アキが死んで数十年、アキは再び日本で生まれそして公安にいた。
この時代になっても今だに悪魔がいて、公安特異退魔課も存在していた。アキの今世は、悪魔に家族を奪われることもなく、平和に普通の人生を歩くこともできた。それでも、どうしてもデンジやパワーのことが気がかりで再び公安へと足を踏み入れたのだ。
しかし、公安に入って数年、2人に会うどころか前世の知り合いにもほとんど出会わず、やはりすでにこの世にはいないのだろうかと、諦めかけていた時、とある噂が耳に入ってきた。
「なぁ知ってるか。元人間の悪魔の話。」
「元人間?」
それは公安の廊下で立ち話をする2人の男の会話から聞こえてきた。
「ああ、元々は人間だったけどある日突然、悪魔になれるようになったんだと。」
「はぁ?悪魔になれる?魔人か何かとかだったんじゃないか?」
「いや、いま悪魔収容施設にバラバラにされて保管してあるらしいが、それを見たやつ曰くどう見ても普通の人間の身体だったって。」
「うげ、バラバラの死体が保管してあるのか」
「そうらしい、事実なら随分と気味の悪い話だ。」
「ちなみにその悪魔、なんの悪魔なんだ?」
「あぁー…なんだっけ、確か…
“デンノコ”の悪魔?だったかな」
アキは2人の話を聞いてどうしようもなく胸騒ぎがした。嫌な想像が次々と浮かんでくる。必死にそれを否定しながら、とある人物の元へ向かった。
それは唯一の前世からの知り合い、今も昔も最強の男として恐れられている岸辺の元へ。
「隊長、聞きたいことがあります。」
「…なんだ。」
「悪魔収容施設、にいる“デンノコ”の悪魔について」
「……」
岸辺は何も言わず、特に表情を変えることもなかった。
「会わせてください。“デンノコ”の悪魔に」
「……明日の6時。ここに来い」
わずかな沈黙の後に岸辺は紙切れを1枚、アキに渡した。
そこには、悪魔収容施設近くの倉庫の場所が書かれていた。
翌日、アキは岸辺に指定された場所へときていた。
「来たか。」
「隊長、ここって…」
「ここは収容施設の緊急用の出入り口がある。あそこは申請したくらいじゃ入れない。忍び込む。」
「えっ、でも防犯カメラとかあるんじゃ…」
「ここは何年も悪魔の脱走だとかがなかった。だからまあ、その分管理も杜撰になる。そのうち、悪魔の1匹や2匹逃げ出すかもな。」
そんなことを言いつつ、岸辺はどんどん施設の奥へと入っていく。その間、人がいるのか疑わしくなるほど静かで誰にも会わなかった。
「ここに“デンノコ”の悪魔がいる」
アキはここに来て、怖気付いてしまいそうだった。この先に見たくない未来があるかもしれない、でももし、今はいることを断念すればこの先の最悪から目を背けて、一生蟠りを抱えたまま生きていくのか、逡巡する思考を抱えて岸辺が易々と鍵を開けるのを見ていた。
アキの感情など置き去りにして、無情にもドアが開いた。
そこには、考えていた中で1番最悪で、1番求めていたものがあった。
「デンジ、」
デンジの身体は胸から下がなく、スターターロープがあった場所は切り開かれ、そこから取り出したのだろう心臓は、デンジが入れられている水槽の横に、同じ様に水槽に入れられていた。
なんだ、これは、これじゃあホルマリン漬けにされた標本の様ではないか、人間にすることか、デンジは人間じゃないって言うのか、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、アキの中で、今までに経験した事のない激情が巡った。それと同時に、強烈な吐き気も襲ってきた。
「ゔ、おぇ」
「おい、ここで吐くな。侵入がばれる。」
激しい怒りと吐き気でふらつくアキを引きずる様に岸辺はもときた道から外へ出た。
「どうして、どうしてデンジはあんなことになってるんですかっ!!」
アキは感情のままに言葉を吐いた。そんなアキを、いつもと変わらない平坦な表情で見ていた岸辺は、おもむろに話し始めた。
「お前が死んだ後、支配の悪魔を倒し、その転生体のナユタとデンジは暮らしていた。まぁ、それなりに普通の暮らしとやらをしていたのだろう。」
自分が死んだ後、デンジがちゃんと生活を続けていけたことに、僅かながら気持ちが落ち着いたアキは、黙って岸辺の話に耳を傾けた。
「だがな、上層部って奴らはデンジを恐れた。支配の悪魔を倒し、その転生体すら懐柔してしまい、自らも悪魔となれる存在に。」
「だから、バラして保管したってことですか。デンジは何も悪いことはしてないじゃないですか。」
アキの中で再び怒りが再燃した。
