巻き戻しの世界で君と①「このタバコ食ったら100円やるよ!」
ヤクザにそう言われ、少年は嬉々として受け取ったタバコを口に含もうとした。
「マジっすか!?いただきま…「何やってんだ!バカ!!」あ?」
しかし、そのタバコは突然現れた青年によって、少年の口に入ることはなかった。
「ちっ、邪魔が入ったな。興醒めだ、じゃーな、デンジ。」
そう言ってヤクザは車を発進させ、去っていってしまった。
「おいっ!なんだテメー、せっかく100円貰えっかもだったのによー」
そう言って腕を掴まれたままのデンジがアキにくってかかる。
しかしアキは、ようやく再会できたデンジが、記憶している姿よりボロボロで、随分と痩せ細っていることに衝撃を受け、デンジの文句は耳に入らなかった。
「タバコ食おうとするなんて危ないだろ。100円ごときでそんなことするな。」
「あ?あんくらいよゆーだっての!そもそも100円は俺にとっちゃ大金なんだよ!」
そう言い放つデンジに、どうしようもないやるせなさと、早くデンジを保護しなければという想いが募った。
「てかテメー誰だよ。男がさわんじゃねぇ。」
デンジは掴まれた腕を振って、アキから離れようとした、しかし手は緩むどころかより強く握られて一向に離れる気配はない。
「俺は、公安特異対魔4課の早川アキ。デビルハンターだ。」
「デビルハンター!?ポチタ逃げろっ!!!」
「わうっ!?」
アキが公安のデビルハンターだと分かった瞬間、デンジが急に慌てだした。
それもそのはず、デンジの友であるポチタは、チェンソーの悪魔であった。デビルハンターにとって格好の獲物だろう。
大切な友を無くさまいとデンジは必死だった。
慌てる2人を尻目に、アキはさらにこう言い放つ。
「逃げたらその悪魔を討伐する。逃げなかったら悪いようにはしない」
「……っ!」
押し黙った2人に、更にこう続けた。
「大人しく俺に着いてきたら、そいつは討伐されないし、飯と住むところも用意してやる。そのかわり、逃げたらそれ相応の対処をする。」
2人にとっては素晴らしく都合の良い提案だった。しかし、あまりにも都合がよすぎた。
だからか、2人はアキを簡単には信じられず、応えあぐねてしまった。
そうして両者の間に、沈黙が落ちる。
「……」
「……、はぁ」
その沈黙を破ったのはアキだった。
あまり言いたくはなかったが2人の警戒心が強く、このまま連れていくのは難しいと考え、しかたなく最後の切り札を言った。
「あとついてきたら、……美人に会える」
「いきまぁす!!!」
あまりにも早い返答に呆れと、やっぱこいつ変わらないなという微妙な懐かしさを感じつつ、デンジとポチタを連れ帰ることが決まった。
「先ほど連絡した未成年の悪魔契約者を連れてきました。」
「うん。お疲れ様。」
デンジがアキに連れられてきたのは、公安対魔特異4課を取り仕切るマキマのもとであった。
「君がデンジ君だね。私はマキマ。
未成年でデビルハンターなんてすごいね。」
美人にあったことも、ましてや笑いかけられた事もないデンジは、微笑みながら話しかけてきたマキマにすっかり夢中になった。
「俺とポチタは最強のコンビなんで!」
美人に褒められて、有頂天になったデンジは得意げに応える。腕の中のポチタもデンジに担うように得意げな表情をした。
「でも、未登録でのデビルハンターは感心しないな。」
「ゔっ、」
「なので今日から君は、公安預かりのデビルハンター見習いになってもらいます。」
「見習い?」
褒められたと思っていたのに、今度は怒られたことに少しだけいじけていて話半分だったデンジは、マキマの急な申し出に理解が追いつかず、ポカンとした表情でマキマの言葉を繰り返す。
「君は悪魔と契約してしまっている。通常なら未成年の悪魔契約者として収容施設に入って適切な処置を受けるんだ。でも君は戸籍がない上に、ヤクザたちと共謀して悪魔の死体を流していたとされている。こう言った複雑な事情がある子供の受け入れは難しくてね。あと、その歳でデビルハンターを担える優秀な人材は是非とも公安に欲しいんだ。」
「デンジ君さえよかったら、どうかな?ちゃんと住むところもご飯も用意するよ。」
