マシュレイ「マッシュ」
「なんでしょ」
ぱたぱたと走ってきたレインが、月色の瞳を瞬かせる。青年の時より大きく見えるそれが綺麗で、しかし赤いほっぺの上であると可愛らしさが勝つ。まあいつもの姿でも、レインくんはすごく可愛いんだけどね。胸中で呟きつつ問いかけると、幼児は短い腕を前に掲げ、下げるようなジェスチャーをした。
…しゃがんで欲しいのだろうか。誂えたシャツの袖をはためかせ、自らの半ズボンの裾をぱしんと叩く。顰め面で口も閉ざしているが、間違いなく何かを訴える小さな恋人に、首を傾げながら膝を折る。確信は無いが、思いつくものがこれしかと、跪いて顔を上げた時だ。
「何かありま、」
ちゅ。
視線を合わせかけた先、至近距離に金と黒の揺らめきを見た瞬間───頬に、柔らかな感触が落ちたのは。
「 」
「…ドットが、おまえがきたらキスをしたらいい、と。ぜったいよろこんでくれるはず、って」
羽根のようなそれは、一瞬。砂糖入りのホットミルク、甘くてまろい幸せに似た香りと共に、マッシュから距離を取っていく。けれどふくふくした手で口を隠し、恥ずかしそうに囁く妖精の姿が目の前にあるのだから、その衝撃は薄れない。
レインくんが、ほっぺに、ちゅーを。一単語ずつゆっくりと、事実が硬直する脳に行き渡っていく。ミルクに溶かす角砂糖のごとく、この身に起きたことだとマッシュがようやく理解したところで、レインがこてと首を傾げた。
「……マッシュ?」
だめですわ、これ。
可愛すぎる。
「あ! 兄さまこんなとこに…マッシュくん? マッシュくん!? あっダメだ魂抜けかけてる! 待って戻ってきて!!」
妖精、改め幼児化した恋人の純朴さと凄まじい可愛さにやられたマッシュが横に倒れたのと、息を切らしたフィンが扉を開けたのは同じタイミングだった。談話室からいなくなったレインを探していたのだろう、その姿を捉えて安堵した声音から、あっという間に慌てたいつものツッコミの声に変わる。切り替えが早い、いつも誰より状況を理解整理してくれてありがとう。
「フィン? マッシュははらがいたいのか?」
「ごめんなさい兄さま、マッシュくんは腹痛ごときじゃ倒れないよ」
「フィンくん…僕もう駄目かも…」
「しっかりして!」
「死因は幼レインくんキスの柔さによる電流性ショックで心臓発作…」
「死因ダセェ~~~」