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    steam8896

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    体の関係はある未来の両片思いカリジャミ的なものです。
    バレンタインの話は全部捏造です。たんばさんからアイデアをもらったよ!

    #カリジャミ
    kalijami

    言い訳の粒 アジーム家の客間ではいま、小さな昼食会が催されていた。来客は陽光の国の菓子メーカー社長の男であり、ホストは当主代行のカリムである。
     この昼食会は、表向きは熱砂の国の食文化の視察という名目であったから、会場は熱砂の宴スタイルとして、絨毯の上に直接料理を置き、床に座して大皿を囲むかたちをとっていた。この会の開催理由が「表向き」である理由は、アジームの予定が詰まっていて商談としての時間枠が確保できなかったからで、とどのつまりは昼食の時間に商談をねじ込んだだけである。
    「本日はお時間を頂戴し本当にありがとうございました。大変参考になりました」
     まだ年若い社長は食事のあと、同席の副社長とともにたどたどしく熱砂の礼の姿勢をとった。カリムはおそらく同世代であろう二人の正面に座し、食後の茶のグラスを構えて鷹揚に頷いた。ジャミルはその隣に秘書として控えている。
    「そうだな。大いに参考にしてくれ。食事も楽しんでもらえたか?」
    「はい、それはもう。こんなに刺激的で繊細なお食事は初めて頂きました。早速参考にさせていただきたく存じます。……それで、最後にわがままを申し上げて大変恐縮ですが、ぜひこちらの品にアジーム様の視点からご意見を頂戴できればと……」
     男は居住まいを正し、本題に入った。黒く小さな紙箱を差し出し、その蓋をそっと開けた。中は細かく仕切られており、仕切りごとにひとつ、カラフルでつややかな菓子が入っていた。カリムが上から箱をのぞき込む。
    「……これは、なんだ。チョコレートか?」
    「左様でございます。二月十四日はバレンタインデーと申しまして、陽光の国では愛の告白を菓子にのせて送る風習がございます。一般的にはこれはチョコレートを用いて行い、告白が成立すればふたりでともにその菓子を口にするならわしです」
    「一緒にそれを食べる?」
     カリムは首を傾げながら菓子箱を受け取って、手元に引き寄せた。隣のジャミルに目を向けると、ジャミルが頷き、その体がわずかに寄った。ふたりで頭を突き合わせ、箱の中身に目を落とす。
     チョコレートは十二個配されていて、いずれも透明感あふれる彩色がしてあった。ひとつとして同じデザインのものはないが、すべての表面に微かに輝く粉のようなものが塗されている。
    「はい。記念の味を分かち合うという形式でございますね。私どもはそういったコミュニケーションのお力なりますよう、全世界的にバレンタインデーの風習をひろめ、またその日のために特別なお品をご提供するべく準備をすすめております」
    「そうか。一緒に食べられるのは楽しそうだな。……でも、ともに食べるためじゃなくて、告白するために菓子が必要なのか?」
    「ああ、いえいえ。当然恋人同士で贈り合うためにご利用いただく場合のほうが多くございますし、ご家族同士でご利用いただく場合もございます」
     心底不思議そうなカリムの表情に、男が慌てて取り繕った。他文化圏の風習は理屈が分かっても肌感覚を共有しづらい面もあり、お互いに手探りで話を進めるしかない。
    「しかし、不安と緊張を抱えながらはじめて愛を伝える場合、こういった景気づけの品が必要な方もいらっしゃいます。もちろんアジーム様におかれましては、もの頼みなどなさらずとも、意中の女性はみな否やは申されませんでしょう。失敗などございますまい」
     ジャミルが男の言葉にぴたりと動きをとめて、明らかに眉根を寄せた。しかしそれはほんの一瞬のことで、その表情はすぐに凪ぎ、その場の誰もが気づかなかった。カリムは世辞には反応せずに、チョコレートをしげしげ眺めている。
    「ふうん。なるほどなあ。でも、なんでうちにこの話をもってきたんだ。べつに菓子を取り扱ってないこともないけど、全国的な販売網が欲しいなら、熱砂の菓子屋でもっと大きいとこもあるだろ?」
     カリムが胡座をかいたまま男を見上げると、その表情は我が意を得たりとみるみる自信に満ちていった。
    「はい。私どもの狙いは意中の相手のへの影響力でございます。つまり御社の鉱石事業のお力をお借りしたいのです」