「見習いになったら、マキマさんに毎日会えますか!!?」
「毎日は難しいけど、それなりに会えるよ」
「やったー!!なります!!」
正直なところマキマの言っていたことは半分も理解できていないが、美人に毎日会える上に、住むところと飯にありつけるというだけで「見習い」という立場は、デンジにとって天国にも思えた。なので、特に迷いもなく元気に返事をした。
そんなデンジを見ていたアキは、自分も同じようなことを言った時には返事を渋っていたデンジが、マキマからの提案には二つ返事だったことに、僅かどころではなくひっかかりを覚えたが、元からこういう奴だしなと、とりあえず気を落ち着かせた。
「それじゃあ決まり。」
「今日からデンジくんは、公安預かりの見習いデビルハンターです。そして、君の隣にいる早川アキを後見人とします。早川君、頼んだよ。」
「はい。わかりました。」
「こうけんにん?」
「デンジくんの保護者…お世話する人のことだよ。デンジくんは今日から早川君と一緒に暮らしてもらうからね。」
「え!おれこいつと住むの!?」
「一応“公安預かり”の見習いハンターだからね。一人暮らしはできないの。」
デンジはちょっと嫌そうな顔をしたが、ちゃんと仕事がある大人が住んでいるところだ。前の小屋よりマシなところに住めるだろうと思い、ひとまず了承した。
「すっげーー!豪邸じゃん!!」
「別に普通の部屋だろ(前もおんなじ反応してたな)」
あの小屋よりマシどころか、随分と立派な住処に、興奮が冷めやらないデンジは大はしゃぎだ。そんなデンジを、呆れと懐かしさを含んだ目でアキが見つめる。
「よし!ポチタ探検だーー!!」
「ワン!!」
大はしゃぎする勢いのまま、デンジとポチタが走り出そうとした。
「まて、まずは風呂だ。そのまま歩き回るな。」
2人はそれなりに泥だらけで、すでに歩いたところは黒い足跡がある。そのまま動き回られては部屋中が大変なことになると思い、今にも走り出しそうな2人をアキが止めた。
「ふろ??え、風呂入れんの!?よっしゃー!!」
まさか風呂にまで入っていいなんて、サイコーの気分だとデンジは思った。
「風呂は1番奥の左だ。」
「いくぞ!ポチタ!!」
「ワン!」
アキに風呂の場所を聞くと、今度こそ2人はバタバタと風呂へ走っていった。
「おい走るな!」
アキは怒鳴りつつも、その後少し微笑み、前のデンジのことを思い出した。
「(最初に来た時もあんな感じだったな)」
「そういえばあいつ、お湯の出し方知らないよな…」
「風呂だー!!つめてーー!?」
「あー、遅かったか…」
勢いよくシャワーの蛇口を捻ったデンジは、近くにいたポチタを巻き添えに、冷水を頭からかぶってびしょ濡れになって震えていた。
「ふ、風呂って冷たいんか…噂ではあったけーて聞いてたけど、風呂にも色々あるんだな」
呆然とした顔で頓珍漢なことを言うデンジに、アキが呆れながら風呂の使い方を説明する。
「そんなわけあるか。これを操作しないとお湯が出ないんだ。」
「ふーん、なるほどなぁ!」
それを見て理解したのか、デンジがおもむろに動いた。
「じゃあコレをこうすりゃお湯がでるんだな!!」
「ぶっ!?お前…」
デンジが突然シャワーをだしたおかげで、風呂の説明していたアキの顔に思い切りお湯がかかった。
「あーわりぃわりぃ」
シャワーをひっかぶったアキが面白かったのか、終始ニヤニヤとしながらデンジは謝罪した。デンジに担うようにポチタもニヤニヤとしている。
「お前ら…、はぁ…とりあえず、2人ともしっかり洗って出てくるんだぞ。俺は飯の準備してるから」
「へーい、ポチタ風呂だぜ〜風呂〜、しかもあったけぇ!最高だな」
「ワン!」
2人の態度に多少イラっとしつつも、風呂に入れることを喜んでいる2人に、これ以上なにか言のもと思い、アキはキッチンへと向かった。
「わーお♪わーお♪」
「ワウー♪」
キッチンで料理するアキに、懐かしいデンジの歌が聴こえた。今回はポチタのコーラスつきだ。
「あいつら、ほんとに仲良いな。」
「ご、ご馳走様だ…」
「わふ…」
風呂から出てほかほかの2人が、目を輝かせてアキの料理のまえに立ち尽くしている。
