了されて思わず全種類買ってしまったやつだ。その月の小遣い(悠仁へのプレゼントは月に二万までと決まっている)は使い切ってしまったが悪くない買い物だった。雨の日に出かけることが少なくて着る機会がなかったのだが本日ついに着せることができる。あの日の俺、よくやった、褒めてやろう。
「んとね、ん〜〜……ちょにちゃはどれきてほしい?」
「なん……だと……?」
俺よ、聞いたか?今の悠仁の言葉を聞いたか?勿論聴いたぞ悠仁の言葉を聞き逃すことのないように耳掃除はこまめにしっかりしているからな!悠仁が、俺に、どれを着てほしいか尋ねてくれた!!これはあれか!?デート服を彼氏の好みにしようとする彼女というやつか!?ああああ可愛い可愛い可愛い可愛い!俺の未来の伴侶がとにかく可愛い!!選ばせてくれるのか!俺に!特別な日のお出かけ服を俺に選ばせてくれるなんて、なんて優しくて可憐でーー!!
「兄者ぁ、早く選んでやれよぉ〜」
「……!はい!選びます!」
通りかかった血塗からのアドバイスが聞こえた。そうだな、選ぶのに時間をかけてしまうと悠仁とのデートの時間が減ってしまうからな。流石血塗!お兄ちゃん、お前の優しさに心打たれたぞ!
「ちょそおにちゃ?」
「悠仁に最も似合う色悠仁に最も似合う色……よし、今日はこれにしよう……!悠仁、これは何色かわかるか?」
「んとねんとね……おれんじ?」
正解だ!明るく心がぽかぽかするような優しさを持つ悠仁に似合う色。他の色も勿論似合うが今日の特別デートにはやはりこの色だな。
しっかりと正解を言えた悠仁のほっぺに『よくできました』のキスをして、早速悠仁のお着替えタイムがスタートだ。着替えシーン?誰が見せるか。見ていいのは俺と俺の弟達だけだ。
※※※
「あめ〜あめ〜♪ぱしゃぱしゃっ!たのしいね!」
長靴を履いた悠仁の足が水溜りの中に勢いよく落ち、雨水が四方に飛び散っていく。余程久々のお出かけが嬉しいのだろう、悠仁の喜びが目に見えてわかる。俺も、悠仁とのデートができてとても嬉しい。
「悠仁、転んだら危ないからおててはしっかり繋いでおこうな、お兄ちゃんとの約束だ」
こう言うと元気よく『はーい!ぎゅ〜〜っ』と今までも十分しっかり繋がれていた手に更に力が加わり、互いの肌がぴっとりと隙間なくくっついた。幼児とは思えない力強さだが痛みを感じるという程ではない適当な圧迫感。
(今日もうこの手洗いたくない)
無理なことだとは理解している。たとえ悠仁と密着しているだけであっても今現在雨の降る外で過ごした手、何時何処でばい菌が付着して悠仁に危害を加えるかわからないからな。帰宅して三回程味わったら石鹸をつけてしっかりと洗うさ。
「ちょうそおにいちゃん、おみずたくさんでてれびでみたやつみたいだね」
「テレビで観たやつ……?あぁ、ニュースの特集で放送されていた遊園地のことだな」
「うん!ゆーえんち!びゅーん!ておちてばっしゃーん!てやつ!ゆじものってみたい!」
数日前に膝に悠仁を乗せながら観ていた遊園地の特集。びゅーん!ばっしゃーん!とは恐らくジェットコースターのことだろう。なかなかのスピードでレールを進み、最後に湖に向かって勢いよく落ちていく乗客の姿は悠仁の心に強く残っていたらしい。悠仁が望むならいくらでも一緒に乗るのだが……。
「悠仁、あの乗り物は身体が大きくないと乗れないんだ」
遊園地の乗り物、特に絶叫系のアトラクションにもれなくついてくる『身長制限』が今の悠仁を拒むだろう。いや、身長だけでなく年齢も駄目かもしれない。こればっかりは兄の力を行使してもどうすることも出来ない。
「ゆじちいさいからのれないの?しょっか……じゃあうしさんたくさんのんでおっきくなるからそしたらいっしょにのろうね!」
