絆創膏と独占欲休憩中。
「おや?司くん、頬に傷ができているね」
「む!?本当か?そういえば先ほどの練習で一度転倒してしまったからな...その時にすりむいたのかもしれん」
「傷んだりはしていないかい?」
「ん、ああ...言われてみると少しじんじんする感じはあるが...出血はしていないようだし、大丈夫だぞ。だが傷がむき出しというのはよくないな...更衣室に戻って絆創膏を...」
「ああ、それなら僕が持っているから、貼ってあげるよ」
「おお、助かるぞ、類」
ごそごそと懐をまさぐり、絆創膏を取り出す類。
「それじゃあ司くん、もう少しこっちに来てくれるかい」
「ん、こうか?」
「頬に貼るんだから、もっと近づいてくれないと。それこそ...キスができるくらいの距離でね?フフ…」
「っ!?ば、ばか類っ、いちいちそういうことを挟んでくるんじゃない…!」
「って言いつつ距離を縮めてくれる司くん、可愛いなあ。ふふっ…」
「うるさいぞ!ほ、ほらこれくらいまで近づけばキスを…じゃない!絆創膏を貼れるだろう!」
「おや司くん、キスをして欲しくなってしまったのかい?フフ、欲しがりだね」
「ち、違うわ〜っ!そんなことあるか!く…お前が変なこと言うからだぞ…!とにかく貼るなら早く貼ってくれ…!」
「ふふ、分かっているよ。じゃあ、少し触るね」
「まったく…ん、いつでもいいぞ」
絆創膏を貼られるだけなのに、なぜか目を閉じて本当にキス待ちのようなスタイルで類に向き合う司。それを目の当たりにした類は、理性の壁が崩れ始める音が聞こえ始めた。
一時はそれをこらえつつ、司の頬に自前の絆創膏を貼る。
「...これでいいかな。貼れたよ、司くん」
「おお、感謝するぞ、類」
「さて、絆創膏も貼れたし...わかっているよね、司くん。さっきも、まるでキス待ちみたいになっていたしねえ?」
「なっ…そんなつもりは...うわ!ちょっ…るいっ...!」
類が司の顔をぐっと引き寄せる。間近に迫る、お互いの顔。
「ふふ...かわいいね、司くん」
「っ…んっ…!ば、ばか…!あんまり触るな…!」
類が先ほど自身が司の頬に貼った絆創膏をなぞるようにさわり、それに反応してぴくりと体を震わす司。
「...ああ。いいね。まるで..いや、実際そうなのだろうけれど。司くんが...僕のことを大好きみたいだ...」
「な、何を言って…」
「うん。僕も、大好きだよ。司くん。これで正真正銘、司くんは僕のものだね」
「急にどうし…っん…!」
類が突然の告白に混乱している司の唇にむさぼりついたのは、間もないことだった。
※
「(ぬー...類のやつ、さっきはなんだったんだ...?オレに絆創膏を貼ってからというものの、なんだか様子がおかしくなったように思えたが...そんなにオレに絆創膏を貼ったのが嬉しかったのか...?)」
「司くん司くん!さっきのシーン、もう1回一緒に合わせてもらいたいんだけど、いいかな?」
「ん、ああえむか。もちろんかまわんぞ」
「わーい!それじゃあよろしくね、司くん!」
えむと練習している司の様子を遠目から見ている類。
それを見た寧々は類の表情を見て辟易とする。
「(類が自分の好きなことに対して気持ち悪いくらいにやにやしてることなんてしょっちゅうだから、敢えて突っ込むのも野暮かもしれないけど...さすがに今の類、ちょっとうるさいし、いいよね...)ねえ類」
「ん?なんだい寧々」
「さっきから司の方見てずっとにやにやしてるけど、何かあったの。あ、ううん。別に具体的に説明しなくてもいいから、その司大好きオーラだだ漏れなのやめてほしいんだけど」
「おや、ばれてしまったようだねえ。やはり寧々にはわかってしまうんだね」
「いや、多分私じゃなくても気付くし...」
「司くんが頬に絆創膏をつけているのが見えるかい?」
「か、勝手に進めてるし...。絆創膏?...あ。本当だ。そういえば休憩前の練習で司、派手にすっころんでたし、その時?」
「ああ、そうだよ。頬に擦り傷ができていたからね、僕が絆創膏を貼ってあげたんだ。僕の自前の絆創膏をね。色をよく見てもらいたいんだけど...」
「色?.....ああ....そういうこと....」
司につけられている絆創膏の色を確認した寧々は、その色にげんなりする。類がやたらとにやにやしていた理由にも合点がいき、やっぱり、という感情にさせられるのだった。