「普通の飯だろ、ほら座れ」
2人の様子にむずかゆい気持ちになりながら、少々ぶっきらぼうにアキが声をかける。
「これまじでぜんぶくっていいの!?」
「当たり前だろ」
今にもよだれが垂れそうな顔で、遠慮がちなことを言うデンジに呆れ気味にアキがこたえる。
「こっちはポチタのな」
綺麗に一皿に盛られた“ポチタの分”の食事。それを見たデンジは、神妙な顔でアキを見たあと、優しげな表情でポチタに声をかけた。
「よかったな、ポチタ」
「明日も公安に行くからな。早く寝ろよ」
「おう!こんな豪邸ならぐっすりだぜっ!!」
夜も更けているのに、やたらと元気なデンジたちに若干呆れつつ「おやすみ」と声をかけてアキは自室に入っていった。
デンジとポチタもアキから与えられた部屋へと入っていった。
アキからは早く寝ろと言われていたが、今日という日に色々な事が起こりすぎて、まだ興奮気味なデンジはヒソヒソとポチタと話していた。
「こんな生活できるなんて夢みてーだなポチタ」
「ワン!」
「しかも、毎日美人に会えるぜ!サイコ〜〜だな!あのアキってやつも、まあまあいい奴そ…ゔっ、げほっ」
楽しげに話していたデンジが、急に激しく咳き込み出した。思わず口を塞いだ手にはベッタリと血がついている。
「ワン!!」
ポチタが心配しているように鳴いた。目には涙が浮かんでいる。
「げほっ、……ゴホッゴホッ、だ、だいじょうぶだから、ポチ、げほっ」
ポチタを気にかけて、必死に平常を装おうとしているデンジだが、咳は激しさを増し胸も痛み出した。
「わうっっ!!」
苦しげなデンジに、ついに涙が流れ出したポチタ。そんな2人の元に足音が近づく。
ガチャ
「おい、何騒いで…デンジ!?」
部屋に入ってきたアキは、苦しそうにベットでうずくまるデンジを見て、顔を青ざめさせ駆け寄った。
「お前、血を吐いて…病院行くぞ。」
ぐったりしているデンジをそっと支えて、声をかけた。
「(くそ、こんなに体調が悪かったなんて…もっと早く気づいていれば、違う、今はそんな事より救急車を…いや、今から呼ぶより直接行った方が…)」
「びょういん…?こんくらい、大丈…「そんなわけ無いだろっ!!」」
ビクッ
いまだ苦しげに蹲っているデンジが、まるで自分の状態を顧みないことを言うのを聞き、アキは思わず怒鳴るように言葉を遮ってしまった。
怯えを含んだ表情で俯いてしまったデンジをみて、ハッとして慌てて声をかける。
「悪い急に大きな声を出して…、動くと良くないから、俺が抱えて運ぶぞ。」
なるべく揺らさないようにそっとデンジを抱き上げる。
抱き抱えた体は、想像以上に軽くて、頼りない。あまりにも痩躯なデンジにアキの焦燥感が強くなる。
焦る気持ちを抑えて、デンジの側で心配そうにしているポチタに声をかけた。
「ポチタ、お前は病院には入れない。留守番はできるか?」
「ワン!」
「よし、いい子だな。なるべく早く戻る。」
デンジは体力の限界が近いのかぐったりとアキにもたれかかったまま、なにも言わない。
アキはデンジを抱えて病院へと急いだ。
病院のベットに寝ているデンジを見ながら、アキは医者に言われたことを考えていた。
「デンジくんですが、先天性の心臓病と重度の栄養失調が見られます。」
心臓病を患っている。その事実が“デンジが死ぬかもしれない”という、前ではあり得なかった未来をアキに突きつける。
「手術が必要となりますが、今のデンジくんでは恐らく、耐えられないでしょう」
「っ、…」
医者の言葉に息を詰めるアキ。
そこまでひどい状態だったのか、もっと気遣ってやらないといけなかったのに、考えてもどうしようもない後悔が押し寄せる。
「幸いにも、薬で一時的には症状が抑えられていますので、まずは正常な状態の体を目指しましょう。」
「…わかりました。」
「あと、これは病気ではないのですが、デンジくんは右目、腎臓、あと片側の睾丸がありません。しっかりと確認できてはいないのですが病気や怪我による損失ではなさそうです。」
右目が無いのは眼帯をしている姿や風呂で知っていた。しかし、他にも臓器がない、それも怪我や病気ではない。では一体何故ないのか。アキの中で考えたくない可能性が浮かび上がる。
