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    むぎとろ

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    むぎとろ

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    ⚠死ネタ、卒業後IF、年齢操作
    暗いし孫兵出番少ないですが、純愛のお話。勘ちゃんが死神です。なんでも許せる方向け
    落語の「死神」が元ネタです

    #竹孫
    bambooSun

    死神【死神】
     八左ヱ門の懐には密書が入っている。
     捕らえられ、拷問され、この偽手紙が敵の手に渡る──そうして命を落とすことで策は成る。それが任務だった。
     いよいよ勤めを果たす前夜、最後の下見を、と目的の城に忍び込もうとした時だ。
     旧知の男に声をかけられた。
    「八左ヱ門、久しいな」
     思わずその場に凍りついた。この声、この調子。
    「勘右衛門……!」
     八左ヱ門の背筋に冷たいものが走る。かつての同胞が、なぜここに──。

     まずいことになった。
     連れられて来たのは、例の城から程近い山中の破れ寺だった。剥がれた屋根と崩れた壁から、月の光が影を落としている。
     打ち捨てられた仏像の前で、二人は杯を重ねた。八左ヱ門は昔の同胞の表情を窺う。勘右衛門の飄々とした面持ちはあの頃のまま、しかし、なにひとつ心の内を覗かせない。
     かつての学園の同級生たちの消息はおおかた知れている。兵助は国許くにもとに戻り山守を継いだ。雷蔵と三郎は同じ城で双忍として名を上げている。ただ勘右衛門の行方だけが、これまでようとして知れなかった。
     まさかあの城に仕えていたとは──。
    「蛍火の術だろ」
     静かな声に、八左ヱ門は息を呑んだ。
    「……なんのことだ」
     はぐらかしても無駄だった。相手が悪い。互いの手の内など、とうに知り尽くしている仲だ。
    「やめておけ」
     勘右衛門はきっぱりと言い切った。
    「そういうわけには……」
    「お前が命まで賭ける義理も筋合いもないだろう。勤めてわずか数年の忍びに死間の役目を押し付けるとは、上の采配が浅はかだ」
    「しかし……」
    「郷里の親兄弟は知ってるのか? 兵助やあの二人にも言ってないんだろ」
     八左ヱ門は視線を伏せる。──言えるわけがないではないか。
    「孫兵にはどう伝える」
     もっとも痛いところを突かれた。
    「あいつ、泣くだろうなあ」
     あの学園にいた頃、ふたりの仲は周知の事実だった。
     年下の後輩への想いを周囲に知られた折には、散々からかわれたものだ。とりわけ勘右衛門は三郎と共に、実に容赦のない手加減だった。
     だが、人一倍不器用な八左ヱ門の恋を見守り、時に背を押したのもまた勘右衛門だった。だからこそ彼は、八左ヱ門の胸の内を知り尽くしている。その最大の未練も。
    「この件から降りろ」
    「……それがお前の仕事なのか」
    「そうじゃない」
    「勘右衛門はあの城の忍びなんだろう。それで俺を懐柔して策を事前に防ごうと──」
    「お前の寿命はまだ尽きない。策は失敗する」
    「なぜわかる」
     勘右衛門はわざとらしいほどに大きな溜息をついた。
    「俺な、死神なんだ」
    「……嘘をつくにしてももう少しましなものがあるだろう」
    「信じなくとも良い。仮にお前の言う通り、俺があの城の忍びだったとすれば、すでにその策はバレている。どのみち失敗することに変わりはない」
    「……それはそうだが」
    「どうせなら五体満足で逃げ延びて、孫兵とふたりで暮らすがいいさ。悔いを残さないようにな」
     死神うんぬんは置いて置くとしても、勘右衛門の言うことにも一理ある。八左ヱ門の内に迷いが芽生える。
    「竹谷八左ヱ門は今日ここで死んだんだ。国を出て、名を変えて、医者でもやればいい」
    「──医者? 虫や獣の具合を診るのならともかく、」
     八左ヱ門に医術の心得はない。あの学び舎で叩き込まれた、最低限の処置と本草の知識がせいぜいだ。
    「伊作先輩でもあるまいに、医者って、」
    「どうせ正体を明かしたんだ。友達のよしみで助けてやる。病を得た人間の寝床の側には、必ず死神が座っている。お前にそれが見えるようにしてやろう」
    「勘右衛門、なにを言ってるんだ」
    「まあ聞け。死神の座る位置が枕元だった場合は、もう助からない。じきに寿命が尽きる。だが足元に座っているとき、これはまだ助かる。そのときは呪文を唱えるんだ。するとたちまち死神は消える」
     八左ヱ門は言葉を失った。異様な話に戸惑いながらも、勘右衛門の真剣な表情に、いつもの冗談とは違うと直感する。
    「死神さえいなくなれば病は治る。呪文は──」
     おごそか、と言っていい調子で、彼は珍妙な呪文を唱えた。いわく、あじゃらかもくれんてけれっつのぱあ。
    「覚えたか?」
    「……あじゃらか、もくれん、てけれっつのぱあ」
     言い終わるとほぼ同時に、勘右衛門は消えた。
    「おい、どこへ……」
     ──なるほど、呪文を唱えれば死神は消えるということか。手が込みすぎている。ここまで来ると忍びの技と言うよりも、もはや幻術の域だ。あるいはそれも、戦意を削ぐための手管か。
     確かにそれは功を奏した。
     八左ヱ門は、すっかり萎えていた。
     そうして、夜明けを待たず、身一つで出奔の道を選んだ。