     男は鞄から紙の資料を一枚取り出し、ふたりの目の前に提示した。そこには十二種の宝石が写真付きで紹介されている。その並びは、いま手元にあるチョコレートの配色に似ているようだ。
    「先ほどからご覧頂いているこちらは誕生石を模したチョコレートでございます。そういったお品は他社さまでも取り扱われていらっしゃいますが、このたびはぜひ御社のお力で、本物の誕生石を粉末状にして、これにちりばめていただきたいのです」
    「……宝石を? 金粉をかけるみたいなことか?」
     そもそも、食事に石を振りかけるという発想事自体、したことがない。話が突拍子もないせいでいまいちピンとこず、カリムはジャミルにちらりと視線を送った。ジャミルの表情からはなんの感情も読み取れない。
    「左様でございます。いずれの石も、ごく少量であれば体に害は為しません。つまりこの商品の意図するところは、あなたの誕生石を知っているという情熱を示し、石の実物をともに分かち合うことにございます。もちろん見た目の美しさもご堪能いただけますでしょう」
     男は資料をしまい、笑顔を浮かべて、黒い箱を手振りで示した。
    「さあ、まずはお味見をどうぞ。ふたりの関係が成立したことを念頭にお作りいたしますので、お味に少々の仕掛けもございます」
    「お、そうなのか? ……ああいや、しかし一度お預かりして、後日ちゃんとした返事を……」
     カリムは躊躇った。見たところ毒も呪いもかかっている気配がないし、問題はなさそうだ。しかし万が一何かがあっても困るし、念のため持ち帰ってから安全性を確認すべきだろう。おそらくジャミルもそう言うだろうと隣に顔を向けると、ジャミルは今まさにそのチョコレートに手を伸ばしていたところだった。
    「えっ、ジャミル?」
     ジャミルが掴んだ白色のチョコレートは、六月の誕生石のパールを模したものだったはずだ。カリムが面食らっているうちに、ジャミルがそっとチョコレートを囓る。形のよい歯がめり込んだ瞬間、美しい球形はぐしゃりと歪み、ごく薄いチョコレートの破片の間から液体が滲み出た。慌てて顎を上げたジャミルの口角に、わずかな液体が溜まるのがわかった。ジャミルの視線がカリムに向いて、何かを訴えかけている。
    「大丈夫か?」
     ジャミルが小さく頷いた。カリムはチョコレートの破片をいくつか受け取ると、自らの口に放り込んだ。ホワイトチョコレートは表面が硬くなめらかだが、舌の上で速やかに溶けて消えていった。確かに上質だし、味がよいのは分かるが、チョコレートの内側に感じる微かな苦みと灼熱感は、
    「……ウィスキーが入ってるのか? これ」
     男は慌てるカリムのすがたに状況が飲み込めずぽかんとしていたが、問いかけられると瞬いて我に返り、幾度も頷いた。
    「は、はい。左様でございます。関係が成立した暁には、よい気分で語らっていただきたいという思いを込めまして、そのようにお作りしております」
    「だいぶ客層が限られるな……」
     狙いは分かるが、本来分けられないつくりのこれをふたりで食べると言うことはすなわち、口移しで啄み合うことを想定しているのだろう。二人分だからアルコールはあえて強いものを使っていたのだろうが、それに対応できる消費者がどれほどいるかわからない。
     今だってそのほとんどはジャミルが飲み込んでしまったし、酒に弱いジャミルにとってはこれひとつだけで既にあまりいい状況ではないはずだ。
    「はい。もちろんお酒に弱い方もおいででしょうから、アルコールなしのものもご用意がございます。たとえばこちらのルビーを模したものなどは……」
     男の説明が続くなか、ジャミルの体が僅かに揺れた。体を支えるべく絨毯についた手が、バランスを崩してカリムの指に触れる。カリムが指の感触に気づいてふとジャミルに視線を送ると、ジャミルはしきりに瞬いて、おりかける瞼と必死で戦っているようだった。頬は上気し、ふらふらしていて、このまま商談を聞き続けるのは不可能だろう。
     カリムは指の腹でジャミルの手をなぞり、視線を戻すと、男にきっぱりと言い切った。
    「悪い。話の途中だけど昼餉の時間もそろそろ終わるし、午後の準備に入らないとならないから、このサンプルだけもらっておくことはできるか? 資料はあとから送ってくれればいいから。後日ちゃんとした返事をさせてほしい」
     男はカリムとジャミルを交互に見比べると、申し訳なさそうに頷き、宴はそこで終いになった。

