おまけ(集会所の茶屋にて)アヤメがリハビリ訓練を終えていつもの場所に戻ってくると、月明かりに照らされたテラス席に突っ伏している猛き炎の姿が目に入った。テーブルには徳利が数本転がっている。すでに酔っているようだ。
「めずらしいじゃん、アンタがこんなとこでクダ巻いてるなんて」
「アヤメさぁ〜〜〜ん、呑みましょ〜〜〜〜〜〜」
「なに、どうしたの、なんかあった?」
「そりゃ呑みたい気分の日だってあるじゃないですか〜〜〜」
猛き炎が危うげに燻る様子を見て、娘の師はこの状況を知っているのだろうかとあたりを見渡すが、いつも溌剌として少々うるさい男の姿は見当たらない。
少し考えてからアヤメは娘の正面席に座った。
「今日のクエスト、どうだった?」
「えっなんでですか」
「ウツシ教官と一緒だったんでしょ?」
「えっなんで」
「二回言ったね」
「…どうして教官と一緒だったって知ってるんですか」
「ウツシ教官がずっと今日を楽しみにしてたの、ここによくいる面子はみんな知ってるよ」
「あー……」
猛き炎は最初こそ驚いていたが、事情に合点がいくと苦笑した。
「狩り場で説教でもされたの?」
「いやぁ〜〜、そういうわけじゃないんですけど……」
言葉を濁しながらテーブルに視線を落とすと、猛き炎はまだ中身が残っている徳利を探し当てる。
アヤメ用の猪口を新しく用意してそこへ酒を注ぐと、自分の猪口にも追加で注ぎ足した。
満たされた小さな器をどちらともなく掲げあい、陶器の触れ合う音が小さく響く。
クイッと飲み干すと、猛き炎はため息をついた。
「……失敗したなって」
「へぇ、アンタでも狩猟で失敗することがあるんだね。どんな?」
「相手がズルいやり方で私の弱いところを突いてきて」
「え、急所狙われた?…にしては怪我もなく元気そうじゃん」
「だから、反撃してやろうと思って、こう……ぐいって迫ったんです」
「う、うん」
「そしたらちょっと…ギリギリ、届かなくて」
「避けられたってこと?」
「いや、完全に私のリーチ読み間違えです」
「……へぇ?」
たしかに失敗したと言ってはいるが、それにしてもなんだか英雄らしからぬ狩猟内容だな、と思う。
それこそ今ごろ教官から激励のひとつやふたつあっても不思議じゃない。
「そしたら相手が急にそれにすごい食いついてきて」
「怒らせちゃったんだ」
「いやむしろ喜んで…た、ような……いや、揶揄われただけかもしれない」
喜ぶ?揶揄う?…モンスターが??
いよいよおかしな話になってきた。
「…ねぇ、それってどんなモンスター?」
「モ……モン?あっ、えーと、えーと、じ、ジンオウガ…かな」
アヤメは目を丸くした。
ハンターに攻撃されて喜ぶジンオウガなど聞いたことがない。いや、ジンオウガ以外でも聞いたことはないが。
それに、無双の狩人と呼ばれる雷狼竜がターゲットを揶揄って遊ぶような動きをするところも見たことがない。
…新しい亜種でも出たのだろうか。
「ところで教官は助けてくれなかったの?」
「ひぇっ!?!!?」
「一緒だったんでしょ?」
「きょ、教官は、あー、むしろ喜んでた側というか……」
「はぁ??」
思わずアヤメが素っ頓狂な声をあげると、猛き炎の顔が何か思い出したようにみるみる赤くなっていく。
かと思えばすぐに苦虫を噛み潰したような表情をして、頭を抱えてジタバタともがく。
もはやアヤメには何がなんだか分からなかった。
目の前の娘がこんなに筋の通らない話をするのは、見た目以上に酔っているということかもしれない。そこまで酔わないといられないほど、彼女にとって手痛い失敗があったのだろう。
そう思うことにした。
ただもし彼女の話が本当なら……弟子がモンスターに襲われるのを見て喜ぶ師匠とは、なんと恐ろしいものか。
自分も今はリハビリ訓練の段階だが、いずれ実地訓練に戻れたときはウツシ教官と共に狩猟をしながら指導を受けることもあるかもしれない。覚悟しておいた方が良さそうだ。
もうやだ、とか、消えちゃいたい、とか、うだうだと溢す猛き炎を見ながら、アヤメは要らぬ心構えをするのだった。