廃墟の教会でくすんだステンドガラスから、淡い光が差し込んでいる。
彼女にここで待つように言われてから、どれだけの時間が経ったのだろう。
事の発端は、この廃墟を見つけたことだ。
「生前、本とかテレビで見たわ。ここで家族とか友達を呼んで、豪華な式をするんでしょう。昔、憧れたわ」
「したいのか?」
「……え」
「冗談だ」
「あなたの冗談って、やっぱり面白くないわ」
彼女は頬を膨らませて拗ねた。
「お前といると、本当に退屈しないな。そんなことが許されるとでも思っているのか」
「なに? 許しが必要なの? 悪人なのに」
「お前にしては正論だな。だがそれをする必要もないだろう」
「……少しくらいいいじゃない。どうせ誰もいないんだから」
「許さないから、地獄があるんだろう。それすら従わなかったのが俺たちだ」
「じゃあ、懺悔でもする? ここで罪を告白するって本で読んだことあるわ」
そう言って、彼女は告解室を指さした。
扉は壊れていて、もはや意味を成していない。
「必要ない。罪が多すぎる」
「じゃあ、わたしは……」
「お前は俺と違って、最初から善人として生きられなかった。こんなことしなくても、許されるだろう」
それから1時間は経っただろうか。
彼女はここで真似事をしたいらしい。
それを許してしまう自分にも呆れる。
「どう、似合う……?」
大きな正面扉から入って来た彼女は、白いワンピースに、高いヒール靴を履いていた。
「白い服ってあんまり着ないのよね」
彼女は少し恥ずかしそうに裾を握る。
「好きなものを着ればいい。特別な日なんだろう」
「ええ」
澄ましているが、普段の彼女と比べると面白い。
「うわっ……」
案の定、もたついて転ぶ。
分かっていたので、片手で支えることができた。
「……どうしてそんな高い靴を履いてきたんだ」
「あなたは背が高いから、これぐらい高くしないと届かないでしょう」
何も言えなかった。
目を逸らすと、ヒールが折れているのが見えた。
「そんな靴じゃ、もう歩けないな」
彼女を抱き上げる。
「ちょっ、ちょっと、これ恥ずかしいんだけど」
「お前が気絶した時からやっていたんだけどな」
「違うのよ。いつもそう……突然、ずるいのよ。心の準備ぐらいさせなさいよ。わたし、あれ初めてだったのよ」
「初めてがあれで、不満か?」
「……不満じゃない」
彼女を像の前に降ろす。
煙草を吸おうとすると、彼女が箱に手を伸ばした。
「それ、1つちょうだい」
そう言って彼女は段に膝をつき、上から見下ろした。
許可する前に、彼女は煙草を手に取った。
「その格好で煙草はさすがにどうかと思うぞ」
「いいでしょう……? 火、貸して」
彼女は火のついていない煙草をくわえ、顔を近づける。
「全く……」
煙草を指でつまんで落として、代わりに彼女の唇を塞ぐ。
この場には不釣り合いな誓いだが、普通ではない方が自分たちには合っている。
「……大好き」
そう言って、自分を抱きしめる彼女に、そっと身を委ねた。
犯した罪とは不釣り合いな程に、満たされていく。
彼女に心を許したことに、後悔はしない。
今後も、この自由を守り抜く。
それだけは、何があっても誓う。