        ◇

     カリムはよろけるジャミルを支えながら、なんとか執務室まで引き返した。
     廊下ですれ違う従者たちがみな一様に手伝いを申し出たが、カリムは頼る気にはなれなかった。無防備なジャミルを誰かに触れさせるのはあまり好きではないからだ。
     だから自分だけの介助でここまで来たし、私室までは距離が長くて辿り着くのを諦めた。今のように人払いさえすればここだって私室のようなものだから、それはそれで問題はない。

     執務室のソファにふたりで腰を下ろすと、ジャミルはそのまま背もたれに崩れるように沈みこんだ。眉間の皺を指でもみながら、隣のカリムが魔法でコップに水を満たしていくのをぼんやりと眺める。
    「どうしたんだ、ジャミル。毒見はこっちに戻ってからするかと思ったのに」
     カリムの口調は淡々としていた。諫めるでも諭すでもない口ぶりに、ジャミルは無意識に息をついた。そのまま、ううん、と唸って眉間に深い皺を刻む。
    「どうもこうもない。午後だって、仕事がつまってるんだ。あの場で、返事をすれば、あとに仕事が、溜まらなくてすむだろう」
     ジャミルは回らない舌を言葉を切ってなんとか誤魔化した。差し出された水には手をつけず、持ち帰ったチョコレートの箱を勝手に開ける。ふらつく指先が迷いなく青い一粒をつまみあげた。
    「えっ、まだ食うのか? やめたほうがいいんじゃないのか」
    「あの社長の話、……だと、全部に酒が入ってるわけ、じゃないんだろう。こんなに大量に持ってきたんだ。味見をひとつだけ、で終わらせるわけにもいかない」
    「でも」
     慌てて体ごと向き直るカリムに、ジャミルは片眉を引き上げた。不敵な表情は酒の影響で崩れて緩み、明らかに扇情的だった。
    「なんだ。食うのはおまえだ。俺は毒見をするだけだし……」
     ジャミルの舌がチョコレートの表面を這う。青色は剥ぎ取られ、誘うように呈された舌には光の粉を刷いた青が移っている。
     カリムがのどを鳴らしてふらりと体を寄せた。ジャミルは近づく頭をそっと掴むと、開かれた唇の間に舌を滑り込ませた。ざらつく舌面を幾度か擦り合わせ、ふ、と顔を離す。
     軽く開いたカリムの口内に青と光の粉を認めると、ジャミルは満足気な笑みを浮かべて、手にしていたチョコレートを小さく囓った。中からアルコールが滲む。
    「そう、毒見をするだけだし、別に、たいしたことも、ない」
     ジャミルは手にしたチョコレートの残りをそのままカリムの口につっこんだ。カリムは苦笑しながら咀嚼して、ジャミルの体に寄りかかった。二人分の体重を支えられずにジャミルが肘掛けに崩れ落ちても、その体に縋るように横たわり、ジャミルの首筋に唇で触れる。
    「んん、……美味いけど、これも酒が強いなあ」
    「……っふ、そうか? ……まあ、彼らの趣旨は、理解できた。好きにはなれないが、合理的だ」
     ジャミルは唇の感触に身を捩り、僅かに熱のこもったカリムの頬に手を添えた。銀の髪が自らの胸元で這い、室内灯を反射してきらきらと揺れて、思わず目を細めた。
    「この風習が一般化したら、おまえはこれから先、何個でももらって、もらったそばから、食うんだろうな。何人も娶る、のは、アジームだから、できることだ。誇れよ」
     カリムが顔を上げた。赤い瞳は心なしか揺れていて、寂しさと不安定さが滲んでいる。ジャミルは紅潮した頬をそのままに不遜な笑みを浮かべ、得意げに口を開いた。
    「でも、残念だったな。おまえのことが好きじゃない俺が、先に食わせてしまった。サファイアだぞ。それに」
     ジャミルはいちど言葉を切って、自らののどに指で軽くふれた。爪先でのどの下端までなぞってしめすところを、酒の影響で力加減がうまくゆかず、ところどころをひっかいて赤い筋を作った。それでもジャミルは緩く口の端を歪めたまま、指先のふらつきとは裏腹に決然と言い放った。