「人間っていうのはどうしようもなく臆病で弱い。特に上にいる奴らはな。」
岸辺がなんでもない様に言う。アキは、ひとつの決意をした。
「デンジを連れ出します。」
「連れ出してどうする。そもそも、お前ひとりでできると思っているのか。」
「たとえ俺の命にかえても、デンジを自由にします。俺はこんな現実受け入れない。」
アキは岸辺にも、誰に何を言われてもこの決意を実行する気でいた。そんなアキに岸辺は、少し呆れつつも言葉を返した。
「命にかえても、はやめとけ。またデンジを1人にする気か。それに誰も手伝わないなんて言ってないだろ。」
「え、それはどういう…」
「1週間待て。やるなら確実に成功させる。」
岸辺の言葉に驚きつつも、この男が味方なら確実にデンジを解放できるだろう。そう思ったアキは岸辺の言葉に従った。
そして、決行の日。
その計画は呆気ないほど簡単に成功した。まるで、何年も計画していたかのように滞りなく。
「この後は、ここに行け。ここなら公安の目がなく、しばらくは暮らせるはずだ。」
「隊長、もしかしてずっと前から計画していたんですか?」
「俺は壊れないオモチャが結構気に入っていたんだ。それが壊れたまま、長い間放置されているのは気に食わねぇ。」
岸辺はなんでもないように言う。
「それに、育てた犬っころがそのオモチャを大事にしたいって言うんなら、多少手を貸してやろうと思っただけだ。」
「…ありがとうございます。」
アキは感謝の言葉と共に深く岸辺に頭を下げた。
「まぁ、せいぜい追手がいなくなるくらいには、長生きするんだな。」
アキとデンジの2人の生活は静かに、緩やかに流れていった。
デンジを水槽から出した時に、心臓を元に戻し持ってきた輸血パックを飲ませたことで、胴体部分は回復していた。だだ長い間、不完全な状態でいたからか手足の回復は遅く、意識もはっきりと戻ることはなかった。
ぼんやりと目を覚ますデンジに、自らの血を飲ませて回復を促したり、風呂に入れてやったりと、何もできない状態のデンジを甲斐甲斐しく世話をした。そんな日々が続いたある日、ついにその時が来た。
「…アキ?」
「っ、デンジ、俺のことがわかるのか」
「…おう。なぁアキ、ここどこ?なんでここにいるんだ?」
デンジはこの状況が理解できないのか、部屋を見まわしてアキの顔を見つめては首を傾げてる。
「ここは俺とデンジが暮らしてる部屋だ。お前が公安に捕まっていたのは覚えてるか?」
「、なんとなく。」
デンジはあまりこの事を思い出したくないのか苦々しい顔をして答えた。
「そうか。お前は俺が公安から連れ出して今ここに隠れ住んでいるんだ。見つかるとまずいから、まだしばらくここに留まるつもりでいる。」
「公安から連れ出す?」
「お前は…公安で危険な悪魔とされていて、悪魔として収容されていた。俺はそれが許せなくて連れ出したんだ。」
「ふうん」
デンジはいまいち理解してないのか、興味がないのか曖昧な返事をして黙ってしまった。
「…ぁ、ナユタ、ナユタはどこだ?」
「ナユタ?」
急にデンジは焦ったようにあたりを見回して動こうとしたが、四肢のない状態ではバランスが取れないのかよろけて倒れそうになった。そんなデンジをアキが慌てて抱き止める。
「おい、急に動くな。ナユタって一緒に暮らしてた女の子のことか?」
「そう。」
「すまない。その子のことは知らないんだ。」
「……」
「その子のこと心配なのはわかるが、今の状態じゃ探すのも困難だ。まずは回復することに専念しないか?」
アキの言葉に一理あると思ったデンジは無言で頷いた。落ち着いた様子のデンジにひとまず安心したアキは、デンジをそっとベッドに寝かせた。
デンジは疲れたのか、ベッドに寝かされた数分後にはすぅすぅと寝息を立てて寝てしまった。
「俺、なんか赤ん坊みてぇでやだぁ〜」
意識がはっきりしてからも、アキに世話をしてもらう状態にデンジは気恥ずかしさを感じてるのか、短くなった手足をバタバタさせながらそんなことを言っていた。
「おい、飯食ってる時に暴れるな。」
「だってよー」
不貞腐れたような表情のデンジに、生意気さと元気になりつつあることへの嬉しさを感じながらアキはデンジの口へ食事を差し出す。
「ほら、口開けろ。あんまり暴れるなら抱えて食わすぞ。」
「うげー、ちゃんと食えるし!なんなら飯もちゃんと作れんだからな!」
「はいはい、えらいえらい。それじゃ、元に戻ったら作ってくれよ。」
「おう!すっげー美味いめし作ってやんよ」
得意げなデンジは可愛らしく、そして、前世(まえ)に教えたことがデンジの中でしっかりと生きづいていることがこの上なくアキは嬉しかった。