「天使か?」
「ゆじはゆじだよ?」
乗れないことを悲しむのでなくならばでかくなろうと前向きに考える俺の弟が可愛い。しかも俺と一緒に乗ろうというお誘い付き。なんなんだ今日も悠仁が尊すぎる。実は背中に天使の羽が生えていたりしないだろうかと思わず背中を確認してしまった。羽はない。そこにあるのは合羽に隠された悠仁のぷにぷにな背中だけだった。
(これ程まで可愛くて優しくて尊い悠仁だ。いつか本当に天使の羽が生えてしまうのではないだろうか。万一、悠仁の背中に純白の羽が備わったら……何処かへ飛んでいかないように縛り付けなくては……ずっとずっと、離れないように手を繋いでおかなければ……)
そんなことを考えながら歩いていたせいだろうか。それとも強い雨音のせいだろうか。普段なら即座に気づく筈の事態に後れを取った。
バッシャーン!!
「!?」
「わぷっ!」
前から勢いよく走行する自動車。道路にできた大きな水たまりの上を走行し、雨水が跳ね上がり俺の膝から下に、悠仁の全身に襲いかかる。
「悠仁!大丈夫か!?」
今歩いている道は決して広くはない。ガードレールで歩行者の安全は確保されているが念の為に俺の身体が車道側になるよう歩いていた筈なのに、どれだけスピードを出していたんだあの車は。
「ゔ〜〜……ぺっぺっ……まじゅい」
「……!」
まじゅい?まずい?不味い?つまりはあれか?悠仁の小さなお口のなかにあの車が飛ばした水が入ってしまったのか?つまり、あの車は、俺の弟に、俺の未来の伴侶に、俺の最愛に……泥水を飲ませやがったのか?…………よし殺そう。
「悠仁、まずはこのお水でがらがらぺっ!しなさい」
持参していたペットボトルのキャップを開けて悠仁に渡した。いつも持ち歩いている水がこんな風に役に立つとは思わなかった。備えあれば憂いなし。悠仁は『おそとでぺっしたらだめじゃないの?』と言っているがこの状況なら百人中百人が容認するだろう。大丈夫だからと後押しをしたことで悠仁はゆっくりと水を口に含んだ。口をゆすいでいる間、俺は走り去った車の姿と走り去った方向を思い出す。
(赤いワゴン車、ナンバーは一瞬だったが見えた。前から来てそのまま真っすぐ走り去った。この先は暫くあの車が通れるような道は一本しかない)
「ちょそにいちゃ、がらがらしたよ」
「よし、お口すっきりしたか?」
「うん!すーぱーいこ!」
「悠仁、すまんがスーパーの前に寄り道をしよう」
本当は今すぐ悠仁を連れて帰るべきだろうが、そうしている間に車はどんどん先へ行き、このままでは行き先がわからなくなる。そうなる前に、決着をつけなければならない。
「悠仁おいで、だっこをしてやろう」
「ん?だっこ?ちょうそにいちゃんぬれちゃうよ?」
「大丈夫だ、お兄ちゃんちょっと濡れたくらいじゃびくともしない」
差していた傘をたたみ、しゃがんでおいでと促すと素直に腕の中に飛び込んでくれた。小さくぷにぷにもちもちな身体をしっかりと抱えて立ち上がる。
「悠仁、さっき言っていたジェットコースターはまだ乗れないがもっと楽しいことをしよう。名付けて『兄ジェット』だ」
「あにじぇと?」
「ジェットコースターよりも迫力満点な世界を見せてやろう、しっかりとお兄ちゃんの身体を掴んでいるんだぞ……三、二、一……発射!」
※※※
頭上からスネアドラムを叩くような音が聞こえる。その音が今現在の天候の悪さを運転中の男、モブ山に知らしめていた。インドア派の彼はこんな天気の中出掛けるのは馬鹿のすることだ、家で大人しく酒を飲みながら動画を観て過ごしていた方がずっと賢いと考えていた。しかし突然湧いた急用にやむを得ず車を走らせている。