     見知らぬ土地で日々の糧を得るのには、ずいぶん苦労した。とはいえ一度は捨てた命、なんとかやりようはあるものだ。野良仕事と、ときおり声の掛かる合戦の足軽稼業で糊口をしのぎ、どうにか活計たつきは立った。
     追手の影におびえる抜け忍の身でありながら、細々と、だが穏やかな日々を過ごしていた頃のことだ。
     近隣の百姓が長患いに伏せっていると聞いた。
     日々の食扶持にも事欠くような貧しい村だ。医者や薬師を呼ぶ銭などあろうはずもない。
     身元も知れない八左ヱ門を受け入れ、暮らしを成り立たせてくれた村人への恩を思えば、黙って見過ごすわけにもいかなかった。──あの頃学んだ知識が、多少なりとも役立てばよいのだが。わずかな可能性に賭けて、見舞いに赴いた。
     そうして出向いた先の傷んだあばら家で、板の間の筵に横たわる病人の足元。見慣れぬ人影を見つけた。不吉な気配を纏う白髪の老人が、腰を下ろしている。
    「……この方は、どなたですか」
    「なんのことだ?」
     周囲の者たちの様子を窺うに、老人の姿は八左ヱ門にしか見えていないらしい。
     八左ヱ門の脳裏に、勘右衛門との会話が蘇る。──死神。
     足元だ。あの話がもし本当だったとすれば──。震える声で、例の呪文を唱える。
     あじゃらかもくれんてけれっつのぱあ。
     老人は驚愕の表情を浮かべ、煙のように姿を消した。
     見る間に、病人の顔に血の気が戻る。半刻と待たずに、彼は起き上がれるようになった。
     村人たちの驚きようといったらなかった。
     たちまち、八左ヱ門の噂は広まった。
     寝込む病人のある家から次々と声が掛かる。どの病人のかたわらにも必ず死神の姿があった。それが足元ならば呪文を唱え、枕元ならば黙って首を振る。
     幾多の死神が現れては消えた。しかし、その中に勘右衛門の姿はなかった。
     一文の銭も取らずに病を治してくれる、そんじょそこらの医者も敵わない腕前だ──。いまでは、遠くの村からわざわざ八左ヱ門を訪ねて来るものもあった。