「聞けたらでいいのですが、今後の治療のこともあるためデンジくんに聞いていただきたいです。」
「はい…」
正直なところ、あまり聞きたくないし答えさせたくないことだが、これからの治療を万全な状態で行うためだと自分へ言い聞かせて、アキはデンジの眠る病室へと戻った。
「…ぅ、ん」
「デンジ?目覚めたか?」
「…アキ?」
ぼんやりした顔でこちらを見つめるデンジに、アキは優しく声をかけた。
「気分はどうだ?胸が痛かったり、気持ち悪かったりしないか?」
「だいじょーぶ。」
デンジが気怠げながらもアキの問いかけに答えた。
とりあえずは大丈夫そうなデンジに、少し躊躇しながら、アキは医者に言われたことを話しだした。
「デンジ、お前は…心臓病を患っているみたいだ。」
「ふーん」
「驚かないのか?」
「うーん。まぁだろうなぁって感じ、たまに胸痛くなってたし。親父が言ってたんだ、俺のかーちゃんは心臓の病気で血ぃ吐いて死んだって」
アキの問いかけに対し、なんでもないような様子で悲惨な過去を話す。
「だから、俺もそうなんかなって。で、何?俺もう死ぬの?」
「っ、そんなわけ無いだろっ!!」
ヘラヘラと少し自嘲的な笑みを浮かべ、最悪な未来を語るデンジに、思わずその言葉を強く否定した。
「手術したら大丈夫だって、医者から言われてるんだ。…必ず治るから、そのためのサポートも惜しまない。だから、そんなこと言わないでくれ…」
アキは祈るように、またデンジに言い聞かせるように話した。
悲痛な様子のアキに、どうしていいかわからいデンジは、ただアキを見つめることしかできなかった。
なんとか仕切り直たアキは、もう一つ医者から言われたことをデンジに聞いた。
「手術をするために確認なんだが、お前の体。右目と腎臓、片側の睾丸がないと医者から言われた。それは、どうしたんだ?」
「売った」
「…売った?」
「おう、借金返さねーとだからな。ま、腎臓以外は大した金になんなかったけど」
「…」
デンジの生活が悲惨なものだったというのは、前世でも今世でも知っている気でいたが、まさか内臓まで売らなければならない程とは思っていなかったアキは、やるせ無い気持ちと後悔が込み上げた。
「(くそっ俺がもっと早く見つけれていれば、こんなことには)」
押し寄せる感情をなんとか押し込め、絞り出すようにデンジの言葉に返した。
「…そうか。とりあえず、体調がマシになって今後の治療方針が決まるまでは入院だからな。」
「え、おれ金ねーけど…」
「そんなの払わせるわけないだろ。お前は体治すことだけ第一に考えてろ」
この期に及んで金のことを心配するデンジに、呆れながらも優しくアキが答える。
「…なんで」
「ん?何か言ったか?」
「なんでもねーよ」
思わずこぼれた言葉はアキに拾われることなく、デンジの中に疑問として残った。
デンジは今までのアキの行動も態度も理解できなかった。こんな厄介でしかない奴を、仕事とはいえ、ここまで尽くすのはどうしてなのか。デンジの人生に、その答えを見つける出来事も人物も何もなかった。
「…デンジ?大丈夫か?」
急に黙ってしまったデンジに心配そうにアキが声をかける。
「おう。」
いつも通りの返事に安心したアキは、しばらく入院生活をすることになったデンジを気遣って問いかける。
「明日また、入院に必要そうなものを持ってくるな。何か欲しいものあるか?」
「んー…あ!エロ本!!」
「病院でそんなもん見るなバカ」
「えーー」
さっきまで俯き黙ってしまっていたデンジが、いつもの感じに戻って少し安心したアキは頭の中で必要そうなものをピックアップしつつデンジを見つめる。
まだまだ幼さの残る顔立ちと、デンジの年齢にしては細すぎる体、おまけに病気や内臓の欠損。考えれば考えるほど心配事しかないデンジに、退院するまでに色々と準備しないとなと心算をした。
そして、エロ本を却下されて不貞腐れてるデンジに暇つぶしになるようなものを持ってくると約束してアキは病室を後にした。
「また来るから、大人しくしてるんだぞ。」
「おー。ポチタんこと頼んだぜ。」
「ああ、わかった。」