お家に行こう◾︎scene1.体操
「うぅ…今日も身体がバキバキだ…」
「大丈夫かい、司くん。ほらこの千切りキャベツを分けてあげるからこのキャベツのようにしなやかに…」
「なるかっ!!あ!おい!分けるどころか全部ではないか!!ああもうお前は…」
「キャベツくんたちも司くんに食べてもらった方が嬉しいって言ってるから…『僕を食べてしなやかになってツカサクン♡』って…ね?」
「……相変わらず野菜を避けるためならなんでもアリだなお前は…。まあ身体を動かした後で腹も空いているし、そこまで言うなら食べてやらんこともない」
「フフ、それでこそ司くんだね♡」
今日の森ノ宮でのレッスンを終えたオレと類は、夜ご飯を食べにファミレスへとやって来ていた。トンカツ定食を注文した類がよく分からん理由をつけて付け合せの野菜をオレに横流ししてきたが(毎度のことだが)、過酷なバレエレッスンを乗り越えた後だとこれくらい造作もないことであった。
「でも今日の司くん、今までで一番しっかり柔軟ができていたように見えたよ」
「なにっ!本当か!?うーむ…やはり日々の積み重ね…それと毎晩やっているタコ体操の効果があるようだな…!」
「タコ体操?」
「うむ。タコのように動き柔らかくうねる体操だ。オレはタコ…深海を漂うタコ…と念じながらやるのがポイントだぞ!」
「へえ…中々ユニークそうな体操だねえ」
「良かったら類もやるか?このオレがマンツーマンで教えてやるぞ」
「おや…司くんのマンツーマンだなんて魅惑的だね。それに…そうだな、柔らかくなっている司くんの身体も触…しっかり見てみたいし、じゃあお願いしようかな。この後僕の家、来るかい?」
一瞬いかがわしい言葉が聞こえた気がしたが、一旦気にしないでおく。それよりも。
この後僕の家に…という類の誘いに胸の高鳴りを感じてしまう。もう何度も行っているのに、こうして誘われると毎回どきりとしてしまうものだ。
「いきなりだがいいのか?そ…その、お前さえよければ行きたいが…」
「司くんならいつでも大歓迎だよ。それに、キャベツも食べてもらったしね。あ…ちょっと片付けはしないといけないけれど」
「大丈夫だぞ、お前の部屋の掃除にはもう慣れたものだからな。では今日もよろしく頼むぞ、類」
「ああ、こちらこそ」
「教えてやる」と言った時、下心が全く無かったかと言われると、そうでは無かったと思う。もちろん本心はオレと同じく柔軟に挑んでいる類と共有できるものは共有したいという思いだ。
だがこうして結果的に類の家に行くという展開になり、それがとても嬉しいと思う気持ちが、その下心を肯定しているのだということも、まざまざと感じざるを得なかった。
食事を終え、ファミレスから出る。時間は19時を回っており、辺りはすっかり夜の街だ。
家(咲希)にもしっかり「今日は類の家に泊まる」ということをメッセージで伝え、オレは類とともに類の家に向かう。
夜の街を、類と歩く。
この後、類の家に一晩泊まる。そんな前振りの中の…この空気感。
…い…いかんな。なんだか…すごくそわそわしてしまう…。「下心」を認めてしまったからなのか…、雰囲気に呑まれているのか…。
「…司くん。手、繋ぐ?」
「んん”っ!?え”っ…あ…、な、なぜそうなる…?!」
唐突すぎて変な声が出た。いや…唐突というより、オレの今の心情を察知してきたかのようなその物言いに驚いたというか…。
「だって司くん、ずっとそわそわしてて、何かしたそうだったからね。で、顔に「手を繋ぎたい」って書いてあるような気がしたから…フフ、当たりだったかな」
「あ…う……、お前…すごいな…」
「司くんだからね。にしても、珍しいね。司くんから手を繋ぎたいだなんて」
「ん…、今から類の家に行くだろう…そう思ったら、…そ…、そういう気分になってしまっただけだ…」
改めて指摘されるとかなり恥ずかしく、類と目が合わせられない。そういう気分になったというのは、自分で言っておいてアレだが、かなり破廉恥だと思う。今からもずっと類と2人きりになれると分かって…浮かれているんだからな。…いや、もちろん本題のタコ体操を教えるということは忘れてはいないぞ。断じて。
「わ…♡司くんてば、せっかちさんだねえ。いや…司くん的に言うなら「はれんち」かな?」
「うっ…、仕方ないだろ…!今からもずっと類と居られると思ったら、嬉しくてだな…!」
「……我慢できないほどに?」
悪戯っぽく、いやらしく微笑みながら類が手を差し伸べてきた。類の方こそ破廉恥だ…。
「……うむ…」
ぎゅ、とその手を取る。類の手はオレの手より大きいから、オレの手はたちまち類の手に飲み込まれる。
…堪らないな。こうして、類に触れているのが。触れられているのが。これから手を繋ぐより破廉恥なことをするかもしれないのに…これだけでも、舞い上がってしまうくらいに嬉しいのだ。
「司くん」
「ん、なんだ?」
「家に着いたら…、タコのように骨抜きにしてあげるからね…♡」
「ぬっ…?それはこちらのセリフだが…?」
…タコ体操を教えるのはオレのはずだが。まあ確かに今のオレは、類と手を繋いでいてふにゃふにゃしているかもしれないが…。
「ふふ…♡」
類の言っていた「タコのように骨抜きに」というのが、タコ体操のことを言っているわけではなかったことに気づかされるのは…類の家(部屋)に着いて間もなくのことだった。
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「んっ……ん、んぅっ……♡っは、…ん、ふぅ……っ…♡」
「っ……はっ……♡…つかさくん…、可愛い…」
「ん、はぁ…、りゅ…りゅぃ…、まっ……ん、ん〜〜っ……!」
…そう。類の言う「骨抜き」とは、部屋に入るや否や、有無を言わさずキスをしてくることだったのだ。もちろんいつもの流れからして、キスだけで終わるわけがないのも分かっている。
ち…違うんだ、確かにオレもこういう展開になる想定はしていたし、類の家に行くまでに浮き足立ってしまっていたのは、つまりそういうことなのだが…!
このままでは、タコ体操を教える前にオレがゆでダコになってしまう…。
「る……るい、るいっ……、ちょっと、まてっ……」
呼吸のために口を離してきた瞬間を狙い、何とか類に食い下がる。
「なんだい?」
「った…体操……、タコ体操、教えるって言っただろ…いきなりキスをしてきおって…」
「うん、だからこうして準備体操ということで骨抜きにしてふにゃふにゃにしてあげようと思って」
「確かに、気持ちよくてふにゃふにゃにはなるかもしれないが…!こんなにキスされたら、もう体操どころじゃないだろ…!」
「フフ…だって司くん、僕と一緒に居られるのが嬉しくて、破廉恥な気持ちになっていたんだものねえ。本当は司くんも、早くシたかったんじゃないのかい?」
「そっそれは…、そんなことは…っ…、」
「大丈夫、体操も後でちゃんと教えてもらうから…。ね、司くん…僕だって我慢できないんだよ。一緒に居られるのが嬉しいだなんて言われて手を繋いで…平常心で居られると思うかい…?」
「あ……ぅ……、…お……思わん…」
欲を孕んだ眼差しで見つめられ…観念するしかなかった。
…そうだな。オレも…あの時…類の家に行く…という時から、オレを支配するのは破廉恥な「欲」しかなかったではないか。何を拒む理由がある…。
タコ体操をやるまでもなく、ふにゃふにゃとろとろになってしまうのは時間の問題だった。