    「おまえのだって、こっちだ。ざまあみろ」
     カリムが瞠目して、ヒュッと息を吸い込んだ。何も言わずに伸び上がり、ジャミルの唇はあっという間に塞がれた。抗議のために開いた隙間には熱を持つ舌が割り込んで来て、ジャミルは早々に抵抗を諦め、うっとりと食みながら舌を絡める。
     カリムがもたらす粘膜は甘くて気持ちがいいし、でも、これがもともとどこにあった甘さなのか、境目はもう曖昧だ。
    「んっ……んぅ」
     鼻から抜ける自らの声に煽られて、ジャミルは唇を離した。ごく真剣に向けられた赤い瞳は熱を映して燃えている。いつもこの力に流されてしまうから、ジャミルは断ち切るように首を振った。
    「好きじゃないって、言ってるだろう」
     ジャミルの声は上擦り、情けなく裏返った。肩で息をしている今のすがたにも、声の弱さにも、説得力のかけらもないことは自らも理解していた。それでも口をついて出る言葉は自分に向けた戒めや暗示のようなもののように思えていっそ馬鹿馬鹿しいが、カリムはいつでも言葉どおりに受け止めようとする。だからジャミルはその姿勢に何度も助けられていた。もちろん今だってそうだ。
     カリムが嘆息とともにしみじみと首を振る。
    「オレだって失敗しないわけじゃないのにな。こんなに失敗続きなのに、あの社長は見る目がないな」
    「失敗? 何にだよ」
     ジャミルは不機嫌さもあらわにカリムの額をつつく。カリムは目を見開き、ジャミルの反応が変わらないことを悟ると、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
    「何でもない。好きな人にちゃんと伝わらないんじゃ、ここではこういう風習は流行らないだろうなって話だ。オレだって貰っても受け取らないしな。まあ、多分もうちょっと効果的な方法はいつも実践してると思うから、オレはマイペースで行くよ」
    「だから、何の話だって……」
     カリムは問いかけるジャミルの言葉を無視して指を振った。指が白い光を纏うと、部屋の入り口の錠がひとりでにおりて、スマートフォンのアラームが勝手にセットされる。
    「……おい」
    「大丈夫大丈夫。午後の仕事には間に合うようにしよう。時間はもうちょっとあるだろ」
     ジャミルは時計を振り仰ぎ、大きく嘆息した。「ちょっと」があまりにも「ちょっと」すぎて、あのカリムが間に合うようにおさめることなどできるはずはない。午後の早めの時間は誰の訪問もないから一応支障はないが、しかし業務は業務である。
     ジャミルは黒い小箱からチョコレートをひとつつまみ上げ、ガーネットを模した赤い粒を目の前に示した。カリムが瞠目して首を振る。
    「ジャミル、さすがにそれ以上は」
    「なぜだ。二人でともに、口にしたらどうなるか、試してみないと、わからないだろう。これは業務なんだから、業務時間内にする、ことの何が悪いんだ?」
     数瞬の間ののち、カリムは挑むような笑みを浮かべた。
    「……悪いやつだな」
    「それくらい、知ってるだろう?」
     カリムは小さく笑いを漏らすと、ジャミルが咥えたチョコレートに顔を近づけ、そっと甘噛みした。ぼろぼろ崩れる赤をお互いに食み、体温で溶けてゆくチョコレートを押しつけ合って、のどを灼くアルコールに火をつけられるままに貪った。

     その日の午後、秘書官たちが執務室に戻ると、上機嫌のカリムが黒い菓子の箱をゴミ箱に突っ込みながら、ジャミルの半休を宣言していた。
     秘書官たちは陽光の国の菓子メーカーに連絡を取るように指示を受け、その日、晴れて新たな菓子がアジームでの取り扱いを約束された。しかし採用の理由について、カリムとジャミルは何度尋ねられても、頑として口を割らなかったという。
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