「あー早く帰りてぇ……」
我が家を想うあまり、アクセルを踏む足に力がこもる。どうせこの雨だ。先程から歩行者の姿は殆どない。殆どない、とはつまり少人数ではあるがいるということだ。とは言っても男が認識できた歩行者は今のところ一人だけだった。
黒髪のやけにツンツンとした変な頭の長身のゴツい男。雨で濁った景色でもしっかりとモブ山の目はその存在を捉えることができた。この天気でわざわざ歩いて出かけるなど、あの男のような奴が馬鹿の中の馬鹿である。
(今頃ずぶ濡れだろうな……へへ)
モブ山はツンツン男の近くを走行する際、あえて車の速度を落とさなかった。その結果起こり得る未来を想像するのは容易いが憂鬱な心を癒やすために見ず知らずの男を犠牲にしたのだ。お陰で今、彼の心は幾分か憂鬱な気分が晴れている。
この数分後、モブ山は己の行動を心の底から後悔する。他者の不幸を望むものは同時に己が不幸になることを容認せねばならないのかと学ぶことになる。
ゴン!ゴン!!
「あ?なんだ?石でも当たったか……ヒッギャァァァァァ!?化け物ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
モブ山の耳が窓に何かがぶつかる鈍い音を捉える。車に傷がついたらどうしてくれると音の出どころ、自身から見て左側をチラ見した瞬間、彼は鬼を見た。
ゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴン!!
もう一度言おう、彼は鬼を見た。窓を力いっぱいノックするように叩く鬼がいる。ちなみに今この瞬間、モブ山はしっかりアクセルを踏んでいる。なんなら驚きでついうっかり限界までアクセルを踏んでいる。つまり、車は走行中だ。猛スピードで突き進んでいるのだ。しかし鬼は車の横にベッタリと張り付いている。車の横を並走しているのだ。
「怖い怖い怖い怖い!!誰が助けて!!」
モブ山を助ける者はいない。汗と涙と鼻水とついでにほんの少し失禁しながらの心の叫びは虚しく車内に反響した。こうしている間も勿論車は爆速中だし鬼は窓を叩いている。
「ーー!ーー!!」
鬼は何かを叫んでいた。雨音とノック音とモブ山自身の叫び声で気づくのが遅れたが三種の音のハーモニーに時折、低い音が混ざっている。
鬼の叫びの内容など知りたいとは思わない。知らずにこのまま走り続ければいずれこの恐怖から逃げ出せるかもしれない。『かもしれない』だ。保証はない。モブ山はチラリ、と初見以降決して前以外を見なかった視線を再び左へ動かした。涙と雨で瞳が捉える光景はぼやぼやしている。鬼もそれを理解しているのだろうか、大きな口を力いっぱいかつゆっくり開いてモブ山に何かを伝えようとしていた。
あ け ろ
「開けたくねぇぇぇぇえぇ!死にたくねぇぇぇぇえ!!」
モブ山に用意された選択肢は『開ける』と『開けない』。モブ山の希望は全力で『開けない』である。開けた瞬間に自分の命が終わる。鬼に首チョンパにされて二十年ものの長いようでまだまだ先のある命が潰えてしまう。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴン!!ミシィッ!
その選択肢を許さない存在がいる。誰かって?勿論鬼です。連続鬼ノックによっていよいよ窓がもう限界だよ!と悲鳴をあげている。モブ山が開けても開けなくても、鬼の手が彼に触れる時はすぐそこまできているのだった。
と ま れ あ け ろ
鬼からの要望は続いている。モブ山はとうとう渋々、本当に渋々の嫌嫌ながら車を急停止させた。
(これ以上逆らったら本当に殺される……!)