「あれ、司は気付いてるの?」
「いや、貼ってから司くんが鏡を見ているそぶりは無かったはずだから、まだ気付いていないと思うよ。気付いたら、何か言ってくるだろうしね」
「ふーん...ま、別に勝手にやってればって感じだけど...ほんと類って、そういうことするの好きだよね。自分が好きなものに対する独占欲っていうか..大事にしたいっていう、そういうやつ」
「ふふ。そうかな。でもそういう感情というのは、好きであれば当たり前のものだとは思うけれどね。絆創膏一つで「好き」や「独占欲」を表せるなんて、素晴しいと思わないかい?」
「...それ、司に言ってあげたら?」
「司くんが気付いたら、ね。ふふっ...楽しみだなあ」
終始げんなりしている寧々を尻目に、類は終始にやにやと笑い、この後の顛末に胸を躍らせるのだった。
※
その日の夜、天馬家。
司が帰宅すると、リビングで寛いでいた咲希が出迎える。
「ただいまーっ」
「あっ、お帰りお兄ちゃん!練習お疲れ様~」
「おお咲希、お前も帰ってきていたのだな。お互い今日も一日頑張ったな!」
「うん!あ、夜ご飯、もうすぐできるって。あれ?お兄ちゃん、そのほっぺたの絆創膏...」
「ああこれか?恥ずかしい話だが、練習中に派手に転んでしまってな。軽い擦り傷ができてしまったんだが、その時類が丁度絆創膏を持ち合わせていて、貼ってもらったというわけだ。たいした傷じゃないから、心配しなくていいぞ」
「へー、そうだったんだ~。るいさんがお兄ちゃんに...」
咲希は司に貼られている絆創膏を何かを探るように、まじまじと見やる。
「な、なんだ咲希。何か変か?」
「ううん。るいさんって、かわいいことするんだなーって思っただけだよ。ふふっ、お兄ちゃん、ほんとにるいさんに大事にされてるんだね」
「なっ...!?な、何故そういう話になる..!?はっ、類のやつ、この絆創膏になにか仕掛けを...!?」
相手はあの奇想天外な演出を好む類。
貼られてから類の様子が少しおかしかったこと以外は特段なにも無かったためすっかり油断していた司だったが、咲希のコメントを受けて何かある、と悟る。
慌てて自室に駆け込み、部屋にある大きな姿見で自分の顔を確認する。
「これは...普通の絆創膏のようだが...い、いや待て、この色...」
その絆創膏は、オーソドックスなベージュのものではなく、しっかりカラーリングがされているものだった。
「この色って...まるで....類のようだな....あっ..!?」
その色を見て思い浮かぶのは、この絆創膏を貼った張本人ただ一人のみ。
自分が類を彷彿させる色味の絆創膏を頬につけていた、と理解できた司は一気に体が熱くなっていくのを感じる。
同時に、類や咲希が言っていたことも理解する。
「オレが類のことを大好きみたいだとか、類がオレを大事にしているって...そういうことか...!!る、類のやつ~~っ…!!」
簡単に言えば、司視点からすれば「自分は類のことが好きで、こうして類色の絆創膏をつけてさりげなくアピールしている」という見方ができ、類視点からすれば「司くんは僕だけのものだよ、これはその証さ」という見方ができる、というものだった。
大抵の人(司と類の関係を知らない人)はただ紫の絆創膏をつけているな、でスルーするのであろうが、類本人や咲希など、近しい人物には簡単にそこに秘められた思いまで見破られてしまうようだ。
「むう...確かに、オレは類のことが好きだからな、別に嫌というわけではないんだが..類の思惑を考えると恥ずかしいことこの上ないな...」
服で隠せる腕や脚ならまだしも、頬という隠しようのない部位に貼られているのもまた恥ずかしさを増徴させた。周囲がどう解釈しようがしまいが、この絆創膏にはそういう意味がある、ということが司にとって重要だった。
いっそ剥がして普通の絆創膏に差替えて楽になってしまうか、ともよぎったが。
「...剥がしてしまうと、類、残念がるかもしれんな...。多分、オレの反応も気にしているだろうしな...」
そう、類を想ってしまうのも事実だった。
「仕方ない、明日1日くらいはつきやってやるぞ、類...」
気恥ずかしそうだが、少し嬉しそうに。類の想いが込められた絆創膏に触れながら、司はそう呟くのだった。