     その日も八左ヱ門の住まう小屋の戸を叩く者があった。
     がたつく引き戸を開けた先には、伊作の姿があった。
     互いの姿に一瞬言葉を失ったものの、忍びの心得ある者同士、感情に呑まれてばかりもいられない。八左ヱ門は無言のまま来客を迎え入れ、音を立てて戸を閉めた。
    「驚いた。君が医者とはね」
    「……あなたみたいな医術はありません。俺のはしょせん、まじないみたいなもんで──」
    「まじないでもなんでも、それで治るなら立派なものさ」
     伊作は粗末な小屋の中身を見渡すと、何かを悟ったように目を伏せた。
    「名前も生業も変えたというわけか。詳しいことは聞かずにおくよ」
     正直なところ助かった。昔から察しの良い人だった。
    「……要件は、」
     あの学園で医術と言えば伊作だった。その彼が、なぜ己のようなまがいものの医者を──。
    「僕には治せない患者がいてね。このところ評判の君を頼って来た」
    「寿命の尽きる者は、俺にも治せないですよ」
    「患者は伊賀崎孫兵だ」
     その名に、八左ヱ門の呼吸が止まった。粗末な小屋の空気が、一瞬で凍りついたように感じる。
    「──孫兵が?」
    「今は僕の診療所に寝かせてある。満身創痍で担ぎ込まれて来たときは肝が冷えたよ。傷は縫ったものの、熱が下がらない。意識も戻らないままだ」
    「……容態は」
    「僕の見立てでは、もって数日というところだ。だが、あの学園の後輩を、そう簡単には諦めきれなくてね」
     ほうぼう手を尽くして、君の噂に行き着いた、と伊作は告げた。
    「ともかく一度診てやってくれないか」
     二人は急ぎ足で小屋を後にした。
     
     どうか、どうか足元であってくれ──。藁にも縋る心地で通された部屋を見回す八左ヱ門のおもてが青ざめた。
     枕元には、勘右衛門が座っていた。
     八左ヱ門は息を呑む。思わず伊作の顔を窺うが、彼の表情に動揺の色はない。
    「……伊作先輩、枕元に、なにも見えませんか」
    「なんのことだい?」
    「無駄だ」勘右衛門が口をはさむ。「今の俺はお前にしか見えない」
    「……先輩、しばらく俺と孫兵をふたりにしてください」
     伊作が部屋を出るや否や、八左ヱ門は勘右衛門に掴みかかった。
    「どういうつもりだ!」
    「決まってることなんだ。俺だってこんな役割はごめんだよ」
    「だからって、こんな……!」
    「お前こそ、せっかく助けてやったのに、孫兵に会いもしなかっただろう」
    「それは……」
     抜け忍の自分が、彼の前におめおめと姿を表せるわけがないではないか。いつか暮らしが落ち着いたら、いつかもっとましな身分になれたら──。そう思い続けてきた。
    「言っただろう。孫兵と暮らせって、悔いを残すなって」
    「まさか、こうなることがわかっていて……」
    「お前は間違えたんだよ」
     胸ぐらを掴む八左ヱ門の手を、勘右衛門はそっとほどいた。
    「頼む、どうか、なんとかならないのか」
     今度は懇願し始めた八左ヱ門を、勘右衛門は憐れむような目で見た。
    「あじゃらかもくれん──」
    「枕元の死神には、その呪文は効かない」
     八左ヱ門はその場にへたり込んだ。震える手で孫兵に縋り付く。
     数年ぶりに目にした彼は、病にすっかり窶れ、見る影もない。
     乾いた肌、落ち窪んだ瞼、熱にひび割れた唇。苦しげに目を閉じたその顔は、それでもあの頃の面影を色濃く残していた。
     八左ヱ門の記憶に焼き付いた屈託のない笑顔。耳朶に残る、自分を呼ぶ低く甘い声。そのすべてが、もう二度と戻らないというのか。
     堰を切ったように込み上げる想いに、堪えきれない嗚咽が漏れた。
    「明日の夜明けまでだ」
     勘右衛門は目を伏せた。
    「俺はこの場を離れられんが、後ろを向いててやる。それまでに別れを済ませろ」
     それきり彼は背を向けた。
     部屋に響くのは八左ヱ門の啜り泣きと、孫兵に語りかける声だけだ。
     苦しいだろう、長く放っておいてすまなかった。──答える声はない。
     やがて、八左ヱ門は、呪文を唱え始めた。もはや体面も体裁もかなぐり捨てて、このふざけた響きの呪文に、一縷の望みをかけて縋った。
     勘右衛門は一度振り返り、ふたりのようすを目にすると、見るに堪えないとばかりに、黙ってふたたび背を向けた。八左ヱ門はそれを意にも介さず、ただ呪文を繰り返し続けた。
     ──死神の座る位置が枕元だった場合は、もう助からない。だが。
     孫兵を抱きあげる。
     ぐったりと力の抜けた孫兵の身体を、己の胸によりかからせる。ぐらつく頭は肩口に乗せた。ぜい、ぜいと熱く掠れた息が掛かる。俺が助けてやるからな、と声を掛け、最後にきつく抱きしめる。それから。
     八左ヱ門は孫兵の身体を素早く横たえた。──先程までと上下を逆にして。勘右衛門が座る場所が、孫兵にとっての枕元から足元へと変わる位置を見計らって。
     あじゃらかもくれんてけれっつのぱあ!
     その瞬間、勘右衛門は大きく身震いした。自分の方に足を向けた孫兵を確認し、その意味を悟ったのか、驚愕に顔を歪める。
    「お前、なんてことを……!」
     そうして、彼は姿を消した。
     
