日が暮れきった街に出るやいなや、道をゆく人々の大きな流れに巻き込まれることとなった。ここの住人だけでなく、近隣の地域から遊びに来ている者もいるようだ。
崩れかけた建物のあいだを橋のように繋いでいるロープには、簡素なランタンが並べて吊り下げられ、その明かりが優しげに頭上を照らしている。
当初の予定では、大通りの交差点にある広場だけを会場とするはずだったが、商魂たくましい商人たちは、いくつかの街通りにまでその手を広げたらしい。
道の両側を挟むように夜店が並び、そのあいだを行き交う人々で、通りはなかなかの混雑ぶりだった。
繋いでいる手へわずかに力を込めながら、アスタリオンが半歩先を進んでいく。旅のあいだは俺が先頭を歩いていたから、こうして誰かの後を付いて行くのは、なんだか新鮮な心地だった。
アスタリオンの名前を呼びかければ、彼はわずかに首を傾けてこちらへ耳を寄せてくる。
興奮したような人々の囁きや、どこかから聞こえてくる吟遊詩人の楽器の調べ、しきりに呼びかける商人たちの声で、あたりは夜とは思えないほどに賑やかだった。
距離を縮めて話さなければ、人一人の声など簡単にかき消されてしまうだろう。
「たまには、お前に付いて行くのも悪くないな」
俺の言葉に、アスタリオンは悪戯っぽく目を細めた。
「俺がどこへ連れて行くかも分からないのに?」
「構わないさ。お前と一緒なら楽しそうだ」
そう答えれば、こちらへと向けられた視線が、わずかに熱を帯びる。このまま口付けられるのかと錯覚するほど、間近で互いの目をじっと見つめ合っていた。
不意に道を通り抜けた風が、頭上のランタンをすれ違いざまに揺らしていく。アスタリオンの長いまつげの先に宿った光が、小さな星のようにちらちらと瞬く。
その淡い光の美しさに見惚れていると、不意に我に返ったアスタリオンが、どこか悔しげに口を開いた。
「帰ったら、嫌と言うまでキスしてやる」
捨て台詞じみた言葉に思わず破顔してから、ふと目に留まった夜店のほうを指さした。
「ちょっといいか?」
「今夜はお前のために来たんだ、ダーリン。なんなりとお申し付けを」
慇懃無礼も甚だしい態度でそうのたまってから、アスタリオンはその店の前で足を止めた。
「前から気になってたんだが、そのピアスは誰かの贈り物か?」
なぜか俺の横顔ばかりを眺めていたアスタリオンが、そう切り出した。
「いや、自分で買ったものだ。気に入らないか?」
「そんなことはない。よく似合ってる」
「なあ、アスタリオン。もしこれが誰かの贈り物だったら、何と答えるつもりだった?」
「お前には似合わない。今すぐ買い換えたほうがいい」
「はは、そうだろうと思った」