「なあなあ、ずっと気になってたんだけど、アレってテレビ?」
デンジは元気になってから、しきりに部屋の中のものをアレコレとアキに聞いていた。今日はテレビが気になったようだ。
「ああ、そうだぞ。なんか見るか?」
「見る!テレビこんな薄っぺらくなってんのな。」
興奮気味のデンジに促されるように、アキはテレビをつけた。
『20〜年の人気スポット!今日は〇〇水族館に…』
テレビからリポーターのハイテンションな声が響く。どうやら今年の話題スポットについての特集をしているようだ。
「_____ぇ、」
先ほどまで楽しそうな様子とは真逆のか細い声がデンジから聞こえた。
「どうした?」
「あ、あき、い、いまってなんねんのなんにち。」
デンジが酷く動揺して、青褪めた顔でアキに問いかける。
そんな様子に困惑しながらアキは答えた。
「今は20〜年の…」
「、っ」
デンジはアキの答えを聞いて、呆然とした表情のまま俯いてしまった。
「デンジ?」
アキが声をかけると同時にデンジの目から涙が溢れた。
「おれ、そんな長い間、ナユタ、ナユタごめん。ごめんナユタ、おれ、ゔぅ…」
デンジは途切れ途切れに、言葉を紡ぎ“ナユタ”に対して謝り続けていた。
突然泣き出したデンジに、なんて声をかければいいのか、何に対してそんなに悲しんでいるのかアキには何もわからなかった。
デンジはあの日から、ぼんやりと過ごすようになった。目覚めてから取り戻しつつあった昔の元気さも鳴りをひそめ、ほとんど話すこともなくなってしまった。
「デンジ、少しは食べないか?いくら不死身だって言っても腹は減るだろう?」
「…いい。」
初めの頃は美味しそうに食べていた食事も、今はほとんど食べることはない。
食べることも、話すこともしなくなったデンジはただ日々をぼんやりと過ごす。
そんな様子のデンジにもアキは変わらず甲斐甲斐しく世話をした。しかし、アキの献身も虚しくデンジはどんどん衰弱していった。
弱っていくデンジに何もできないアキは、もどかしさと虚しさだけを募らせていく。
そして、デンジの身体が水槽から出したあの日のような、細く頼りない姿になってしまった時、アキは堪らずデンジを抱きしめた。そうでもしないと、デンジが消えてなくなってしまいそうだったから。
「…っ!」
アキに急に抱きしめられたデンジは、思わずアキを凝視してしまった。そして気づく、アキもデンジと同様に窶れて疲れ切っていることに。そんな様子のアキに、デンジは思わずあの日からずっと心の奥底にある気持ちを溢してしまった。
「どうしてアキは、俺んことこんなに世話してくれんだ。俺はもう、生きてたって仕方がないのに」
デンジが、思わず溢した言葉にアキは今まで押し込めていた気持ちが溢れ出した。
「俺はお前が大事なんだ。愛してるんだ。もうお前がいない人生なんて要らないくらい、愛してるんだ。」
デンジに対する愛をアキは涙ながらに伝えた。
アキの涙と言葉にデンジば驚いた。それは。ずっとずっと昔から求めていた。欲しくて、でもダメで、誰にも与えられなかったモノだった。それを今、アキが与えてくれた。
その事実が、デンジの中の何かを動かした。
「…アキは、俺に生きていてほしい?」
「当たり前だろ。お前が死ぬなら俺はもう、この世界で生きる意味がなくなってしまう。」
デンジはその言葉を聞いて、どうせ生きていても仕方がないなら、アキのために生きようと思った。アキがデンジをいらなくなるまで生きようと決めた。
その日からデンジは再び体を回復させることに専念した。そんなデンジを、アキはますます甲斐甲斐しく、繊細なガラス細工でも扱う様に一等大切にした。
「なあ、そんな丁寧にやらなくても、俺、死なねーから大丈夫だぜ。」
「俺が丁寧にやりたいんだ。良いから大人しく大事にされとけ。」
そんな様子のアキにむずかいゆい気持ちと、いつかアキの気持ちが変わらずいてくれたなら、その気持ちにも応えようとデンジは思った。
まだデンジの身体は元に戻らない。
なぜならデンジは気づいていたから、アキがデンジの身体が完全に治る事を少し恐れていることに。回復するごとに浮かべる嬉しそうな顔の奥に、わずかに不安があることを。きっと元気になってしまったら、デンジがいなくなってしまうのではないかと考えているのだろう。そんな事ないのに。だからデンジはゆっくりと体を元に戻していく、本当はもう直ぐにでも五体満足な状態にできるが、アキが安心できるように。
何故ならデンジはアキのために生きているのだから。