     孫兵の頬には、瞬く間に赤みが差した。
     もう大丈夫だ。
     伊作を呼び、処置を任せる。後は彼の領域だ。
     夜が開ける前に、八左ヱ門は席を外した。
     
     外には勘右衛門が待っていた。
    「……自分がどんなことをしたのかわかっているのか」
    「ああ」
    「……ついてこい」
     先をゆく勘右衛門の後に従う。ふたりの間を気まずい沈黙が流れた。
     連れて来られた先は洞穴だった。一寸先すらおぼつかないような暗闇の中を、彼の気配を頼りに進む。
     しばらく歩いたところで、急に光が目に飛び込んだ。眩しい。闇に慣れた目の奥に染みる。
     ようやく目が馴染むと、あたりのようすが見えてくる。
     光の正体は無数のろうそくだった。地面と言わず壁と言わず、天井の近くまでを埋め尽くし、おびただしい数のろうそくが燃えている。
    「──これは、」
    「このろうそくは人の寿命だ。この火が消えれば、命も消える」
     長いもの、短いもの、太いもの、細いもの。音を立てるほど威勢よく燃え盛るものもあれば、頼りなげに揺れる火もある。
     勘右衛門はそのうちの一本を指差した。
     爪の先ほどの短いろうそくの先で、小さな火が揺らめいた。
    「これがお前のろうそくだ」
    「……消えかかってる」
    「ああ。本来のお前のろうそくはそれ──その太くて長いやつだった。さっきの件で孫兵のろうそくと入れ替わったんだ」
    「そうか……」
     八左ヱ門の顔に浮かぶのは、安堵の表情だった。
    「おい、それでいいのか? お前は死ぬんだぞ」
     勘右衛門は声を荒げた。
    「孫兵の火を見てみろ」
     見るからに寿命の残りをたっぷりと残すろうそくの先で、か細い火が揺れている。
    「まだ火が安定してないんだ。今なら間に合う。もう一度火を入れ替えて──」
     八左ヱ門は黙って首を振った。
    「早くしろ、消えるぞ」
    「一度は捨てた命だ。孫兵のために使えるのなら本望だよ」
     勘右衛門は苛立ちを隠そうともせず手を伸ばして来た。
    「どけ、俺がやる」
     ろうそくに手が伸びる。
     その直前。
     八左ヱ門は、短いろうそくに強く息を吹きかけた。
     ──今度こそ間違えなかった。
     最後に八左ヱ門が聞いたのは、己の身体が崩れ落ちる音と、勘右衛門の哀しげな声だった。
    「ああ、火が、消えた……」
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