素直に従えばもしかしたら命は助かるかもしれない。僅かばかりの希望を胸に抱きつつ、モブ山はスマホのバイブのように震える手で車の扉を開けたのだった。
「ヒィィィッ!助けて!!」
次の瞬間、鬼の手がモブ山の首を的確に捉えた。
※※※
【一方数分前の脹相、悠仁二名の出来事。】
「ちょーーーーにちゃぁぁぁぁぁ!すごぉぉぉぉぉい!!」
「ハハハハ!どうだ悠仁!お兄ちゃんは速いだろう凄いだろう!惚れ直したか!?」
「ほれーー?てなぁぁぁにぃぃぃぃ??」
「お兄ちゃんのこともっと大好きになったか!?」
「ずぅぅぅぅぅぅうっとしゅきぃぃぃぃぃ!!」
「俺もどぅわぁぁぁぁぁぁいしゅきだぁぁぁ!!」
悠仁の満点花丸な返答に俺の足の回転は更に加速する。普段の俺なら立ち止まり喜びのキスを贈るところだがそれは後回しだ。止まるわけにはいかない。兄ジェットは悠仁を喜ばせるために開発した技だが同時に罪深き者を探し追いつくためのものでもある。
(何処だ!?まだ遠くへは行っていないはず!)
車が通り過ぎてから悠仁のがらがらぺっ!と兄ジェット開始までおよそ数分、元々車はスピードを出していたがこの天候だ。追いつけるはず。普通は追いつけない?弟の為ならお兄ちゃんは車に追いつけるんだテストに出るから覚えておけ。
分かれ道があれば難易度は上がるが幸い標的は大型車、使用できる道は限られているので迷いなく進むことができている。
「いけー!びゅんびゅーーん!!ちょうそおにいちゃかっこいぃぃぃ!」
ああああ俺の弟が耳元で愛の言葉を囁いている!ありがとう悠仁お前の言葉が俺の命の源兄ジェットの起動エネルギーだ!お前の応援があれば地球の裏側へだって行けるし空だって飛べるだろう!
「!!見つけた!!」
前方を走る赤いワゴン車、ナンバープレートを確認して確信する。悠仁に泥水をぶっかけた悪の化身!逢いたかった、逢ってお前をぶちのめしたかった!
「悠仁!少しの間揺れるかもしれないからお兄ちゃんを掴む手を緩めるなよ!」
可愛い『はーい!』の返事が聞こえたので両腕で抱えていた悠仁を左腕のみで抱きかえる。右手が『悠仁に触りたい!』と嘆いているがこれからお前には重大な役目があるので無視をした。
「あけろ!」
ゴン!ゴン!!
車の真横まで追いつき、窓をノックする。運転手は直ぐにこちらに気づいたようだ。中の様子を見る限りこちらを見て『化け物』とか言っているようだ。
「俺は化け物ではない!お兄ちゃんだ!!」
何度も何度も拳を叩きつける。
「あけろと言っているんだ!車を止めて、扉をあけて!俺に殺されろ!!」
ゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴン!!
これだけやっても中の男から希望の反応はない。いい度胸だ、俺をここまで怒らせる奴など憎き元保護者(と呼びたくはないが本名はもっと呼びたくない)を除いて初めてだ。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴン!!ミシィッ!
おっと、あの屑を思い浮かべたら力の加減を誤ってしまった。車を壊したら後々面倒なので出来ればそれは最後の手段にしたいのだが。
「とまれ!あけろ!」
これ以上無視をするなら最後の手段を遠慮なく使ってやろうではないか。俺が割ったとバレなければいいんだ。そう考え始めていた時、車が急停止した。俺も足を止める。中の男が醜く震えながら扉を開いたと同時に隙間から男の首を的確に捉えた。
「ヒィィィッ!助けて!!」
右手に力を込めていく。助かるなどと思うなよ?お前は決して許されないことをしたのだ。処刑は免れない。
(楽には死なせない。少しでも長く、長く苦しみながら死ね!!)
一層力が加わり男の口から汚い泡が溢れる。もうすぐあの世の使いがお前の魂をその脂肪の塊のような肉体から引きずり出しにやってくるぞ。ほら、俺が手伝ってやろう。とどめを刺してやろうーー!
「ちょそにいちゃん?おじさんくるしそう……いたいいたいめっだよ?」
天使の声に力が抜けた。俺は何をしている?この屑を殺そうとしていた。それはいい。この屑はそれだけのことをしたのだ。生かす理由はなく殺す理由はある。
(だがそれは、悠仁の見ているこの場でするべきことではない)
悠仁の目の前で人を殺したりしたらこの子の将来に悪影響を及ぼしてしまうだろう。それは兄として絶対に阻止せねばならない。兄は弟の見本として生きなければならない。
「へぷちっ!」
「!」
悠仁のくちから小さいくしゃみの音が飛び出した。長時間雨の中にいたことで身体が冷えてしまったのか!なんということだ!このままでは悠仁が風邪をひいてしまう!早く家に帰って冷えた身体を温めてやらねば!勿論俺の体温で!(あとお風呂)
「ぐへぇっ……!だず、げ……!」
力は抜いていた筈だが屑がもがき苦しむ程度には右手は仕事をしていたようだ。さて、どうする?どうすればいい?
(答えは決まっている)
最優先は悠仁の心と身体の健康だ。だから俺はお兄ちゃんとして、お前にふさわしい姿を見せよう。
右手の力を完全に抜いた。崩れ落ちた屑がひどく咽ている。そんな屑に俺は声を掛けるのだった。
「こら☆めっ!だぞ?(うるさく下品な声をあげるな屑殺されたいのか?)」
「ゲホゲホッ…………へ?」
「お兄ちゃん、激おこぷんぷん!もうしちゃだめだぞ!(よくも俺の弟に泥水をぶっかけ飲ませやがったな、俺はまだ俺の愛の汁を飲んでもらえていないのに。俺より先にぶっかけやがって菌だらけの汚水で悠仁が病気になったらどうしてくれる?もしそうなったらお前を殺して、生まれ変わったらまた殺して……を永遠に繰り返しても罪は清算されることはないぞ。いや、悠仁に泥水をかけた時点でお前は俺に殺されるべき存在なのだが悠仁が見ている前で殺るべきではないし早く悠仁を連れて帰って二人でお風呂に入って身体を温めあって愛し合って消毒をしなくてはならないからお前に割く時間はもうないも同然。今回だけは見逃してやるから俺と悠仁に心から感謝しむせび泣き頭を垂れて泥水をすすっていろ)」
ふぅ……悠仁に汚い言葉を聞かせないように屑に伝えるのは骨が折れるな……。さて言うべき事は言った。
「悠仁、今日は帰ろうか」
「え、でもすーぱー……」
「そういえば冷蔵庫にまだ卵があったことを思い出したんだ。早く帰ってお風呂にゆっくり入って夜ご飯までいちゃいちゃしていよう」
「おじさんは……?くるしそうなのたすけないと……」
「おじさんは一人で大丈夫だそうだ。だよな?」
即座に頷いた屑。己のやるべきことを理解できていて助かる。罪は許さんがな。
「卵を忘れていたお詫びに帰りも兄ジェットをしてやろう。びゅーん!したくないか?」
「!したいー!」
悠仁の意識は兄ジェットに向き、屑のことは気にならなくなったようだ。よし、俺は最後の仕事をやり遂げよう。屑の耳元で小さく、悠仁には決して聴こえないくらいの声量で告げだ。
「次逢ったら殺す、今日のことを他言したら殺す」
返事は待つ必要はないだろう。俺は悠仁を抱え直して再び発射するのだった。